4.マダム・クラヴィス

 ベック・ランの自宅を訪ねようかと思ったが、雇いたての相棒は難色を示した。

「家族のこともある。他の奴に様子を見てもらうから、少し待ってくれるか?」

「わかった。場所だけ確認してもいいかな」

それならと応じてくれた彼は、『パラダイス・フィッシュ』が入っている建物の最上階に案内してくれた。今さら気付いたことだが、この町は段々になっている階層ごとに番号が付けられ、最も港に近い一番街から数えて、病院が有るエリアの最上階が十番街となっていた。今の位置がちょうど中ほどの五番街。建物の高低差で多少のがたつきはあるものの、四番街の多くの建物の屋根が見下ろせた。場所によっては下層の屋根に向かって飛び降りることもできそうだ。……やりたくはないが。

「あそこがおちびちゃんの家」

横に並んで指し示したソレルは、もう女の恰好はしていなかった。彼は用心棒の報酬を一夜の宿と身の回りの世話として受け取っているそうで、昨夜と同じらしいシャツとジーンズからは女性が好みそうな花の香りがした。

「見えるか? 尖った屋根の隣の、煙突が付いてるところだ」

「窓辺にパラボラアンテナと、ベゴニアの植木鉢がある家かな」

ニムが目を細めて言うと、彼はちょっと驚いたようだった。

「目玉に望遠レンズでも付いてんの?」

「そう言われたことは何度かあるね。サバンナの遊牧民並とも」

唯一誇れる身体能力だが、さすがに夜目が効くわけではないし、狩猟民族ほど優れた五感は無い。今は外灯の光でどうにか見えるが、月も見えない真っ暗闇ではお手上げだ。

「四番街はどういう区域なんだい?」

「中間層の住宅街。一応、三から七ぐらいまではそんな具合だ」

非常に分かりやすい回答に頷いた。さすがに路面や人の流れは見えないが、橙色が灯った窓や聴こえてくる炊事の音は物静かで、屋上の屋根では猫があくびをしていた。

長閑な町の営みを眺め続けるのも悪くなかったが、こんなところで首を伸ばしていて、覗きか何かだと見咎められては面倒だ。早々に切り上げ、屈強だが仕草が可愛い主人と、綺麗な女たちに見送られて店を出た。

ホテルに帰る道すがら、ベックのことを訊ねた。

どうやら、ソレルは言葉以上に親しい間柄だったらしく、彼が嘘を吐いた可能性に少々苛立っているようだった。

「髪は焦げ茶のチリチリ頭で、目も焦げ茶。はっきりした目鼻立の十五歳。俺の半分もないちびっ子だが、頭が良くて、飛び級して高等教育を受けてたよ」

「将来有望なんだな」

ブレンド社にコンタクトを取ったのは、ペトラが言っていた通りの調査目的で間違いなさそうだ。あの調査会社は子供だからと聞き流したりはしないが、侮られると思って大人を装ったのだろうか?

「この町では『子供』は随分大事にされているんだね」

「……まあ、そうだな。余所では違うの?」

「僕は身近に子供が居ないから正確には言えないが……表向きの倫理に対して、おざなりになっていることは多いと思う」

おおよそ、どの国でも子は宝と称されている。しかし、それが守られているかは疑問視せざるを得ない。子の誕生を喜ぶ理由が労働力である国も未だにあるし、生まれるまで至極大切にしてきた我が子をどうしたわけか虐待死させる国もある。こればかりは価値観の違いと言われても承服し難く、大人の毒牙になぶられた親友を思えば尚許しがたい。

「相変わらず、立派な建物だ」

いつの間にか立っていたホテルの前でソレルはぽつりと呟くと、こちらに振り向いた。

「フロントに誰が居るか見える?」

「え? ええと……」

ガラスに目を凝らすと、初日に手続きをしてくれた女性だ。名前は覚えていないが、容姿を説明すると彼は頷いた。

「丁度いい」

フロントに顔を出すと、彼女はソレルを見て怪訝な顔をした。彼は何も言わずにそっぽを向いていたが、ニムが彼の宿泊手続きを取ろうとすると、彼女は微かに動揺を表わした。

「あ、あの……失礼ですが、そちらのお客様はクランツ様ですよね……?」

「え、はい」

ソレルが無視しているので頷くと、彼はカウンターに寄りかかり、受付嬢を見て気怠そうに言った。

「ジェニー、久しぶり。相変わらず綺麗だね。マダムは居る?」

「……オ、オフィスにいらっしゃると思いますが……」

慌てた様子で周囲を見渡す女性に、彼は例の美しい琥珀を近づけて囁いた。

「直接話すよ。オフィスに行っていい?」

「そ、それは……」

言い淀む彼女の顔は耳まで真っ赤だ。彼が身を乗り出して次の武器を披露する前に、奥からつかつかと歩いて来た人物が居た。如何にも仕事ができそうなスーツと、深紅のソールをしたピンヒールを履いた女性は、両の手を組み、妙齢の顔を険しくしている。その整えられたブロンドの耳元では、夜空を閉じ込めたような丸い石が揺れていた。

「困りますわね、ソレル坊ちゃん。仕事中のスタッフを口説かれては」

「オ、オーナー……申し訳ございません」

すかさず頭を垂れる受付嬢に対し、顔の良い闖入者は悪びれぬ笑顔で片手を振った。

「いいのよ、ジェニー。仕事に戻って。お二人はこちらにどうぞ」

咎めるようにソレルを振り返ったが、彼は肩をすくめて苦笑いだ。一方、オーナーと呼ばれたマダムは知り合いの麗人並のプレッシャーを放ち、とても断れる空気ではない。仕方なく付いていくと、こじんまりと静かな執務室に案内された。大きなデスクと、ゆったりした黒革張りのソファー席が向かい合わせにしつえられ、塵一つ無さそうだ。彼女はこちらにソファーを勧めたが、自身は腕を組んだまま机の前に立った。ソレルが堂々とソファーの中央に座るので、ニムは溜息混じりに向かいに座った。

「耳が早いね、マダム・クラヴィス」

「御自分の顔が目立つのを自覚なさったらいかが?」

どこかで聞いた名の夫人はぴしゃりと言うと、デスクの上から名刺を取り上げてニムの方に丁寧に差し出した。

「ミスター・ハーバー……突然、狭いオフィスにお連れして申し訳ありません。当ホテルでオーナーを務めております、マルガリータ・クラヴィスと申します」

「僕の名をご存じだったんですか」

あの宝飾店の名を冠したオーナーは、深紅のヒールにぴったりの赤いルージュをビジネスライクに笑ませた。

「長期滞在して下さるお客様ですもの。当然ですわ」

「光栄ですが……彼とお知り合いなので?」

「ええ、正確には彼のお父様とは旧い友人です」

まつ毛の一本一本までケアしていそうな青い目でじろりと睨まれて尚、当の青年はソファーにもたれたままでニヤニヤしている。

「ソレル坊ちゃんは、この町の病院理事のご子息です。二年ほど前までは、お父様の元で真面目にお勤めになっていらしたのに、今はこの有様。一体何を考えていらっしゃるのか、家にも帰らずに『その他』の人間の間をフラフラとなさっているんです」

「ひどいなあ、マダム。人を放蕩息子みたいに言うなんて」

聞いた限りでは放蕩息子そのものだが、やはり、彼は自ら『その他』に身を置いているらしい。呆れ顔のオーナーは溜息を吐いて、首を振った。

「お母様のことをお忘れではないでしょう?」

わずかに憂いを含んだ声に、琥珀色が鋭く細められた。不敬な客に向けた視線よりも厳しいそれに、さすがの女社長も怯んだように目を逸らす。

「マダム、その話はやめてくれる? 今回の件とは関係ないだろ?」

「……では、当方のお客様をたぶらかすなんて、どういうつもりです?」

「心外だな。俺を雇いたいって言ったのは“お客様”の方だよ」

雇った相手に顎をしゃくられたものの、ニムは大人しく頷いた。

「彼の話は本当です。僕が取材の為に雇いました」

「取材と申しますと?」

「僕は作家です。『その他』を設けるこの自治区の珍しいシステムに興味が有りまして、彼をその一人とみて声を掛けたんです。『その他』の人々は、目につく場所に居なかったもので」

「そうでしたか……ソレル坊ちゃんは、『その他』ではありません。本来なら、プレートを変えるのも違法ですし、渡した『その他』は罰せられるべきです。……坊ちゃんが犯人を自白なさるなら、すぐに私が手配致しますわ」

「そんな言い方じゃあ話す気にならないね。せめてジェニーぐらい、可愛く恥じらってくれないと」

いけしゃあしゃあと言う放蕩息子に、女社長の形相が恥じらうどころか険悪さを増したのは言うまでもない。

「坊ちゃん……少なくとも、そのプレートをどうにかしなくては、私の城には泊められなくてよ。お父様に迎えに来て頂くわ」

「無駄だね。親父は俺に帰って来られる方が困るんだから」

「……とにかく、坊ちゃんが『その他』でいらっしゃるなら、お金を積まれてもお断り。うちは町一番の格式なんですから――」

黙っていたらつらつらと続きそうな文句を前に、ニムは女社長を遠慮がちに見上げた。

「あのう、マダム……? 僕が彼を『雇った』場合、彼は『その他』ではなくなるのでしょうか?」

女社長と放蕩息子が、殆ど同時に目を瞬かせた。

「ミスター・ハーバー……それは……――可能ですが……しかし――」

「可能ですか! 良かった! これで解決ですね。実を申しますと、もうお腹が減り過ぎて眩暈がしそうなんです――レストランはまだ空いていますよね? ああ、マダムはもう召し上がられましたか? 宜しければご一緒に――……あ、でも……貴女のような貴婦人にこういう誘い方は失礼ですね。いや、すみません、僕は気が利かないと、知り合いによく𠮟られるんです――」

ひと息にまくし立てた客に、女社長は口を挟もうと唇を喘がせたが、作家は尚も続けた。

「その知り合いが地獄の使者かと思う程、おっそろしくて厳しいというのもあるんですがねえ……マダムぐらい、話を聞いてくれれば有難いのですが、まあ気に入らないと、猛禽類みたいな目で睨んで一言の弁解も聞いてくれないんです。そりゃあ僕が悪い時もあるのでしょうけど、それにしたって程度が有りますよね。勝手に上がり込んでコーヒーを淹れろだの、肩を揉めだの指示するのに、旅の際に植物の水やりを頼むと鬼軍曹みたいな顔をするんです。なんだか理不尽じゃあないですか。幾ら僕が誕生日に選んだものが独特のセンスだからって――――」

最終的にマダムは赤いルージュを引き結んで目を閉じた。客の口上がいつかの恥ずかしい失敗談に滑り込む前に、彼女は片手で遮った。

「わ、わかりました、ミスター・ハーバー。……そもそも、坊ちゃんの不始末は貴方様には関与の無いことです。私のスタッフに手出ししなければ、出入りしても構いませんわ」

彼女は反省を促す教師のような目でソレルを見たが、当人は不良生徒さながらに両肩を軽く持ち上げただけだった。

「ありがとうございます。勿論、彼の分は僕がきちんとお支払いしますので」

当然だと言わんばかりに女社長は頷くと、両者を品定めするように見た。

「お部屋はどうなさるの? もう一つ用意致しますか」

「いえ、同室で結構。ベッドは余分に有りますし、彼を野放しにするのは危険のようですから」

「その通りですわ、ミスター。……でも、こういう男と同室なのは誤解を招きますから、用心なさって――」

尤もな忠告を受ける最中、静かなオフィスに牛が鳴くような音が響いた。ソレルが琥珀の両眼を丸くしてから吹き出し、胃袋に牛を飼っているらしい男は頭を掻いた。

マダム・クラヴィスの口から、正真正銘の呆れた溜息がこぼれた。

「……もう、結構です。どうぞレストランにいってらして」




「あれは傑作だった」

腹に住んでいる牛が静かになった後。

部屋に戻る廊下でソレルは愉快そうに言った。『坊ちゃん』と呼ばれた彼は、その名に相応しいテーブルマナーを披露してくれたが、一歩レストランを出ると、その舌の根はチンピラに早変わりだ。

「実は喜劇作家?」

「エンターテイメント作は嫌いじゃないが、僕は書かないよ」

誰の所為で、女性の前で赤っ恥を掻く羽目になったと思うんだ?

これでも純文学作家だ。悪くない成績で大学を出て、しばらく縁ある調査会社で仕事をしていたが、作品を応募すること数回――まあまあの速度で作家デビューしたのが四年前。そりゃあ、名だたる歴代作家には及ばないが、今ではコンテストの審査もするぐらいのレベルに――……そう思いながら部屋に戻ると、電話がうるさく喚いていた。てっきり、報告を絶っていることでペトラがおかんむりかと思ったが、発信者を見て、純文学作家は冷や汗が垂れた。しまった。これはまずい。

せっかく食べたディナーを吐き戻しそうになりながら応答するや、響いてきたのは唾の飛沫が見えそうな金切り声だった。

〈ああっ! やっと出たわ! 先生! 一体どちらにいらっしゃるんです!〉

「や、やあ……ジンジャー。えーと、大丈夫、何も心配要らない」

〈何もですって? では当然、送って下さるんですよね? 明日が締切のコラムは!〉

読み切りなら知らぬ存ぜぬで乗り切れようが、連載をとぼけるのは無理だった。

「も、もちろん……」

声が幾らか萎んだのは気のせいだ。まくし立てるなら圧倒的に格上の女性編集者は、オフィスではどれだけ爆音で喋っているのやら、その場に居る様な声を張り上げた。

〈先生、わかっております。わかっておりますとも。王室御用達の調査会社の仕事だということは。ええ、それによって先生の作品に深みとリアリティが生まれるのもよく存じておりますとも! ええ、だからといって、我が社が読者を裏切れないのは御存じですよね?〉

「……も、もちろんだよ……」

〈そうですよね、では書いているんですね? 有難い――あの、先生、わかってらっしゃると思いますがね、そう、前回みたいな――……『ジュエリーとカメムシの関係』なんて、絶対にやめて下さいよ? やめて下さいね?〉

はて、彼女が浮気した男を刺そうとする女みたいな恐慌状態なのは、コラムと共に載せられた熱帯のド派手なアカスジキンカメムシやナナホシキンカメムシのせいだろうか。あれは『歩く宝石』と呼ばれているぐらい、美しい虫なのだが。

「わかってるよ。女性誌の読者にウケる内容なら良いんだろ?」

だったら他の作家に頼めばいいだろうに――以前うっかり口にして、雪崩のように反論が返って来た言葉を呑み込んでいると、編集者は水の中で餌をバクバク食べる鯉みたいな勢いで喋った。

〈そうですとも! ご理解頂けて何よりです。なるべく早く頼みますよ? ええ、早いに越したことは何もありません! スピードに勝るものはないのです――先生、大丈夫ですね? 断じて間に合わせて下さいね? 遅れるなんて――ああ、口にするのも嫌です!〉

「わかった! わかったから!」

小一時間は念を押し続けそうな相手に怒鳴って電話を切ると、間近で琥珀色が笑っていた。

「作家ってのは、忙しいんだな」

「人によるが、締め切りを恐れないのはAIか権力者だけだよ」

せっかくのディナーは、脳で改めて食われるようだ。君は静かにしているように、と幼子に対するように告げ、端末をテーブルに運んでくる。さて、何を書こう。なるべく良いものを世に送り出したいとは思うが、既に誤魔化すことを思索している頭から良いものなんぞ出る筈もない。呑気な放蕩息子は冷蔵庫から備え付けのワインを引っ張り出すと、ちゃんとグラスを二つ持ってきて向かいに腰掛けた。

「女性向けコラムにカメムシって……あんたジャングルの奥地出身じゃないよな?」

剣幕が聴こえたらしい。作家は恥ずかしくなって頭を掻いた。

「派手な動植物が好きなのは否定しないが……まあ、違うだろうね」

「『だろうね』って、自分のことだろ?」

本日何杯目かわからないグラスを空ける男に、ニムは首を振った。

「僕は出自の一切が不明なんだ。親の顔も、何処の国で生まれたのかも知らない」

両親に文句が有るとすれば、赤ん坊を保護施設や病院ではなく、ブレンド社の入り口に置いたことである。彼らはヤクザ者に比べれば寛大な対応をしてくれたと思うが、おかげさまで、苗字はおくるみのタオルメーカーから付けられ、名前は『ニックネーム』をもじられた。……ちなみに、『ニック』にならなかったのは、既に社内に居た為だ。更に困ったことに、世界的な調査会社であるブレンド社が調べても、出自は不明のままだった。両親の痕跡や、置いていった人物の目撃情報は皆無であり、出生記録、捜索願も見当たらない。白人系にしてベージュの髪と緑色の目はある程度の人種に絞られるが、どう考えても異なる人種を除外できる以上の手掛かりにはならなかった。強いて言えば、異常な視力がある点が怪しいのだが、こちらはこちらで、怪しすぎる故か、情報は見当たらない。

ブレンド社としては社の威信に関わる正体不明の子供を放任するわけにはいかず、調査と養育をし、現在はその費用の補填を含めた利用をしているが――……たいそう金をかけて教育してくれたことには感謝している。

無論、先々のことを考えた上での話だろうけれど。

「そうなのか……悪いことを聞いた。すまない」

素直に詫びる男に、作家は端末画面とにらめっこしたまま、かぶりを振った。

「気にしないでくれ。正直、此処まで不明だと、本物の自由を得ている気がする」

本心を言ったつもりだが、彼は幾らか呆れ顔で微笑んだ。

「いいね。需要の有る自由は悪くない」

「全くだ。できれば表現の自由も認められると良いんだが。うーん、それにしても弱った……いっそ、君のことでも書きたいぐらいだ」

「俺? なんで?」

「マダムが言う通りの無自覚なのかい? 僕の下らない雑談より、君の写真とプロフィールに好みのタイプを加えて載せた方が支持されるよ」

以前、試そうとして親友に断られた提案に、ハンサムな青年は個人情報の代わりに素晴らしい名案を叩き出した。

「先生、この町のパステル・デ・ナタはもう食べた? “あの”マダムも好きだよ」




 「一体どうなってるの、ダグラス?」

マルガリータ・クラヴィスは目的の人物が電話に出るや、虚空を睨み据えた。

「貴方が育児放棄するのは勝手だけれど、周囲に迷惑を掛けるのはどうかと思うわ」

既にクレームと息子の証拠写真は送ってある。きちんと読んだのかわからない男は、電話越しに機械的に答えた。

〈悪いが、息子に関して動くつもりは無い〉

「呆れた。エルバが聞いたら失望するわ。……いいこと、ダグラス。ソレルは旅の作家に取り入った。あれは只の作家じゃない。堂々と『その他』に興味が有ると言ったのよ。遅かれ早かれ、病院を探る」

〈マルガ、作家一人に何を慌てているんだ。そいつは世論で我々を取り締まろうとでもいうのか?〉

「ジョークを言っている場合? 貴方は自分の息子がどれほど厄介かわかっている筈よ? 金にしか興味がない『果樹園フルーツ・パーク』は役に立たない。例の『子供』も行方知れずでしょう? ソレルを閉じ込めるなりしなくては、まずいことになるんじゃないの?」

〈例の『子供』がこの町を出た記録はない。いずれ見つかる。作家の事はオーガストにも話しておこう。それで十分だ〉

「フン、ソレルの呑気は貴方の遺伝のようね。いいわ、好きにすれば。でもね……ダグラス――ペンを侮らない事よ。奴らは何もないところに火を起こして焼き尽くせるんだから」

そこまで言うと、女社長は電話をぷつりと切った。

しばらく一人きりでオフィスのドアを見つめていたが、改めて電話を取った。

「――私よ。話が有るの……オフィスに来て」

机を指先で叩きながら言った女の耳元で、夜を思わす青が揺れた。

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