第4話 変化

 ガヴィエイン少年の一日はなかなかに忙しい。


 朝起きるとまずは水を汲み、朝食の準備に取り掛かる。調理自体は父がする事が多いが、火を起こすのはガヴィエインの仕事だ。火を起こしたら妹のを替えて、ソヤの豆の汁をやるか近所のおばさんの所に乳をもらいに行く。

その間に父が朝食を作り、皆でご飯を食べる。

終わったら後片付けをして父は仕事に行くのでガヴィエインは洗濯だ。

今は赤子がいるので洗い物も多い。洗濯物を全部干して、妹のおしめと乳やりをもう一度終えたらやっと一息つける。


 八つになったばかりのガヴィエインにはなかなかの大仕事であるが、父と母の役に立てると思えば苦ではなかった。最近ますます線の細くなった母に無理をさせて、どうにかなってしまう方がガヴィエインにはよほど恐ろしかったのだ。


 昨日森でとってきたソヤの豆は煮てすりつぶし、絞って無事妹の乳代わりにできた。

父には一人で森に入った事を注意されたが、イリヤの話をしたら男気の強い父は「お前もすみにおけねぇなあ!」おとこだな! と豪快に笑ってくれ、母はただただ心配して「危ないことはしてはダメよ」と言っていた。けれど「イリヤが協力してくれるって言ってくれたから大丈夫だよ。心配しないで」と伝えるとそれ以上もう何も言わなかった。


 妹のキーナは、何も知らない顔ですやすやと眠っている。

 なにより家族の日常を守れたことが、ガヴィエインには嬉しくて誇らしかった。


 つたう汗を服の袖で乱暴に拭き、軒下に腰を下ろすとふぅと一息つく。午後になってもう一度妹に乳を飲ませたら、またソヤの豆を採りに行こう。イリヤにも会えるかもしれない。


 昨日森に入る時はあんなに不安だったのに、今はちょっと……いや、かなり楽しみになっている。ガヴィエインは早く午後にならないかなぁと思いながら、足元の小石を適当に蹴飛ばした。



「ガヴィー!」

 通りの向こうから、同い年のアルフォンスが手を降ってこちらに駆けてくる。

アルフォンスとは年が同じこともあって、母が体調を崩すまではよく一緒に遊んでいた。優しくて何でもできるが一つも威張ったところがなくていいやつだ。

アルフォンスの黒髪と翡翠色の目と違い、村の中ではガヴィエインの赤毛はちょっと珍しく、たまにからかって来る子どももいたけれど、アルフォンスが「え? 髪の毛が赤かったらなにかダメなことでもあるの?」と首を傾げながら言ってくれてからは誰も何も言ってこなくなった。アルフォンスには周りの人を和ませる不思議な魅力があると思う。


 彼は今日もにこにこしながらガヴィエインを見つけると、手に持っていた袋をはいと手渡した。


「これ、母さんが。おばさんに食べさせてあげてって」


 袋の中には、アルフォンスの家で育てている栄養化が高い鶏肉と豆のスープが入っていた。アルフォンスの母親は男だけで家を回しているガヴィエインのうちを気にかけてなにかと世話を焼いてくれるのだ。

ガヴィエインはありがとうと袋を受け取った。

「今日、お昼からヒマ? よかったら川に行って遊ばない?」

 最近ちっとも村の子ども達と遊ばなくなったガヴィエインだったが、アルフォンスは毎回懲りずに誘いに来る。川遊びはガヴィエインも大好きだったから、とても魅力的な誘いだ。


 ――でも、昼からはまたソヤの豆を取りに行かなくては。


「ごめん、オレ昼からも用事があって――そうだ」

 ハタと思いつく。

 イリヤの事は、本当は秘密にしたいけれど、紅の一族と村の人達を繋ぐんだと彼女と約束したのだからだんまりを決め込んでいても仕方がない。

けれど、村の他の子ども達には教えたくなかった。ただ、アルフォンスなら。彼ならばイリヤに会わせてもいいと思う。


 ガヴィエインはちょいちょいと手招きすると、アルフォンスを家の隅に読んで声を小さくした。

「オレ、この間森で、紅の一族の女の子と友だちになったんだ」

「えっ?!」

 アルフォンスが驚いて目を丸くする。

「ガヴィ、一人で森に入ったの?! 危ないよ!」

 心配顔のアルフォンスを安心させるように言う。

「大丈夫だよ。その子、イリヤっていうんだけど、黒狼もつれててさ、魔法も使えるんだぜ!」

すっげえからお前も見せてもらえよ、と目を輝かせて言うガヴィエインにアルフォンスはびっくりした。


(ガヴィ、暗い所は嫌いだって言ってたのに)


 まだ村の子達も一緒に遊んでいた頃、度胸試しだと森の入口まで行く遊びをした時は怖がって、いつもアルフォンスの後ろにいたのに。いつの間に一人で森に入れるようになったのだろう。

 それでも、最近は姿を見かけても口を真一文字に結んで、真剣な顔をしているガヴィエインしか見ていなかったアルフォンスは、ガヴィエインが久しぶりににこにこしているのを見て嬉しくなった。

しかも、きっとガヴィエインの最大の秘密を、まっさきに自分に教えてくれたのだ。

嬉しくないはずがない。


「うん、行きたい! オレにもその子を紹介してよ!」

 アルフォンスの答えに、ガヴィエインは白い歯を見せて笑った。



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