第13話 郷愁の森の誓い〜ある王の記憶〜


「父上、このようなところでねられては、おかぜをめされますよ」


 今年八つになった三男が、手に上掛けを持ちながらかけてきた声で意識が急浮上した。

 心配そうに見上げる息子の顔が、一瞬幼い頃の友の眼差しと重なる。


 ……懐かしい夢を見た気がする。


「ああ……うん、大丈夫だよ」

ありがとうと言って上掛けと息子を勢いよく一緒に膝に上げた。息子はわあ! と一瞬驚いた声を上げたが、すぐにくふくふと可笑しそうに笑ってじゃれてくる。

いつもは忙しい父親が、避暑地にいる時は手が空いているのを知っている息子は、まだわずかにまろいその頬をアルフォンスの頬にぴとりと当てて擦り寄せた。


 上二人とは少し間の空いた子だったので八つにしては少しばかり幼い気もするが、それはそれで愛嬌というものだろう。

握った手は傷一つ無くふっくらとして温かい。そういえばあの頃のガヴィの手は、あかぎれと傷だらけだったなと思いをはせる。


 ――思えば、彼はいつも明るく振る舞ってアルフォンスの背中を押してくれていたけれど、息子と同じ年の頃は決して気の強い方ではなかった。

 怖がりで、優しくて、……本当はちょっぴり泣き虫で。いつも人のことばかり気にかけていた。



 ……いつからだろう? 彼が泣き言を言わなくなったのは。



 大きくなって、単純に強くなっただけだと思っていた。少し乱暴な口調に、昔と同じ調子でガヴィは仕方がないなぁなんて、まるで弟を見るような目で見ていやしなかったか。


 彼が、本当は寂しがりやで誰よりも優しい人だと、近くで一緒にいた自分が一番解っていたはずなのに。


 あの頃、あの小さな胸に、彼は一人でいくつの寂しさや不安を抱えていたのだろう。


 母を亡くして、必死で家族を支えていた彼の唯一の光がイリヤであっただろう事は今になれば想像に固くない。あんなに大事にしていた家族を故郷に置いてまで、彼はアルフォンスとイリヤと共に旅に出た。

……せめて、イリヤを失った時に、彼を無理矢理にでも故郷に返すべきだったのではないか。



 こうしていれば、ああしていたら。

 ……もう、取り返しはつかないが。



 あの、彼の瞳のような紫に輝く冷たい石の中で、彼はまた一人きり、一体何を思っているのか。



「……謝らせてもくれないんだな」


 息子が「え?」と顔を見上げる。そのあどけない顔を見て、アルフォンスは「なんでもないよ」と笑って彼の額にキスを落とした。





 ――あの時代ころ、なにも苦しい事だけではなかった。

 一緒に笑い合い、楽しかった思い出も沢山ある。


 けれど。

 ひたひたと近づく争いの足音に怯え、どうにもならない現実に打ちのめされて、藻掻いて苦しい事も多かった。



 だから、


 もう何人なんびとも、食べ物がなくてひもじい思いをせぬように。欲しい薬がきちんといきわたるように。無益な争いを起こさぬように。


 ……この子のように、ただ無邪気に親の腕の中で笑っていられるように。


 そんな国を作っていく、護っていく。



 ――いつか、彼が帰ってきた時の為に。



 たとえ、皆が忘れても、自分とこの森は決して忘れない。



「……誓うよ、ガヴィ」



 誰の耳にも届かぬアルフォンスの誓いを、故郷の森だけは、ただ静かに聞いていた。



❖おしまい❖


2024.8.25了


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