第3話 芽生えた友情


 ガヴィエインの住むアムル村は森のすぐ側にあり、ガヴィエインの父は狩猟を生業なりわいにしているから野生の狼を見たことはあった。けれどノールフォールに住む黒狼こくろうくれないの一族と生活を共にしているせいか、基本的にこちらがなにかしなければ人を襲うこともない。しかし、人は襲わなくても狼は狼だ。黒くて鋭い牙の生えた獰猛どうもうなその姿はどう見たって恐ろしい。


 とくに父と一緒に森に入ることのあるガヴィエインは、「ノールフォールの黒狼が特別なだけだ。普通の狼は腹が減ってりゃ人は獲物にすぎないからな。安易に近づくなよ」と父に口を酸っぱくして言われているからなおのことだった。

ビクビクとしながらイリヤの黒狼――黄昏たそがれを見るガヴィエインに、イリヤはケラケラと笑う。


「だぁいじょうぶだよ! 黄昏は賢い子なんだから! 私と生まれたときから一緒なの」


 そう言って首筋を撫でてやると黄昏は気持ちよさそうにイリヤにすり寄った。

「黄昏はいつも私の側にいて守ってくれるし、それに……」

 ほら! とイリヤは手の上で小さな炎を起こした。

「うわ! ……すっげぇ!」

 生まれて初めて見る本物の魔法に、恐ろしさよりも興味が勝った。「ほかにもなにかできるのかよ?!」とせがんでガヴィエインはイリヤに小さなつむじ風を起こしてもらったり、手のひらに水を出してもらったりした。イリヤが魔法を使うたびにガヴィエインはいちいちわぁ! と声を上げて喜び、凄い凄いと褒め称える。「紅の一族はこれくらいみんなできるわよ」とイリヤは笑ったが、イリヤも悪い気はしなかった。

 

 二人でひとしきり笑ったあと、ソヤの豆の株の間にゴロンと二人と一匹で寝転んで、葉の間から見える空を眺める。


「……イリヤはすっげぇなぁ……。オレも魔法が使えたら良かった。そうしたらもっと父ちゃんや母ちゃんの役に立てるのに」


 オレ、ガキだからさ、家族が困ってるのになんにもできてない。


 笑っているけれど悔しさがにじむ顔でそう呟く。イリヤは体を起こすと目をしばたいてガヴィエインを見た。


「……そんなことないよ! ガヴィエインはお母様のために一人で森に豆を取りに来たんでしょ? そんなこと、普通思っていてもできないわよ。とても勇気があると思う」


 ガヴィエインの胸がドキンと跳ねた。


「村の人達は森を怖がっているでしょう? でもガヴィエインはそれを飛び越えてきた。凄いよ。……私も、本当は森の外に出てみたい」


 イリヤの言葉に、今度はガヴィエインがガバリと体を起こす。


「……森から、出ちゃだめなのかよ?」

「……そんな事はないんだけれど、やっぱりちょっと怖がらせちゃうでしょ? 『人と違う力を持つものは恐れを抱く。不要な争いにならぬよう気をつけなければならない』って村長むらおさはよく言うのよ」

 

 薬や薬草を買いに、行商人なんかはたまにくるわね。最近はそれもあまりないけど。大人たちは、森で生まれて森に還る暮らしをしていけばいいって言うけれど……私は大人になったら外に出て、広い世界を見てみたいの。


 そう話すイリヤの瞳が、キラキラと宝石のように紅く輝いて、ガヴィエィンは本当に綺麗だと思った。

「……イリヤなら行けるよ。どこにでも。そうだ! じゃあイリヤ! まずはオレと友だちになろうよ! オレ達が仲良くなれば、きっとそのうち村のみんなとも仲良くなれるよ!」


 まずは、オレ達が、森と外を繋ぐ架け橋になろう!


 そういって伸ばされた手に、イリヤはますます目を輝かせて握り返した。


「うん……! それ、いい考え!」


 繋がれた小さな手の暖かさと笑い声が、森に広がって空に溶けていった。 



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