他人の不幸は蜜の味

 工業製品ならばある程度保存も利くが、農作物は保存が利かない物が多く、常に供給し続けないと品薄になる。


 特に、今し方述べたような白ねぎなどの“葉物野菜”などはすぐに傷む。


 冷蔵庫に入れても、そこまで長持ちするものではない。


 であるからこそ、次々と作物を出荷しなくては、すぐに品薄になる。


 それが何らかの事情で発生した時にこそ、農家にとってのチャンス到来だ。


 どこかの産地が災害で被害を受け、出荷が滞るようになると、他の競合産地が怪気炎を上げる。


 台風などは、その分かりやすい例だ。


 なにしろ、大風、大雨で全てを台無しにし、田畑を吹っ飛ばしていく。


 作物は台無しになるし、次に植えようにも、まずはボロボロになった田畑を元通りにするところから始めなければならない。


 それも“泥に沈みながら”である。


 その労力は並大抵のものではない。


 農家になって経験しなくては、決して分からぬ心にも体にも来る重労働だ。


 そんな復旧作業に勤しむ災害地をよそに、被害のなかった他産地はここぞとばかりに張り切って儲けるものだ。


 実際、かつて自分もその恩恵を大いに受けた。


 今から4年前の話であるが、九州から関東にかけて、巨大な線状降水帯が発生し、白ねぎの産地が軒並みやられた大荒れの梅雨だ。


 ただし、“鳥取県を除く”という但し書きが入るが。


 白ねぎの産地、上位10位は以下の通りだ。


1位 千葉 64,300 (t) 13.8%

2位 埼玉 56,800 (t) 12.2%

3位 茨城 52,300 (t) 11.2%

4位 群馬 21,100 (t) 4.5%

5位 北海道 20,500 (t) 4.4%

6位 大分 16,000 (t) 3.4%

7位 長野 15,900 (t) 3.4%

8位 秋田 13,700 (t) 2.9%

9位 鳥取 13,000 (t) 2.8%

10位 青森 12,300 (t) 2.6%



 これらの産地、九州、信州、関東、全部やられた。


 北海道、東北は植え付けが遅いので、梅雨明けからの夏出荷だ。


 そして、問題の線状降水帯も、なぜか山陰地方だけスルーしてくれた。


 つまり、上位10位の内、まともに出荷できるのが“鳥取県だけ”という状況。


 まさに天候という偶然が生んだ大フィーバーだ。


 とにかく、市場から白ねぎが消え、値段が暴騰。


 市場の方からは空っぽになった保管庫の映像と共に矢のような催促。



「出せ! とにかく白ねぎを出せ! ネギと名の付くものはすべて出せ!」



 これであるから、こちらとしても10年に1度の好機到来と目の色を変え、とにかく出せるだけ出したものだ。


 結果はぼろ儲け状態。例年の4、5割増しくらいの値段が平然と付いた。


 当時の鳥取県では、“5年の内に売上1000万にする”事を目標にして、新規就農者の育成プログラムを組む事になっていた。


 しかし、この大フィーバーにより当初の予定を大幅に繰り上げ、自分は就農3年目にして売上1200万を達成。


 前倒しで新規就農者を実質卒業したのである。


 これを経験したからこそ、自分の所の産地のみならず、他の競合産地の情勢もよく気にするようになった。


 文字通り、“他人の不幸は蜜の味”なのだ。


 何かしらの理由でこけてくれたら、こちらが儲かるのである。


 ひどい話かもしれないが、これが農業界隈の現実なのだ。

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