第12話 旅立ち
アルフォンスは、一週間後に村を出るらしい。家族には反対されるだろうから書き置きを残すと言っていた。彼は長男だから、家はどうするんだと聞いたら「弟がいるから弟に託す」と言っていた。イリヤはちゃんと家族を説得すると自信満々に請け負い、「魔法の力が加われば心強いでしょ?」と胸を張った。
ガヴィエインは迷っていた。
……本当は、ずっとここにいたい。
当たり前のように父の職を継ぎ、平凡だけれど当たり前の日常が一番尊いんだという事はガヴィエインが一番知っていた。
けれど、アルフォンスの言うように。いつかはここにも戦火が届かないとは言い切れない。届いてしまってからではもう遅い。
――それに、それにもし。もし自分の知らない所でアルフォンスが死んでしまったら? ……きっとイリヤが傷つくことになる。
この先、イリヤが自分に振り向くことはない。
二人と一緒に旅に出たとなれば、いつか二人が結ばれるのを見る事になるだろう。
村に残っても、一緒に行っても、ガヴィエインの想いが成就することはきっとない。
けれど。
もう、母を失った時のように、ああしていれば、こうしていればと後悔したくはない。あの頃は、本当に小さなただの子どもで運命に翻弄されるしかなかったけれど、今は、今なら未来は自分で変えていけるかもしれない。
もう、大切な人は失いたくない。
「守りたい」
たとえ、自分の想いが報われなかったとしても。
*** ***
一週間後の夜明け前、森の入口のいつもの場所に、二人の若者と一匹の黒狼の姿があった。
「……ガヴィ、来なかったね」
イリヤがぽつんと呟く。
「……仕方ないよ。ガヴィには、ガヴィの生活があるし。オレは、あいつの気持ちが解るよ」
一緒に来てくれたら嬉しいとは言ったものの、着いてくればガヴィエインの人生を左右することになる。無理になんて、とてもではないが言えない。
「行こう」
まだ暗い道を二人と一匹で歩く。
前に続く道は、先が見えないけれど未来に続いていると信じて歩みを進めた。
暗闇の中足元に注意をはらいながら村の入口を出て顔を上げると、南と東に別れる三叉路の木の下に誰かが立っている事に気がついた。
「おっせえよ!」
東から、ほのかに空が明るくなって、彼の赤毛がキラキラと反射する。
アルフォンスは一瞬ぽかんとしたが、すぐに破顔して「ごめん!」とガヴィエインに駆け寄った。イリヤもそんな二人を見てふふふと笑う。
三人は顔を見合わせると、無言で頷きあった。
いつものように、三人並んで歩き出す。
「って、なんだよー、黄昏も着いてきたのかよ」
ガヴィエインとイリアの間にさっと入ってくる黄昏に、ガヴィエインが心底嫌そうな顔をする。お前は帰れよ! と黄昏の背中をぐいぐい押すが、黄昏はどこ吹く風だ。ツーンとすました顔にイライラして尻尾を引っ張ると黄昏はガブリとガヴィエインの手を噛んだ。
あっという間にギャーギャーと賑やかになる道中に嘆息しながら、「止めなよ―二人ともー」とのんびりアルフォンスが仲裁に入った。
朝日が昇って道を照らす。
北の果ての三人の若者は、未来に向かってそれぞれの道を今、歩き始めた。
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