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清々しいほどの青空が広がり、太陽が光を散りばめられたその日、レディート国は、国をあげて、その美しき王女を迎え入れた。

「お久しぶりにお目にかかります。ヒーデル王」

 アンジェリーナの華麗なお辞儀に、王座に座るヒーデルは頷く。

「久しぶりだな、アンジェリーナ。今日はよく来てくれた」

 艶やかな栗色の髪が肩から背中に流れる。お腹の位置で両手を組見ながら、アンジェリーナは顔を上げた。

「町の皆さんからも温かい歓迎を受け、大変嬉しく思います。それと、父から『よろしく頼む』と」

「ふんっ……筋トレ野郎は、相変わらずの親バカか?」

 ヒーデルの言葉、にアンジェリーナは、片手を口元に当て、くすくすと笑う。

「ええ、それはもう」

 古くから親交のある両国では、このような会話は日常的。ヒーデルもアスランも、同世代であり、王座を継承したのも。また同時期。今でこそ、ヒーデルは戦場に姿を現さないが、かつて戦地でもその名を轟かせ、常にアスランの良き友で、戦友でもあったのだ。そんな二人の活躍で、スワンとレディートは今も尚、良好な関係を保ち続け、レディートにもこの穏やかさがあり、スワンにも、あの賑わいがあるのだろう。

「……アレンは、お元気で? 噂では、騎士団長に就任されたとか」

 ヒーデルはその名を聞くと、徐に立ち上がり、窓際へ歩み寄る。

 話したくないのか。

 そう思いつつも、アンジェリーナはその隣に立つ。

 窓の外には、綺麗に手入れが施された、この国、自慢の庭園が広がっている。

 ここに来る時も、多くの花々を見てきた。他者と比べるという行為をしている人間など、愚かに見えてしまうほどに、どの花も美しく、自身を誇っていた。

 ヒーデルの視線の先を追うと、そこには、黄金色に輝く髪をした青年がいた。女に引けを取らないほどの美しさは、より一層増し、あの頃よりも、背も伸び、体の線の細さはそのままだったが、体格も大きくなり、もう立派な大人だった。

 アレンの元にチェリー色の髪をした少女が駆け寄る。胸には、花束のような物を抱いている。

 あんな可愛らしそうな子を前にしても、アレンは表情を変えない。

(むしろ、怪訝な顔をしている?)

 仮面を被っているのかというくらい、板についてしまった冷酷そうな無表情に、数年ぶりに見る彼も、その見た目以外、何一つ変わっていない。そう思ったが。

 アンジェリーナのアメジスト色の瞳が見開かれる。

 距離が離れている。見間違いもある。

 だが。

 少女が笑い、何か嬉しそうに何かを話すと、アレンは見たこともないくらいに優しく微笑みながら、少女を見つめていたのだ。

 あんなアレン。見たことない。

 あのアレンが、こうも長い時間。女と一緒にいるだろうか。しかも、少女がなすこと全てに、反応してるように見えた。

「おじ様、彼女は……一体……」

 聞かずにはいられなかった。

「詳しいことは知らないが、アルバートが推薦した、フローリストらしい」

「フローリスト……?」

 そんな使用人の彼女が、どうしてあのアレンと仲睦まじそうに笑い合っているのか。

 風が吹いたのか、髪を抑える少女の髪に、木の葉が絡んだようだった。アレンは少女の髪に手を伸ばすと、葉を取る。そのまま手を下に下ろすのかと思ったが、アレンは少女の頭を優しく撫でたのだ。

 あんなのは、まるで恋人同士だ。そう思い、ハッとした。

「おじ様、アレンは……」

 ヒーデルは目を細め、じっと二人を見ていた。

 おそらく、自分と同じ考えなのだろう。


 騎士団長になって早一年。この仕事も、やっと手についてきたところだった。人を殺め人を救うことに剣を振ることに迷いはなかった。それが、国を守るために存在する騎士である自分の務めだからだ。

 だが最近、人の命を奪うことに躊躇いを感じることがある。剣を振り上げた時、浮かぶのは、彼女の顔だった。なんの汚れもない無垢な彼女。

 自分の姿を見つけるなり、嬉しそうにこちらに駆け寄ってきた彼女の顔を何度も思い出す。肩で息をして、呼吸をするのが辛そうなのに、懸命に何かを伝えようとする姿に、胸を締め付けられるような感覚があった

 よく知っている、苦しみの締め付けられるわけではなく。

 走らせていたペンを止める。

「……」

(……まさか、な……)

 廊下から足音が聞こえ、自分の部屋の前で止まった。

(もうか……)

 ドアがノックされ、キースが部屋に入る。

「団長、お時間です」

「ああ」

 書類とペンを片し、執務室を出ると、キースと共に来客用の部屋に向かう。

 部屋に着きドアをノックすると、中から華やかな声がした。気が進まない中、ドアノブを回す。

「失礼いたします」

 優美な香りをさせ、真っ赤なドレスを着た女がゆっくりとこちらに振り向く。アレンとキースは地面に片膝をつき、頭を垂れる。

「本日から二週間、アンジェリーナ様の警護をさせていただきます。騎士団長のアレン・フランシス・ルーズベルトです」

「同じく、副団長のキース・マクレイガーです」

 顔を上げると、口元に薄っすらと笑みを浮かべたアンジェリーナと目が合う。

 元の素材を立たせる繊細な化粧は、彼女の外見の美しさを確固たるものにしていた。

 真っ赤なドレスはスワン国を象徴するだけではなく、彼女のうちに秘めた情熱さを表しいる。

 そして極め付けは、その生まれながらに持った自分の魅力を熟知しているというところだ。でなければ、あの自信のある笑みを浮かべられない。言うまでもなく、斜め後ろにいるキースは、彼女に見惚れていた。

 咳払いをするアレンに、たるんでいたキースの顔が引き締まり、背筋が伸ばされる。

「これから、我々二人が交互に、アンジェリーナ様の側近となりお守りさせていただきます」

「ありがとう。レディートは同盟国。我が父、アスラン同様、私も強い信頼と尊敬があります。その上でのお心遣い、大変感謝いたします」

 嫌味一つない言葉と笑みで、そう言ったアンジェリーナ。その節度ある振る舞いは、さすが一国の王女と言うもの。自由奔放なところがあろうとも、彼女にも、王の娘という誇りとプライドがある。

 隣には、素朴な中年の侍女が立っている。名はエミリーと言い、幼い頃からアンジェリーナの侍女をしている人物だ。アレンが知っている限り、エミリーはあまり口数が多い方ではない。目が合った今も、特に何も言わず、会釈するのみだ。

「久しぶりね、アレン。本当に騎士団長になったのね」

 落ち着いていたアンジェリーナの声色が明るくなる。アレンは流暢に一礼する。

「アンジェリーナ様にご存じいただけていたとは、大変光栄に存じます」

 当たり障りのない返答をし、すぐに話を戻そうとするも、そうさせてくれないのがスワンの王女というものだ。

「そちらの騎士さんは、初めてお目にかかりますね」

 アンジェリーナはキースに目を向けると微笑む。

 キースは反るほどの勢いで背筋を伸ばすと、アレンの隣に並ぶ。こちらに来る姿は鉄で出来たロボットのようだ。

 馬鹿かと思い、アレンは二人にバレない程度にため息をつく。

「はっ! 私も光栄に存じます!」

 もっと言えることがあるだろうと、部下のアホさに頭を抱える。アンジェリーナは「ふふっ」と楽しそうに笑っていた。おおかた、可愛いとでも思われているのだろう。

「その若さで副団長を任せられるなんて、剣の腕は確かなのですね」

「それは私が保証いたします。キースは唯一、私の相手になる騎士です」

「アレン騎士団長が言うなら、間違いありませんね。剣の天才と謳われているあなたが相手になると言うのですから」

「きょ、恐縮です……」

 褒められたことが嬉しいのか、キースは少し照れくさそうな顔をしてそう言った。

 一通り、この王宮内の説明を終え、部屋を出ようとすると、アンジェリーナに呼び止められる。

「少しお話し出来るかしら? 出来れば、二人で」

「……」

「言い方を変えますね。警備のことで、ご相談しておきたいことがありまして」

「……分りました」

 なくなく承諾すると、キースに先に戻るように伝え、エミリーはアンジェリーナの指示で中にある小部屋に消えていった。

「どのようなご相談でしょうか」

 アレンの物言いに、おかしそうに笑みを漏らすアンジェリーナ。

「そんなかしこまらないでよ。今は二人なんだし、気楽に話しましょ?」

「ご相談とは?」

 頑なに態度を崩さないアレンに、アンジェリーナの表情が変わる。

「……これでもあなたの許嫁だったのよ」

 寂しげに吐かれた言葉に、アレンは一切、顔色を変えない。

 何も言わないアレンに怒りを感じたのか、アンジェリーナの釣り上がった瞳が、更にきつくなる。

「随分と冷たいのね。昼間のお嬢さんとは、仲良さげだったのに」

 アンジェリーナがそう言うと、アレンは氷のように冷めた目でアンジェリーナを見下ろす。

「ベーベルとの婚姻を受け入れてくれたことには感謝する。だが、それはお前に関係のないことだ。用がないなら俺はもう行く」

 足早にドアに向かって歩き出すアレン。

「待って」

 アンジェリーナは遠ざかっていくその背中を呼び止めた。

 アレンは足を止める。

「ねえ……彼女のこと、愛しているの……?」

「……」

 アンジェリーナのその問いに、少しの沈黙の後、アレンはおかしそうに口の端を上げた。

「俺が? ありえない」

 吐き捨てるようにそう言ったアレン。

「だけど」

「俺はアレン・フランシス・ルーズベルトだ。それ以下でも以上でもない。……分かったら、お前もそのように接しろ」

 淡々とそう言い、足早に部屋を出るアレン。残されたアンジェリーナは、ソファーの上で呟いた。

「もしそうなら、あなたは必ず苦しむことになるわ」

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