三

「記憶を忘れたダニエラ様は王宮を出て、国王陛下は僕のママになる人を王妃に迎えた。マディソン家という、王家の血筋を引く女性を。純潔同士の婚姻で、レディート王室はさらに外堀を埋めた。そして、僕が生まれた。アレンに代わって、次代の王となるために」

 明かされたアレンの過去。それはあまりに不平等すぎるものだった。愛されるために生まれてきたというのに、人操の才を持ったが故に、己が何者かであるのかを偽り、ただ孤独に生きるしかなかった。

「記憶の才を使って、エーデルや他の国の重鎮たちの記憶を改竄することも考えられた。だけど、そんなことをしてしまえば、それこそ戦争が起きかねない」

 エーデルとのことも、全てはアレンの才が関わっていて起こったこと。彼らは人操の才を持つアレンを危険視し、軍隊を増やし王子であるアルバートを襲撃したのだ。

(……アレン様、今までどんな思いでいたんだろう。民が傷ついている姿を目の当たりにして、弟であるアルくんが生死を彷徨って。どんな……思いでっ……)

 アレンを思うと、心が引きちぎられそうだった。

「レディートでこのことを知っているのは、国王陛下と僕たち、そして、陛下の右腕だったケルベルト伯爵の四人だけ。他の使用人も貴族も、エルダ遅民の記憶も、全てパパが改竄した」

 ヒーデルの才によって、まるで、始めからアレンが存在していなかった世界が作られたのだ。

 「僕が小さかった頃は、よく一緒に遊んでくれたんだ。でも、だんだんと一人でいるようになって、僕を、みんなを遠ざけた。僕が十才になる頃には、もう兄弟として話すらしてくれなくなった」

 アルバートが作ったあのリースも、アレンは受け取ってくれなかったという。

 何かを考えるように、誰かを想うように、アルバートはリースを作っていた。切に願うその横顔は、悲しみのその先を待ち望んでいるようだった。

(アルくんは、ずっとアレン様のことを……)

 大切な人を失う喪失感を、エルダはよく知っていた。そんな思いを皆がしていた。アルバートもアンジェリーナも、クラウトも。何より、ヒーデルは、どんな思いでいるのだろうか。

(私、今まで何を見てきたんだろう。アレン様を好きと言いながら、アレン様の抱えている悲しみにも気づけず、笑っていた)

「アレンの音ってね、優しいのに、すごく悲しんだ。子供の頃から、ずっと……」

「今……アレン様は、どんな音がしますか?」

「……」

 俯き黙るアルバート。

「これを僕の口から伝えるのは、違うよな……」

「どういう意味ですか……?」

「そうだな、例えるなら、空洞に雫が落ちているような音。ポタリ、ポタリって、ずっと積もりに積もって……溢れてしまいそうなんだ。でも……そこにちゃんとあるんだ__愛の音が」

(愛の音__?)

「エルダ、君がくれたんでしょ? あの日、町で偶然会って、花を生ける君を見て、この人だったら、アレンを救えるかもしれないって思ったんだ。だって君からは聞こえたから。それはもう、溢れんばかりの愛の音が」

 アルバートは真剣な顔で、真っ直ぐにエルダを見つめる。

「エルダ、お願いです。アレンを、僕のお兄様を助けて下さい。僕には出来ない。僕じゃ、ダメなんだ」

 頭を下げるアルバート。エルダは椅子から立ち上がると、アルバートの肩に手を置く。

「あ、頭を上げて下さい……! 私などに、そんなことしないで下さい」

(アレン様のことを話すアルくんは、とても悲しそうだった。私は、ここに来てからずっと、何かをしなければならない気がしていた。でも、それが何なのか、ずっと分からなかった。だけど、アレン様と出逢ってアレン様を知って、今、私は……)

「エルダ……」

 エルダは、アルバートの両手をきつく握った。

「一緒に、一緒にアレン様を救いましょう」

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