四
図書館の奥の倉庫に、その書物は置いてあった。王族の者でも、一部の者しか知らないと言う、その禁じられた倉庫には、レディート国が沈黙を貫き続けた、才にまつわることが記されている書物が置いてある。
埃を被った書物と本棚は、何千年もの間、時が止まっているかのようだった。
クラウトによってドアが閉められると、そこにはエルダ一人。
窓もないこの倉庫は、光すらも差し込まない。ランプの灯りを頼りに、並べられた書物を人差し指でなぞって見ていく。
エルダは一つの書物で指を止めた。その書物は、他の書物よりも汚れずっと年季が入っていた。
題名は『はじまりのレディート王』
咳払いをしながら、本棚から書物を取ると、置いてあった机の上に広げ、ページを捲っていく。
その書物は、レディート国を築いた初代国王である、ユリウス・レディートについて書かれたものだった。
ユリウスについては、以前、図書館で勉強していた時に、少しだけ知っていることはあった。歴代のどの王よりも秀でた王で、数々の戦いを勝利に導いた。まさしく、王の器に値する存在。ただ、それだけすごい人だと言うのに、異才の書物に、ユリウスのことについては触れられていなかったのだ。それをずっと疑問に思っていた。まさか、アレンと同じ、人操の才を持った人物だったとは。
(アルくんから聞いた時は驚いたけど、納得した)
「『__ユリウスは、自らが持つ力で、民を自分の傘下に置き、国を作り治めた。その力に牙を向く者などおらず、人々は従い続けた__』」
(この書物の書き記されようでは、ユリウス様は悪者同然……こんなんじゃ、アレン様だって……)
苦しい怒りを感じながらも、エルダはページを捲り続けた。
「『__ユリウス王の最期を知る者は、誰も知らない。ただ一人を除いては__』」
「……ただ一人?」
気持ちが先走りながらページを捲ると、そこには、ある一人の女性の人物画が載っていた。女性は、祈るような眼差しで、こちらを見ていた。
人物画の下に、名前が書かれてあった。ローズ・マディソン・レディート。
「マディソン?」
(マディソンって、確か、アルくんのお母様のお名前)
「『__ローズは、ユリウスが唯一、心を許した女性であり、彼女がいたからこそ、ユリウスは、破滅を遠のかせることが出来た__』」
アルバートは言っていた。人操の才は、その多大なる力から、破滅の運命を辿ると言われ、天寿を全うすることが出来ないと。それは、どんな最期を迎ええることを意味しているのか、エルダには、想像もつかない。
(遠のかせることが出来たってことは、阻止することは出来ないってこと……?)
多くの疑問が頭の中をぐるぐると回る。
倉庫を出ると、アルバートの寝室へ向かった。部屋の前には、アンジェリーナの護衛のため、今日もキースが、似つかわしくないほどの冷淡な表情を浮かべて、佇んでいた。
「おつかれさまです」
エルダに気づいたキースは、申し訳なさそうに微笑んだ。もうずっと、こんな感じだ。
キースがドアをノックする。
「アルバート様。エルダさんがお見えです」
返事が聞こえたことを確認し、中へ通される。ドアが閉まる音を聞き終えると、前を向く。アルバートは、アンジェリーナと窓際の席に腰を下ろしていた。
あれから、また少し時間が流れた。アルバートはアンジェリーナのお陰で、徐々に回復していき、公務に戻る日もそう遠くはない。
アンジュエリーは、ベーベル国に事情を話し、当初の予定よりも長く、レディート国に滞在することとなった。この騒ぎがあった中で、アンジェリーナをベーベル国に向かわせるのも危険。行く道で、何があるかも分からない。当然、婚姻も先延ばしになってしまっている。
「何か分かった?」
アンジェリーナからの問いかけに、書物を抱きしめ頷く。
「アルくんがおっしゃっていた通り、人操の才を持つ方は、とても危険視され、その存在は、悪そのもののように扱われていました」
やっぱりと、気を落とす二人。
「ですが、これを見てください」
二人の間に書物を置き、ローズの人物画を見せる。
「彼女の名は、ローズ・マディソン・レデイート。レディート国、初代国王である、ユリウス・レディート様のお妃になられたお方です」
「え、マディソンって、アルバートのお母様の?」
「はい」
「確かに、マディソンは僕のママの姓だ。親族であったとして、アレンのことと、何の関係が……?」
「人操の才を持った者は、破滅の運命を辿ると言われています。ですが、ユリウス様は、ローズ様がおられたことで、それを遠のかせることが出来たと言われているのです」
(仮に、これが思い込みのような幻であったとしても、そこにアレン様が幸せに生きいられる、僅かでも光があるのなら、私はアレン様のために何としても掴みたい)
「知りたいです。私はそれが何なのか知りたい。その先に、何が待っていたとしても」
エルダの意思は揺るがない。今の彼女は、心優しき女性だけなどではないのだ。
椅子から立ち上がるアルバート。
「分かった。会いに行こう。僕のママに」
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