第2話 紅の一族の女の子

あかい、瞳――)


 村の大人達が話しているのを聞いたことがある。ガヴィエインの住んでいる村のすぐ近くにあるノールフォール森林の奥には、紅い瞳をしたいにしえの魔術師達が住んでいるって――。


 彼らの姿を見た村人はあまりいないけれど、その人達は『くれないの一族』と言って、紅い瞳、黒い髪、そして不思議な力を持っているという。

自分の血をその瞳のようにあかつるぎに変える力があるのだとか、未来が見えるのだとか。

森の黒狼を従える強い魔術師の一族は、すぐ近くに住んでいる村人にも恐れられていた。

紅の一族が作る薬草がよく効くとのことで、外部との関わりが完全にないわけではないようだったが。


 不要に森に入り、その一族と出くわすと連れ去られてしまう……などと子ども達は大人たちから口を酸っぱくして言われていた。――後で思い返せばあれは子ども達だけで森に入らないようにするための大人のでまかせだったのであろうと思えるけれど。


 だから臆病なところのあるガヴィエインは、いつもなら森で紅い瞳の人間と出くわしたとなれば震え上がってしまったと思うけれど、イリヤのはつらつとした様子と木漏れ日に照らされて煌めく紅い瞳に目を奪われた。


 胸が、怖さとは違う感情で波打っている。


 ガヴィエインは手から鼓動が伝わるんじゃないかとドギマギしながら握られた手を振りほどき名乗りを上げた。


「お、オレはガヴィエイン。森の外のアムル村から来た。白い汁の出る豆が欲しくて……」

「白い汁の出る豆? ソヤの豆のこと?」


 ガヴィエインはコクリと頷いた。


「……母ちゃんが、病気で妹のお乳が出ないんだ。ソヤの豆の汁は、お乳の代わりになるって聞いたから……」


 イリヤの登場で一瞬忘れかけていたが、本来ここへ来た当初の目的を思い出してガヴィエィンは下唇をかんだ。


 そうだ、ガヴィエインにはこの森に来た目的があった。


 乳の出なくなった母と妹のために、乳の代わりになるというソヤの豆を求めて森に入ったのだ。以前は行商人が南の方からソヤの豆や色んな物を売りに来ていたけれど、最近は南方の方で争いが絶えないらしく行商人が中々来ない。

乳を分けてくれていた家のおばさんも、最近乳の出が悪くなってきたと言っていた。早く代わりの乳を用意しなければ、母どころか妹の命まで奪ってしまうかもしれない。ガヴィエインは最悪の未来を想像してぶるりと身震いした。


「……」


 イリヤは俯いたガヴィエインをじっと見つめると、振りほどかれた手をもう一度握り返してニコっと笑った。


「ソヤの豆が沢山はえているとこ、私知ってるよ? 一緒に行こう! ガヴィエイン!」


 そう言ってイリヤはガヴィエインの手を握ったまま、何の恐れもなく走り出した。

森は昼間といえども暗くて、木の根や草が茂り、足元がとても良いとは言えないのに、イリヤはそんなものはまるで関係ないというように駆けていく。

ガヴィエインはさっきのように転んで無様な姿を見せないように、必死でイリヤについて行った。



***   ***



 風のように走るイリヤに手を引かれて、どこをどう走ったかわからない内に開けた場所にでる。はぁはぁと荒い息を整えてイリアを見上げると、彼女は紅い目をキラキラとさせて笑った。


「凄い! 凄いよガヴィエィン! あなた足が速いのね!」

私の里の男の子だって私についてこられないのよ! そう言って興奮した様子でぎゅっとガヴィエインを抱きしめる。ガヴィエインの息は正直まだ整っていなかったけれど、苦しい息をぐっと飲み込んで「手を繋いでなかったらもっと早く走れたけどな」と強がってみせた。イリヤからはなんだか花のような香りがした。


 イリヤはそれでも嬉しそうに笑って、「里の子は男の子だからって威張っているけれど、魔法だって足の速さだって私の方が上なのよ?」ガヴィエインみたいに走れる子は一人もいないんだから! と何故か誇らしげに言う。そんなイリヤに、ガヴィエインは気がついたら笑顔になっていた。


 ようやく息を整えて周りを見渡すと、そこは一面にソヤの豆が群生していた。


「わぁ……!」


 驚くガヴィエインにイリヤがにっこり笑う。


「ここにはソヤの株がいっぱい生えてるの。私も採りに来ることがあるわ」

お役に立てる? そうたずねるイリヤにガヴィエインは素直に答えた。

「うん。ありがとう! これで妹に乳を飲ませてあげられるよ!」

 近所のおばさんの所に乳を分けてもらいに行ったり、妹の世話を父親と交代でしたりしているガヴィエインを見て、とこに体を横にしながら母がいつもすまなさそうにこちらを見ていた。ソヤの豆が簡単に手に入れば、きっと母の憂いも減るに違いない。


 持ってきた籠に夢中でソヤの豆を収穫し、イリヤと色々な話をした。


「っていうかオレ、森の中に入って大丈夫だったのか?」


 イリヤの一族に怒られない? 


 紅の一族は不思議な魔術を使うという。ガヴィエインが勝手に森の奥まで入って来たことで、イリヤが叱られないかが心配だった。イリヤはカラカラと笑って一緒にソヤの豆を籠に入れた。

「大丈夫よ。森は誰のものでもないし。別にガヴィエインがここにいたって問題ないわ」

ただ、森は危ない所も沢山あるから、子ども一人では来ないほうが良いのは確かよね。そうお姉さんぶっていうので、ガヴィエインは唇を尖らせた。

「お前だって子どもじゃん。お前は一人で歩いても平気なのかよ」

 出会った時からリードを取られっぱなしなので、男としては少々面白くない。イリヤの里の子の様に、威張ったりはしたくないけれど、格好悪いところはガヴィエインだって見せたくない。イリヤはそんなガヴィエインの思惑には気が付かず、なんでもないことのように答えた。

「私は平気よ。だっていつも黄昏たそがれがそばにいるもの。それに私、魔法だって使えるのよ」

「……黄昏……?」

誰それ? と首を傾げると、唐突にイリヤの後ろにぬっと黒い塊が現れた。

「うわぁっ!」

 びっくりして尻餅をつく。そこにいたのは黒い体の狼――森に住む黒狼こくろうだった。


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