【完結】郷愁の森の誓い~アルカーナ王国物語 特別編~

東雲 晴加

第1話 北の果ての森


 木々が覆い茂った森は昼間だというのに仄かに暗く、森の中で立ちすくむ少年は背負ったかごの持ち手を震える手でぎゅっと握った。


 父が前に立って二人で進む森は怖さよりもワクワクがまさっていたのに、一人で歩く森というのはどうしてこうも心もとないのか。


 木々の上や茂みから、時折獣の気配がしてビクリと肩を震わせる。


(行かなきゃ)


 ガヴィエインはすくみそうになる心を鼓舞しながら、足を一歩前に踏み出した。



***   ***



 去年の今頃は一人でこの森に来るとは思わなかった。

 自分と同じ赤い髪を揺らしながら前を行く父の大きな背を見ながら、これから捕まえる鹿の大きさなんかを想像して楽しくて仕方がなかった。

 父が弓に矢をつがえて獲物に放たれるその一瞬がガヴィエインは一等いっとう好きで。音もなく放たれた矢は、まっすぐに獲物に当たって倒れた時に初めてどぅ、と音がする。狙ったら百発百中ではないかと思われる父の弓が、誇らしくて仕方がなかった。


 妹か弟が出来ると聞いて、早く自分も父のような腕を身につけ、弟妹に教えてやるんだと意気込んでいた。



 三ヶ月前、自分と同じ赤い髪の妹は元気に生まれてきた。……けれども産後の母の調子が思わしくない。

母は元々体の丈夫な人ではなかったが、産後の出血が中々おさまらず、今では寝台から起き上がることが出来なくなってしまった。


 赤子の乳は近所の似たような時期に生まれた赤子の家の母親に分けてもらっていたが、それにも限界はある。父は母の看病と仕事で手一杯だ。

自分も何か役に立たなくてはと一人森へ入り、気持ちを奮い立たせようとするが、ざわざわと揺れる葉の音が恐ろしくて仕方がない。恐怖に駆られ、心持ち早足で森を歩いたら木の根に足を足られてガヴィエィンは見事にすっ転んだ。したたか膝と顔を打ち付けて目の前がぼやける。


「……う……」


 じわりと涙が浮かび、溢れる感情のままに泣いてしまおうか。そう思った瞬間、いきなり頭上から声がした。


「あなた大丈夫?」


 びっくりして顔を上げると、いつのまにか目の前に自分と同じくらいの年の黒髪の女の子が立っていた。


「転んだの? 立てる?」


 女の子はそういうとガヴィエインの手を引いてガヴィエインの体を助け起こす。ガヴィエインは服の袖で慌てて顔をごしごしとやり涙を誤魔化した。


「あなた名前は? どうして森に一人でいるの? 子どもが森に一人できたら危ないのよ」


 自分とさほど変わらない年であろうに、女の子はやけにお姉さんぶってそう言った。

ガヴィエインはさっきの涙を見られていないかとドギマギしながら、それを隠すために少々ぶっきらぼうに答える。


「人に名前を聞く時はまずはそっちからって習わなかったのかよ。お、お前だって子どものくせに一人だろ」


 そういうと女の子はきょとりと首を傾げた後、にっこり笑って朗らかに言った。


「それもそうね! 私の名前はイリヤよ。この森に住んでいるの」


 風がざわめいて木々を揺らし、光が葉の間から指したその時に彼女を照らした。今まで暗くて気が付かなかったが、イリヤと言う少女の瞳は赤い紅玉こうぎょくのように紅くきらめいていた。



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