第二話


「質問の答えになってませんけど」


名乗ったあと、なぜだか得意げにしている陽土に、陰都は多少の苛立ちを覚えた。

聞きたいのは名前ではない。


「ああ、俺が君たちの話を聞いてたはずがないってやつ?」


「はい」


「さっき言わなかったっけ?俺は君たちが来る前からここにいたって」


「そんなのおかしいです。あのとき、周りには誰もいませんでした」


「それがいたんだよね。ほら」


そう言うと陽土は一枚の小さな紙を取り出し、目線の高さに上げてひらひらと揺らしてみせた。


「……なんですか、それ?」


「いわゆる、式神ってやつ。知らない?」


言われてよく見ると、ひらひらと揺れるそれは、人のような形をしている。

映画や漫画なんかで見たことのある形そのままだ。


「いや、それは知ってますけど。式神って陰陽師が使うやつですよね、映画とかで」


「そうそう。じゃあ、どういう風に使うのかもわかるだろ?」


「どういう風にって、なんか呼び出したり、戦ったりとか」


「あとは?」


「あとはって、これって物語の中での話ですよね?それとさっきの話と、なんの関係があるんですか」


「―――式神には、いろんな使役の仕方があってね。俺の眼や耳なんかの代わりにもなるんだよ」


この男はさっきから何を言っている?

式神だのなんだのと、わけのわからないことを言って煙に巻くつもりなのか。


時計をみると、午後11時になろうというところだ。

これ以上無駄な時間は過ごしたくない。


「すみませんが、私そういうのは信じていないので。もう帰りますね」


「これでも?」


陽土は、式神だという紙を両手のひらで挟み、ぱっと手を離した。


当然、手を離れた紙はひらひらと落ちて――――いかなかった。

そればかりか、みるみるうちに姿形を変えていき、一羽の小さな蝶になったのだ。


(なに、今の……)


陰都は、自分の目の前で起きた現象に戸惑いを隠せないでいた。


「少しは信用する気になった?」


陽土がフッと息を吹きかけると、まるで煙のように蝶は消えた。


「ちょ、ちょっと待ってください。あなたは、陰陽師―――、なんですか?」


「いや違うけど」


「そおっ、……へ?」


「いやだから、俺は陰陽師じゃないけど」


「えっ、今の話の流れ的に、そういうことじゃないんですか?」


完全に『そうなんですか!』の口になっていた陰都の頭と口先は混乱した。

今までの話は、自分が陰陽師であるということの布石ではなかったのか。


「陰陽師しか式神を使役したらいけないなんて決まり、ないだろ?」


「そこらへんは詳しくないのでわかりませんが……。じゃあ結局、あなたはなんなんですか?」


「物の怪を討つ人――、討人うつびと、とでも言っておこうか」


「それって、陰陽師とは違うんですか?」


「そうだな。例えば俺には、呪詛じゅそをかけられた人間を助けられる力はない」


呪詛、いわゆる”呪い”だ。

陰都は昔観た映画で、陰陽師が呪われた人を救うシーンがあったことを思い出した。


「なるほど……。攻撃特化、みたいな感じですか」


「なにそのゲーム的な言い方。まあでも便宜上、陰陽師だと言うことはあるけど」


(ならさっきも、そう言っといてくれれば良かったのに)


喉元まで出た言葉を陰都はぐっと飲み込んだ。

この質問をする方が先だ。


「あなたは、式神を通して私たちのことを見聞きしていたってことですか」


「そういうこと。で、君の友達には物の怪が憑いている、と」


「………本当に、視えたんですね?」


「ああ。見えないものを信じろっていうのは難しいと思うけど、あの子を助けたいのなら、俺を信じろ」


信じろと言った陽土の表情は真剣で、その目は真っ直ぐに陰都を見据えていた。


「………わかりました。信じます」


「よし。じゃあ今日はもう遅いからまた後日、これからの話をしよう」


「これからって、除霊みたいなことをするんですか?」


「最終的にはそうだけど、その前に少し調べたいこともある。君にも手伝ってもらいたい」


「えっ、私ですか?」


「あの子のことは、俺より君の方がよく知ってるだろ?それに———」







(なんか今日はすごい一日だったな……)


あのあと、陽土の言葉を待ってはいたものの、結局は『今はまだ言うことじゃない』と、それ以上は話してもらえなかった。


とりあえずは連絡先と、明日、近くのカフェで今後のことについて話す、ということだけは決めてきた。


陽土からは可能であれば瞳の様子をみておくことと、瞳の”彼”とはどんな人物なのかを聞き出してくるように、と言われていた。


(そうは言ってもなー、そんな突っ込んだ話するほど仲が良いってわけでもないしなー)


瞳は元々は友人の後輩で、たまにランチをしたり、学内で会えば会話もするが、だからといって友達というわけでもない。


陽土の望む情報を手に入れられるかは、正直わからなかった。


(物の怪か。要は悪霊みたいなのが憑いてるってことだよね)


実際のところ、式神が蝶に変化したときは驚きとともに恐怖――否、畏怖というべきか――を感じていた。


目の当たりにしたあの光景は、神秘的であり、そして……不気味だった。


それに比べたら、いくら物の怪が憑いていると言われても、見えないぶん特に怖いというほどの感情は出てこない。


陰都の中に危機感はなく、どちらかといえば陽土の言った『物の怪の退治』の方に興味があった。


(どんな風に退治するのかな)


陰都は不謹慎だと思いながらも、やがて訪れる未知なる体験に心躍らせていた。








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