第11話 アルフォンスの決意


 明くる日、仕事を終えたガヴィエインはノールフォールの森の入口にある少し開けたいつもの場所に来た。


 イリヤと仲良くなってから、三人は森の中のソヤの豆の群生地でも会うことが多かったが、ガヴィエインの母が亡くなってからは森の外で会うことも増えた。

最近は夜回りのない日は仕事が終わるとここに集まり、アルフォンスと二人で剣の鍛錬をしてから帰路につくのが習慣になっている。


 約束の時間より少し早く着いてしまったが、先に一人で鍛錬でもして時間を潰せばいいかと何気なく前に目をやると、見知った顔と一匹が木陰に座っていた。

「あらガヴィ、お疲れ様」

今日はお仕事早いのねとイリヤが手を振る。鍛錬の時間にイリヤが来ることは何も珍しくなかったが、昨日のアルフォンスの様子からイリヤも彼に呼ばれたのだろうと思った。

「……お前もアルに呼ばれたのか?」

 イリヤの隣に寝そべっていた黒狼の黄昏をしっしと手で追いやる。黄昏は小さく威嚇するとパシッとガヴィエインの手を尻尾で叩く。ガヴィエインは小さく舌打ちすると、仕方なく黄昏の横に腰を下ろした。

イリヤは黄昏の毛並みを撫でながら「そうだよ」となんでもないように答え、仕切りに前髪を気にしている。怪訝そうに彼女を見たガヴィエインに、イリヤが眉を下げて尋ねてきた。

「ねぇ、変かな?!」

 何を? と困惑するガヴィエインにイリヤは膝を抱える。

「今日、前髪を切りすぎちゃったのよ。……私のせいじゃないのよ?! 切ってくれた従姉ねえ様が、こっちの方が可愛いわよなんて言って短く切っちゃったの」

私は絶対切り過ぎだと思うんだけど……、と唇を尖らす。

 

 もう何年も前から女の子はイリヤしか目に入っていなかったガヴィエインは、どんな髪型だって彼女が可愛いと思えたけれど、きっとガヴィエインにそう言われたって、イリヤがそれを言って欲しい相手は別にいるという事はもう解っていた。

「……大丈夫じゃねぇの。アルはそんな事で笑わねぇよ」

「そういうことじゃなくて、可愛いなって思われたいの!」

女心がわかんないんだからガヴィは、とイリヤに言われたが、アルフォンスを想いながら頬をふくらます顔を見て可愛いな、と思うくらいには自分の頭はどうかしてる。



 いつからだろう? 三人の中にあった友情が、違うものに少しずつ変化していったのは。



「毎日毎日、よく飽きないよな」

 どの口が言うんだと自分で思いながら「そんなにアルのどこがいいんだよ?」と聞かなければいいのにイリヤに尋ねる。イリヤは「ほっといてよねー」と言いつつ頬杖をつきながら答えた。

「だってアルって何でもできるのにちっとも偉ぶらないじゃない? ……私、アルって凄いと思うのよ。いつも自分のことだけじゃなくて周りも見て……未来のことまで考えてる。紅の里にいる皆もそうだけど、ここの村にいる人達は皆、この地でじっとして何かが通り過ぎるのを待っているだけなんだもの。人を助けるために何かしたい、変わらなきゃって変化を恐れない姿勢が素敵だわ」


 私、アルのそういう所が好きなのよ。


 そう言って綺麗に笑うイリヤにガヴィエインの胸はズキリと痛んだ。

 アルフォンスのいいところなんて、イリヤに教えてもらわなくてもずっと前から知っていた。


 ずっとこのままで、戦火の届かないこの北の地で。ただただ家族やイリヤたちと平凡な暮らしを守りたいと思うガヴィエインは、そもそもイリヤの『好きな人』の規格には入っていない。

……それでも、彼女を好きな気持ちを止められない自分が、酷く滑稽こっけいだなと思えた。

「あ、アルがきたわ」

 ぱっぱっと前髪を直して手を振る。アルフォンスも二人の姿を確認すると笑顔で手を振って返した。



 いつもそうするように自然と三人が輪になって座る。アルフォンスにしては珍しく、いささか緊張しているようだった。座ってからもしばらく無言で、ガヴィエインとイリヤはそっと顔を見合わせた。

「……えっと……、その、二人に言っておきたいことがあって……」

 いつも穏やかだが言いたいことはちゃんと言うアルフォンスにしては珍しく言葉を濁す。こんなに緊張している彼を見たことは殆どなく、二人はアルフォンスが口を開くのをじっと待った。


「……実は、近い内に、村を出ようと思ってるんだ」


 胸が、ドキリと跳ねる。


 変な汗がじわりと浮かんで、手足が急速に冷えていくような気がした。


「……南の方から、どんどん戦況が悪化してきてるのは二人も知ってるだろ? この辺りはまだ戦火に巻き込まれていないけれど……どんどん物流も悪くなって、近くの街にも気軽に行けやしない。こんなの、おかしいよ」

 そう言って苦々しく下唇を噛んだ。

「このままじゃ、いつかはここにも戦火が届く。ここに届いてしまってからでは遅いだろ? 争いがなければ、ちゃんと薬や物資が届いて、ガヴィのお母さんだって……もしかしたら助かっていたかもしれない。もう、あんな思いはしたくない。……待ってるだけじゃダメだ、なにかしなきゃって……」

 顔を上げたアルフォンスの翡翠色の瞳は、前をしっかりと見て強い光を放っていた。

「この間、鶏を街に卸した時に聞いたんだ。南西の方に反抗勢力軍が出来たって。

 ――オレ、そこに参加しようと思う」


 ――アルフォンスが、こう言う時は、もう彼の中で何か決まっている時だ。

 きっと、何を言ったって、彼の意思は変わらない。


 自分たちは成人したとはいえまだ十六で、剣が得意といってもこんな片田舎のただの子どもだ。前線に出て、一体何ができるというのか。


 それでも、アルフォンスなら、何かやるのではないかと言う気はした。


 家族はどうするのか、とか、死んだらどうするんだよ、とか。止める理由を色々考えるけれど口がカラカラに乾いて言葉が出てこない。何か言わなくてはと、無理矢理口を開きかけた時、今まで黙って聞いていたイリヤが声を上げた。


「私も行く! 私もあなたの考えに賛成だわ! 私もずっと思ってた。このままここでじっとしていて、何が変わるのって」


私も、今を変える一石になりたい! とアルフォンスの手を強く握る。アルフォンスは賛同されると思っていなかったのか、眉を一瞬下げたあと、ぐっとイリヤの手を握った。そして静かにガヴィエインの方を見る。

「……二人とは、ずっと小さい頃から一緒にいたから。行く時はちゃんと言わなきゃと思って……。これは、オレの、本当に個人的なワガママだけど……もし、もしガヴィも一緒に来てくれたら……心強いなって思ったんだ」


 お前が、一番の友だちだから。


 アルフォンスはそう言って、でも……と付け加える。


「でも、お前のところはキーナもまだ小さいし、お前が家を出たらおじさん一人になっちゃうだろ? だから絶対に着いてきてくれなんて言わないよ。ガヴィが、家族を一番に思っているの、オレは知っているから」


 だから、オレの決意表明だけ聞いて欲しい。そう言ってアルフォンスは笑った。



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