第10話 八年後

 

 

 どんなに悲しみを抱えていても、日はまた昇り、時は等しく過ぎてゆく。


 等しく時が進むのは、救いなのか地獄なのか。



 

 幼い頃は駆け上がっていた坂を数歩で上がり、森で獲ってきた獲物をとりあえず納屋に吊るす。表に周り、玄関の扉に手をかけると扉が抵抗無く開いて、ガヴィエインはため息を付いた。


「キーナ! 鍵はかけろって言っただろ!」


 家に入るなり小言を言って、家の奥から顔を出した妹はしまったという顔をした。


「い、今水を汲みに行ってたのよ。忘れたわけじゃないわ!」

おかえりなさーいと兄の機嫌をとるように笑って腕に巻き付く。ガヴィエインはもう一言二言説教をしようと思ったが、笑って誤魔化そうとする妹に、やれやれと呆れながらも最後はただいまと頭をポンポンと撫でた。



 ガヴィエインが母を亡くしてから、もう八年がたっていた。



 母親を亡くし、男親だけで子ども二人(しかも片方は赤子だ)を抱えた一家は途方にくれたが、すでに家の大半を父とガヴィエインで回していた事、そして近所やイリヤの助けもあり、一家はなんとか生活を立て直した。

……何より、乳児の世話に追われ、悲しみに暮れている暇などなかったのだ。


 今ではガヴィエインも父と一緒に狩猟の仕事をこなし、立派に働いている。


 妹のキーナは幸いにも丈夫にすくすくと育ち、あの頃のガヴィエインと同じ年になった。

 まだ幼い妹の為に、ガヴィエインはいつも父より仕事を早く切り上げて夕飯の準備をしに帰る。

妹と台所に立ちながら、ガヴィエインは今日あった出来事をうんうんと聞いてやった。

「あー、そうだキーナ。今日は自警団の夜廻りの仕事があるから、親父が帰ってくるまでちゃんと戸締まりしろよ」

わかったな、と念を押す。キーナはさっきの事があったので、素直にはーいと返事をした。


 夕食を終え、後片付けをしていると玄関の扉がトントンとノックされ、馴染の声が聞こえてきた。

キーナがガチャリと扉を開けると予想通りの柔和な顔が顔を出す。

「アル兄」

「やあ、キーナ。こんばんは。ガヴィ! 今日夜回りの当番だろ? 一緒に行こう」

おー、と適当に返事をして、戸口に立てかけてある剣を腰にさすと「いい子にしてろよ!」と再三言って、ガヴィエインはアルフォンスと並んで出かけた。



 あの、悪夢の様な朝の後も、三人の友情は変わらずに続いていた。


 ガヴィエインとアルフォンスは十六になり、イリヤは今年十五になった。

南方の争いはどんどんと国中に広がり、最近アムル村の近くでも野盗が出たり治安が不安定になってきている。ノールフォールの森のすぐ脇にあるアムル村は、戦火の広がりに備えて紅の一族とも協力しあい、最近では交流も盛んだ。


 村でも有志達による自警団が結成され、夜廻りも行われるようになった。

 段々と近づいてくるいくさの足音に、子ども達の間ではじめは遊びだったチャンバラごっこが実用性を増し、気がつけばアルフォンスと切磋琢磨して、若いながら今では二人共なかなかの腕前だ。自警団の中では最年少ながら、すでに実力は抜きん出ていた。


「……こないださ、西のキリクの村が襲われたらしいよ」

「犯人は西の山の野盗集団だろ。……あいつらも喰うもんに困ってるんだろうが、やる事がえげつないよな」

 見回りをしながら情報を交わす。

「アムル村は紅の一族の後ろ盾を得て、有事の際には心強いけど……こんな北の果ての地まで争いが及ぶなんて……もうこの国は国としての機能がしてないよね」

 アルフォンスは悔しそうに前を見つめた。



 夜回りが終わった後、帰り道を二人で歩きながらアルフォンスの家の前の辻に差し掛かった時、「ガヴィ」と静かな声でアルフォンスに呼び止められた。

「……なに?」

 アルフォンスの声が、なんだかいつもと違う気がした。

「……ガヴィに、聞いてほしいことがあるんだ……」

 その声色にどきりとする。

 アルフォンスはいつも穏やかで温厚な性格だと思われているけれど、その実は意思が強くて、こうと決めたらこう! という所がある。

 ……こういう言い方をする時はもう、彼の中で時の言い方だ。

「……なんだよ?」

 もう一度尋ねるとアルフォンスは少し眉を下げて、

「明日、仕事が終わったらいつもの場所に来てくれる? その時に話すから」

 そう言っておやすみ、とアルフォンスは家の中に消えていった。


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