第2話 前世と前前世

「え?」


とある日の朝、公爵令嬢アリー・サイレントは絶望していた。


「なんで、またこいつに転生するのよぉお!!」


アリー・サイレントには前世と前前世を生きた記憶がある。前世は社会人、前前世は悪女だった。そして、今世は前前世と同じ悪女に転生してしまったっぽい...。


「処刑が...火あぶりの刑が....詰んだ...My life......」


アリーが絶望のどん底にいると、部屋の外からメイドに声をかけられる。


「お嬢様、カンナでございます。」

「入りなさい」


できるだけ、平静を装って返事をする。


「お嬢様、そろそろ第一王子殿下とのお約束のお時間でございます。」

「え、えぇ分かったわ...」


第一王子殿下というのはアリーの初恋で、前前世に私を断罪した人物。

アリーがとことん自分は運が悪いと思いながらメイドに支度を手伝ってもらう。

まさか、前世と前前世を思い出した日に仇と対面することになろうとは到底思っていなかったからだ。


カルノア王国の第一王子ミラン・カルノア

前前世でも第一王子殿下とはただの政略結婚。そこに恋愛感情など存在するべきでは無い。でも、私は好きになってしまった。

殿下にふさわしい女性になるために必要な努力は惜しまなかった。

でも、殿下は私をみてはくれない。選ばれたのは聖女様で、嫉妬に狂った女がやる事ほど愚かなことは無い。


断罪されたのは自業自得。仇と呼ぶことさえもおこがましい。


私は前前世の他に、前世の記憶も存在する。

前世は、地球という世界の日本と呼ばれる国で料理人をしていた。

前世での私の生活は、人々の優しさによって成り立っていた。私の料理を美味しいと喜んでくれるお客様、厳しくも優しく指導してくれた先生方、師匠、上司、私の夢を応援して支援してくれた家族、そんな人達の優しさによって生きていた。アラサーだったし、彼氏いない歴35年だったけど、幸せだった。


だから、前世と前前世の記憶を持つ今なら分かる。あの時の私が、どんだけ愚かだったのかが。味方してくれた人の事を考えず、自分勝手な行動をして、周りを苦しめ悲しませた。

その罪は、いくら前前世のことだろうと、無下に出来るものだとは思わない。だから、今世は...聖女様と関わる前に、皆との縁を切らなければ...。


「お嬢様、支度が整いました。」

「ありがとう、カンナ。」


カンナは私付きの護衛メイドで、ずっと私の味方でいてくれた人...そして、"私が殺してしまった人"だ。そう、嫉妬で豹変した女の手で殺された。

カンナは、前前世の私が豹変した中でも少しだけ自我を保てていた理由だった。


だけど、あの日、第一王子殿下が聖女様をエスコート相手に選び、私が怒り狂って暴走したのをカンナが止めようとしてくれたことは覚えている。

それから、何がどうなってカンナを殺してしまったのかは覚えていない。だが、気づいたときはカンナは血まみれで倒れていた。


私が、自我を保てなくなった理由となる出来事は覚えていない。でも、もしかしたらその出来事が、自我を保てなくなった理由の一つかもしれない。


「........嬢様!...アリーお嬢様!」


カンナに声をかけられ、アリーの意識が現実へと呼び戻される。


「カンナ、どうかした?」

「それはこっちのセリフでございます。今日のお嬢様は少しおかしいですよ。」


知らず知らずの内にカンナに心配をかけていたなんて、気をつけなければ。

カンナに心の内を悟られないようにしなければ...。


そう遠くない内に、私は公爵家との縁を切る。


その前に、殿下との顔合わせを何事もなく、終わらせて、変に目を付けられないようにしよう。

この先、殿下と深く関わるようなことがあれば、私は詰・む☆

いや、余裕ぶっこいている場合じゃないんだけどね...。


「失礼致します。」


ドアをノックしてから、ゆっくりと開ける。第一王子殿下はまだいらっしゃってはいなかった。

一足先にソファに座らせてもらい殿下との顔合わせの前に、殿下の情報を確認する。


ミラン・カルノア 第1王位継承者で、魔法と魔術、両方をつかえる天才で上級精霊の契約者でもある。私と同じ8歳で。

でも、殿下が第1王位継承者になったのは、単に第一王子だからという理由では無い。まぁ、簡単に言えば殿下は腹黒で、心の内が全く読めない。幼少期から常に大人びていていると言われている。


カルノア王国を国王中心政治ではなく、議会中心政治にするよう進言したのも、当時5歳の殿下だったとか.....。


前前世では、私の好きな人だったが、今はとにかく恐ろしい。今世で、私が怖がっている存在は3人いる。

1人目が、第一王子殿下

2人目が、聖女のセレーネ


そして、3人目が、王国国宝魔術師のヴォルト・ジークベルト

彼は、殿下の側近兼戦友みたいな感じの立場で、私の処刑を実行した人だ。


この3人に近づいたら、私はBADENDになる。だから、今世では絶対に深く関わらない!


アリーが深く決意している時、唐突にノック音が聞こえてくる。


「今日は失礼するよ。アリー・サイレント嬢」


これから、"普通"の顔合わせが始まろうとしている。アリーの今世初試練はおそらく此処だろう。


百年先の未来ではアリー・サイレントとという元悪女は、変わらず伝説の悪女として知れ渡っているのか、それとも王国の歴史にすら刻まれていないのか、これは一人の可憐な少女の幸せへの1歩、もしくは破滅へと向かう1歩なのかもしれない。

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