第7話 セシャリク BL成分有り 

 アニーシャとリュシスが久しぶりに訪れたカシューの村は相変わらず年寄りと女、そして子供ばかりだった。少しだけ若い男もいるが、彼らはどこかしら体を患っていたり、なんらかの欠損がある人間だ。

 先の大戦で動ける男は全て徴兵され、結果として今この村に残っている男はその徴兵を免れた人間だけだった。

 ただ1人を除いて。

 この村にいる医者である。

 彼はこんな辺鄙な村で診療所をするには優秀な医者だったので当然戦場での軍医として招集はされた。

 だが、彼は足が悪いことを理由に――とは言え、前線に出る兵士としてではなかったのでかなり強く乞われたものの、軍隊へ所属することを拒み、以来ずっとこのカシューの村で医者を続けている。

 国からの招集を断る、という事は国への反逆と捉えられ投獄されてもおかしくはなかったのだが、彼はどういう訳かそれは免れていた。

 そして彼は、アニーシャ兄妹がある程度の信用を置いている数少ない人間でもあった。



「せーんせ」

 どこか甘えたような声でアニーシャがひょこりとすでに診療を終えている診察室のドアを開けて中を覗き込みながら呼べば、夜の闇が迫りつつある中でランプの光を頼りに患者のカルテを整理していた端正な顔立ちの男――セシャリクは顔を上げた。

 そして振り返り、そこにアニーシャの姿を認めると柔らかく微笑んで立ち上がる。

「久しぶりだね。元気にしていたかい?」

 アニーシャに先生と呼ばれた男はそう話しかけながら、アニーシャに診察室の椅子に座るように促した後、診察室の隅にある簡易的な炊事場へと向かう。そして釜で沸かしていた熱湯を陶器で出来ている茶器に入れ、それを盆に乗せて木で出来たカップと共にテーブルの上へと置く。

 その足取りは足が悪いとは思えないほどおかしな所などなく自然そのものだ。

「リュシスくんは?」

「宿で寝てる」

 庭で栽培しているハーブのお茶をカップに注ぎながらアニーシャが大切にしている妹のことを聞くと、彼は肩を竦めて答える。

 その言葉の通りリュシスは宿を取ったあと、部屋で沐浴をするとそのまま久々のベッドに倒れ込むように眠りについていた。

「彼女もお疲れのようだね」

 目の前にはいないリュシスの事を思いセシャリクは目を伏せる。金色の長い睫毛がその緑の瞳を縁取り、愁いを帯びた色を浮かべていた。

 リュシスが危険な戦場に好んでその身を起き続けている事を良く知っているのだ。だが、その能力や強さを良く知ってはいてもセシャリクはリュシスが戦場に出るのをあまり歓迎してはいなかった。

 いくら強いと言っても数百という数を相手にする戦場ではどうしても死角が出来てしまう。

 その死角を突いて切りつけられれば、その身は普通の人間と同じように傷つく。そして傷の数が多ければ致命傷になる事も有り得るのだ。

「うん。弓矢で狙われて……。だから、明日あの子診てくれる?」

「もちろんだよ」

「ありがと」

 リュシスはかすり傷だと言って聞かないが、今回の戦場でもその背中に弓矢を何本か受け、それなりの傷ができてきた。

 一応戦場にある野営地で応急処置などはされてはいるが、その矢には毒でも塗られていたのか、なかなかリュシスの傷が塞がらないことをアニーシャは心配していた。

「――それで、せんせ、これ」

 セシャリクがリュシスの治療を快諾した事にホッとしたのかアニーシャは気を取り直す様に、椅子に座った際床へと置いた鞄を持ち上げセシャリクへと渡す。その一抱えはある鞄を受け取ると、そっと開き中身を確認すると彼は立ち上がり、アニーシャに「少し待ってて」と声をかけると診療所の裏にある冷蔵保管庫へと持っていく。

 冬の間に降る雪を集め夏季でも鮮度を保つための温度を保っているそこに入り、ランプを灯すとアニーシャより預かった鞄から中身を取りだしていく。

 鞄の中には数人分の【パーツ臓器】が凍った状態で入っていて、それをひとつひとつ選別するように各所をランプにかざして見る。そしてなんらかの液体で満たされているガラスの容器に入れ密閉すると棚に飾るように並べていった。

 そして少しの間、どこか恍惚とした顔でその血色が鮮やかな【パーツ】を眺めながらほぅ……と息を吐いた後、保管庫を出る。

 セシャリクが荷物を置いている間、アニーシャは出されたお茶を勝手に木のカップへと注ぎその爽やかな味を楽しんでいた。

「アニーシャくん、いつもありがとう。ちょうど必要としてる患者がいたんだ」

 保管庫から戻ったセシャリクは炊事場で一度水がめの中から水を取りその手を洗った後そうアニーシャにどこか嬉しそうな声色で礼を言う。そして診察室の端にある棚の中から金庫を取り出しそこから必要な金子をアニーシャに渡した。

 それは、数と状態を見ていつもよりも多めの額だった。

「ふふ、どういたしまして」

 【仕事】の対価をいつもより多めに貰い嬉しそうに微笑むと、腰に下げている革の袋へそれを入れる。そしてまたアニーシャはお茶を1口飲んだ。

 爽やかなそのハーブティーは香りも良くアニーシャのお気に入りだった。

「それにしても、今回のはとても綺麗だね。保存状態もいい」

「でしょ? 健康な男のだから適合すれば患者さん長生き出来るんじゃない」

 どこかうっとりとした顔でアニーシャが持ってきた臓器について語るセシャリクに、同様にうっとりと微笑みながらアニーシャはその持ち主について語る。

 今回仕入れたそれは、前の街で出会った純朴そうな青年のものだ。純粋な好意をアニーシャに寄せていたが、彼にとってはそんな感情など鴨が葱を背負って来るのに等しい意味合いしかない。

 その話をセシャリクは頷きながら聞き、自身もハーブティーを飲む事で少しばかり高揚した気持ちを落ち着かせる。

 そして脳内で今現在入院している患者の誰にあれを移植するかをアニーシャの話に微笑みを湛えて頷きながら考えていた。

 アニーシャがどういう手段を使って新鮮な【取り替えパーツ移植用の臓器】を持ってきているかについて彼は深く追求していない。する必要さえないと考えている。

 この混沌の時代、どんな手段を用いていたとしてもそれを責める気はセシャリクにはなかった。ただ、こうしてアニーシャがどこかしらで手に入れてきた【パーツ】を使って患者を助けられる事が彼にとっては重要であり、喜びであった。

 但し、それは医者としての使命や、はたまた優しさから行っている訳ではなかったが……。

 資産家や資金が充分にある領主などの間で金さえ積めば『延命をしてくれる医者』『どんな病気も治す名医』としてセシャリクは有名だった。

 もちろん治せない病気もあるし延命も出来ない状態の患者もいるが、薬学や魔法学、そして何よりも衛生学や医学として人体と病気への理解と興味がその年齢からは考えられないほどに豊富だったので、他の医者ではサジを投げるような病気などもこの辺境と言っても過言ではない場所で治療を請け負っている。

「ねぇ、せんせ。もっと大きな街で診療所開けばもっと患者さん来るんじゃないの?」

 昔アニーシャがセシャリク程素晴らしい知識と腕を持つ名医が、何故こんな辺鄙な場所で診療所をしてるのかを疑問に思いそう聞いたことがある。

 その返事は微笑みだけだった。

 セシャリクが都会で診療所を開かない理由については結局アニーシャには分からずじまいだったが、気紛れで聞いた質問だった為その後は綺麗さっぱり聞いたことさえ忘れていた。

 アニーシャもまたセシャリクが故郷ではないこの村にどんな理由で居続け、まるで人体実験を繰り返しているかのように持ってきた人の中身を他の人間に移し替えているのか、などどうでもいい事だった。

 ただお金を貰えればそれでいい。

 アニーシャもセシャリクも互いに互いを利用し合っているという自覚はある。だが、それで互いに問題はなかった。

「アニーシャくんは今回いつまでこの村にいるんだい?」

「シスの傷が癒えたらすぐ出るよ」

「そうか」

 炊事場で新しいハーブティーを作りながらセシャリクがそう尋ねると、アニーシャはすぐにそう答え立ち上がった。

 そしてセシャリクの横に立つとその腕に腕を絡ませ、体をしなだれ掛ける。

「――せんせ。今夜はシス起きないと思うからいいでしょ? ご褒美、くれる?」

「……先にカルテを片付けて、もう一杯お茶を飲んだらね」

 ねだるような甘えた声を出すアニーシャにセシャリクは微笑むと、その額に唇を落とす。

 そんなセシャリクの口付けにくすぐったそうな顔をした後、アニーシャは妖艶な笑みを浮かべ一度体を離す。そしてセシャリクが用意した茶をいそいそとテーブルに持っていくとカップに注いだ。

 ふわりと立ち上る湯気は先程とは違う濃厚で甘い花の香りをしていて、その事にまた微笑む。

 そのお茶が作用する意味合いを良く知っているからだ。

 せんせー、今夜は私を寝かせないつもり? そんな事を思いながら甘みのあるそのお茶をアニーシャはゆっくりと飲み込んだ。



 朝方、アニーシャは宿に戻るや来るやいなや衣類を脱ぎ捨て、疲れ果てた様にベッドへ潜り込む。

 そしてそのまま深い眠りに落ちたのか、穏やかな寝息が部屋の中へと響く。

 気配に敏感なリュシスは当然その事に気が付いたが、カシューの村へ来る度に繰り返される朝帰りの意味に呆れたように息を吐き、もう一度寝直した。

 いっそ向こうに泊って帰ればいいのに、とそんな事を思いながら。

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とある兄妹の物語【R15G】 鬼塚れいじ @onitukareiji

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