第6話 赤い悪魔 【R15G】

「また部隊を全滅させちゃったの?」

 呆れた様な声でアニーシャが手にした小枝で道脇に生えている雑草を払いながら後ろを歩くリュシスに向けて言う。

 その質問に背負っている野宿の為の荷物を担ぎ直すと、リュシスは聞こえよがしに溜息を吐いた。

「……賃金は貰った後だ。問題ないだろう」

「そうだけどさ、そろそろ噂になってるよ」

 先日、自身がした事を思い出しながらリュシスが悪びれるでもなくアニーシャの言葉を肯定すれば、アニーシャは苦笑をしながら妹を振り返った。

「……噂?」

 兄が口にした言葉をリュシスは怪訝そうに聞き返すと、アニーシャが手にしていた小枝を雑草の中に投げ捨てるとまた苦笑を深くする。

「赤い悪魔、だって」

「赤い悪魔」

 オウム返しに兄の言葉を口の中で転がすとリュシスは自身の髪の毛をひと房取り、それを見る。真っ赤に燃えているかのような赤いその髪は確かに珍しい色で目立つ為、リュシスの風体と合わせ『悪魔』と呼ばれるのもなんとなくわかった。

「……そうか」

「どんな噂かは聞かないんだ?」

 自分が『悪魔』と呼ばれることに特になんの感慨もないようで、ただ納得した様に頷いた妹にアニーシャは少しだけ悪戯っぽい口調でそう聞く。

 それにリュシスは苦笑をした。

「聞かずともわかる」

 自身の義手に視線を落とし、そう答えると苦笑は緩やかな笑みへと変わる。



 傭兵としての仕事を終え、雇い主である領主から賃金を貰った後、本来ならばすぐにその町を去る予定だった。

 それが変更されたのは、同じように雇われていた兵や、元からいた兵士達に人気のない町外れにある広場で囲まれたせいだ。その事にリュシスは内心で、またか……、と思う。未成年時代の非正規で雇われていた頃からこの手合いの事は頻発していて今更驚きなど何もなかった。

「リュシスちゃん、子供にその額は大きすぎるだろ?」

 リュシスを囲んだ男達の中でもひと際体が大きく、ガラの悪い男が下卑た笑いをその顔に張り付けてお決まりのセリフを口にする。

 そのあまりにも代わり映えのしない台詞にリュシスは呆れたように息を吐いた。

「……それで?」

「なぁに簡単な事だ。その分け前を俺達にも分配してくれ、って話だ。でないと不公平だろう? 俺達だってあの戦で命を賭して戦場を駆け巡ってきたんだ。お前だけ倍額貰うのは納得がいかねぇ」

 何が言いたいのかなんて簡単に想像はついたがそれでもリュシスがそう聞き返せば、またしてもお決まりのセリフが返ってきて、この手の人間は脳みそを共有してるのではないかとリュシスは思う。

 本人たちとしては確かに納得がいかないのだろう。

 15になったばかりの人間に、しかもどれだけ立派な体格をしていようが女に手柄を横から掻っ攫われ、男の自分たち以上の額を領主から渡される。

 本来ならば自分たちに分配されるはずだった手取りが、間引かれリュシスの手へと渡っているのだと男達は考えていた。

 リュシスからすれば、敵対する領主の戦力をこの手で大多数葬ったのだから貰った額は正当だと思っている為に、このやり取りに含まれている逆恨みの様な苛立ちや不満に対しては呆れるしかない。

 どの戦場へ雇われても繰り返されるこのやり取りにもう一度呆れたような溜息を吐くと担いでいた荷物を地面へと置いた。そしてその中から先程領主より貰った金子が入っている革製の袋を取り出す。

「お、物分かりがいいじゃねぇか」

「……誰がやると言った」

 その布袋の重さを確かめる様にリュシスは手のひらの上でそれを揺らし、ニヤリと男達に向けて笑う。

「……おいおい、お前まさか……」

 この人数を相手にするつもりなのか、と男は言いかけて、脳裏に戦場での鬼神とでもいうべきリュシスの残酷無比な戦い方が浮かび口元を引き攣らせる。

 いくら何でも仲間だった人間にまであの殺意と刃は向けないだろうと考え、更にリュシスが普段は静かで仲間と激しく諍いをした事が無く、その身が女である事も男達に甘い考えを持たせる一因となっていた。敵に対しては無慈悲かつ残虐な人間であっても所詮は女。ほとんど不意打ちのような形で挙げた戦果などまぐれの様なものだ。だから仲間であった人間、更にはリュシス程ではなくとも戦場で戦果を挙げた数十人もの男に囲まれ、凄まれれば大人しく金子を渡すと思ったのだ。

 だが、目の前にいるリュシスは緩く微笑み、その白目の割合が多い三白眼を細めてまるで挑発するかのように袋を手の上で軽く投げては受け止めるを繰り返している。

「と、とりあえず早くその中身の半分を渡せっ! この人数に囲まれてはお前だってただじゃ……」

 目の前にいるリュシスの中に怒りや殺意などが見えないわりに、報酬を渡さない事に苛立ちもう一度そう脅そうと男は口を開いた。

 だが、その言葉は途中でリュシスの視線が男を捉えはっきりと楽し気に笑った事で消える。

「……お前達が私に勝てたら、やるよ。全額」

「なっ……っ!」

「構えな」

 スゥ……とその笑みを消し、リュシスはそう言うと金子の入っている革袋を空高く放る。

 そして男達が各々腰に差していた剣や、懐から短剣などを取り出すのをただそこに突っ立ったまま見守る。

 最初に動いたのは先頭に立っていた大柄で分け前を半分寄越せと言ってきた男だった。腰に下げている支給品でもあった剣を抜くとリュシスに斬りかかっていく。その動きは本気でその首を狙ったものだった。

 だが、それをひょいっとリュシスは半歩後ろに下がるだけでかわし、男の蛮勇に触発された周りの男達も剣を振りかぶってリュシスに襲い掛かって来た。

 その内の一本を右手の義手で受け止め、金属と金属のぶつかる甲高い音が広場に響く。そして反対側から振り下ろされた剣は生身の左手がその男の体ごと振り払い、あっという間に何人か巻き添えにして吹き飛んだ。

 そのままリュシスは義手をひと振りするとカチッと音がしてその手の部分が抜ける。そしてその下から綺麗に研がれた剣が現れ、一番最初に斬りつけてきた男の喉をぱくりと切り裂く。ぶしゅっと音を立てて鮮血が吹き上がり、見慣れたその赤にリュシスがペロリと喜悦を含んで唇を舐めた姿に、周りにいた他の男達は怖気づいた様に一歩後ろに下がった。

 その男達にリュシスはどこかうっとりと笑いかけると、タンッと地面を蹴り踊るように義手に取り付けている剣を体の回転に合わせてぐるりと振り、周りの男達の喉を正確に切り裂いていく。

 それはほんの一瞬の事だった。

 まるで赤い噴水の様に喉から噴き出した血がリュシスへと降りかかり、赤い髪が更に赤く染まる。

 そのままリュシスは疾走し、逃げようと背中を向けた残りの男達の喉も躊躇なく切り裂いていく。

 その顔はどこか恍惚とした色を浮かべ、次々と噴き出す鮮血をその身に浴び、自らに剣を向けた人間をあっという間に血の海の中に沈めていった。

 シャリン……。

 その場にいた全員が人ではなくなった頃、広場の中央で袋に入ったコインのぶつかり合う涼やかな音がリュシスの左手の中で鳴る。

「……焼かないのは慈悲だと思え」

 静かになった広場の真ん中でリュシスは佇み、一度ぐるりと倒れているモノを無感動な瞳で見つめた後、義手を嵌め直し地面に置いていた荷物を持ち上げ肩へとかけるとそのまま後ろを振り返ることなく村の出口ではなく脇道に入りそのまま森の中へと消えていった。


 後には赤い池と化した広場と、その中に浮かぶピクリとも動かない人の形をした物体のみだった。




「……あぁ、そうだ。部隊を全滅ではなく、殺したのはせいぜい数十人だ。流石に私はそこまで鬼じゃない」

 アニーシャの言葉にあった間違いをふと思い出したようにリュシスは記憶を辿りそう否定する。それを聞いてアニーシャは苦笑を深くした。

 そこ、たいした違いはないんじゃない? と思うがそれは口には出さない。

 リュシスは毎度離れる街に在留する傭兵や兵士を殺した理由について多くを語りはしないが、大方戦場でリュシスの活躍に見合った賃金……普通の人間よりも多いそれを横取りをしようとしたのだろう。そして、そんな怖いもの知らずともいえる事をするにはそれなりに腕が立つ人間であっただろうことは想像がつく。

 と、なれば立ち去ったあの街の戦力は相当落ちた事も容易に想像がついた。

 つまりは、これから先の戦はかなり苦戦し、結果的に街自体が滅びる可能性も秘めていた。

 部隊の全滅は確かに言い過ぎではあるけれど、その遠因には十分なり得ている。

「まぁ、いいけど。次の働き口、大丈夫?」

 リュシスの訂正に対して呆れたように肩を竦めた後、そうアニーシャが聞けばリュシスはどこかおかしそうに笑う。

「ふっ、これでも引く手あまたでな。悪魔でも雇いたがる人間は意外と多い」

 悪魔ほど契約に忠実な生き物もいないしな、とリュシスは付け加える。その言葉の前には「裏切りさえしなければ」という言葉が付くのだが、それは言葉にしなくても分かり切っている事なので口にはしない。

 それに傭兵ではないにしろ、魔獣などの人間では手に負えない生物を倒す仕事などリュシスには兄とは違う形で能力を生かして二人で生きる為の金子を得ている。

 そんなリュシスにアニーシャは肩をまた竦めて見せた後、自分も次の街で【仕事】をしないとなと『氷の悪魔』と呼ばれる兄はひっそりと笑った。


 今回のリュシスの稼ぎで次の街ではそれなりに滞在できるだろう。

 その間にまたアニーシャにしか出来ない【仕事】をこなそうと、赤い紅を引いている唇をアニーシャは舐めた。

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