第25話 人は自然の猛威には敵わない

 時は少し戻り。

 グラスが逆臣ローレアを討ちタチアオイを出立、王都へ向かっている頃。


 西のヤマツミーナにいたユラ率いる羊蹄山の戦士に加えた兵士たち、

 東のヤッサイに潜んでいたトール率いる兵士たち、

 合わせて一万五千の兵が中央ウグイノスを強襲。

 トールが自身の二つ名を体現し、狂乱に陥った帝国兵を次々と撃破。


 奪還に成功したことで、カカツミにいる帝王が補給路を失い孤立。

 地下牢に捕らえられていた、

 両手首が揃った第一王子サンテと軍神の末裔メリアを救出した後。

 サンテとメリアたっての希望で、防衛を任せる。

 そして、グラスが花火を打ち上げ、王都を発つ頃に、

 トールとユラら戦士が一万の兵を率いてカカツミへ進軍。

 南門前に布陣した。


 また、同じ頃。

 第一王子サンテの印が施された剣を預かるフェリスが、

 フルール王国兵、負傷兵合わせて約五千を指揮してカカツミへ進軍を始めた。

 途中、先行していたグラスの養父スレダ辺境伯が合流。

 兵と剣の返還を受け、フェリスから指揮を預かり西門前に布陣した。


 そして――。

 トールらが布陣するのと同じ頃、グラス率いる二万の兵が北門に布陣。


 フルール王国。総数三万五千に対し、カカツミ城にこもる帝国兵は約三万。

 僅かに兵数を上回るフルール王国だが、攻城戦を行うにはまるで足りない。

 帝国の補給を断っているとはいえ、カカツミの城は補給地だった。

 そのため、少なくとも半年分の兵糧が備蓄されている。

 そして、メリアらが守るウグイノスは帝国領に接している。


 要は――。

 フルール王国は、メリアらが耐えている間に何としてもカカツミを落とし帝王を捕らえたい。

 帝国は、自国からの援軍がウグイノスを落とすまで耐えればいい。


 双方、決死の攻防を繰り広げ、二日が経つ頃。

 グラスは嫌な予感を覚えていた。


(雨のにおいがする)


 ただの雨じゃない。強く打ち付ける様な激しい雨が降る時のにおいだ。

 それに――。生ぬるい空気の中に、ひんやりとした風が紛れ込んでいる。

 グラスはこのニオイや空気に身に覚えがある。

 空を見上げると、黒く厚い雲が目に映る。

 昼間だというのに、陽はなく辺り一面が暗い。

 爆発によって身を投げ出された時に見た、地獄のような光景と似ている。


「ちと、まずいかもな――」


「トールの武力。ルクスの知略。グラス兄様の機運の良さをもってしても厳しい状況ですが――。もう時期に内から東門が開かれます。合わせて突撃できるよう、ミタノ連峰に兵も潜ませてあります。ですので、ご安心をグラス兄様。尽くして尽して尽しまくるルクスを褒めて下さい、グラス兄様」


「ああ、ルクスはワレの自慢だ――。なあ、ルクスよ――」


「はい、グラス兄様のルクスです。おざなりな返事に不満を抱いたルクスは、ギリギリまで抱擁を解いてあげません」


 ルクスは宣言通りにグラスの体へ回す手を強く締め、さらには頬をグラスの背中へと擦り寄せてきた。

 だが、頬を磨り寄せる所は、油が塗られた鎧であるから、ルクスの柔肌を荒らす原因となるだろうに――と、グラスは内心で呆れつつも、それでも可愛い妹だと感想を抱いた。


「――いや、そうじゃない。この空を見てルクスはどう思う?」


「……グラス兄様の考えを読み切れず、それに応えられない返答となりますが、強い雨が降りそうだな、としか」


 ルクスが言うなら、やはり強い雨が降るのだろう。

 だが――本当にそれだけか?

 過去を思い出し、不安に駆られるグラス。

 無駄な時間はない。一刻も早く、この城を落とさねばならない。

 迷いそして焦燥。

 判断を誤れば――と、グラスが表情を歪ませていると、戦犯にも等しい判断をくだすための後押しが、ミタノ連峰の方角からグラスの耳へ届いた。


「――撤退だ、ルクス」

「はい、しょうち――撤退、ですか?」


「今すぐ攻撃を止め、兵を後方へ下げるよう鐘を鳴らせ。それと、けして木々には近寄らせるな。なるべく低地へ移動させろ。ミタノ連峰に伏せている兵にもだ」


「グラス兄様、その理由を……承知しました。トールがすでに撤退を開始。ルクスもその命に従います」


 ルクスはグラスと会話しながらトールにも訊ねていた。

 その結果、トールは即時撤退を決めた。これにより、ルクスも不測の事態が差し迫っていることを確信、全軍にグラスの命を知らせる。


 そして――。フルール王国軍が後方へ下がり始めると、生ぬるくも冷たい風が、カカツミ城上空へと昇り始める。

 雲がさらに厚く、黒くなっていく。雨も降り出し、その雨も滝のような雨へと変貌する。

 東西南北。全ての方角から突風が吹き荒れ、理解を超える現象が不安を抱かせる。

 イカヅチが走ると雷鳴が轟き、兵士の不安に拍車を掛けてくる。


 一体何が起きているのだろうか。

 そう思った時――。大きなイカヅチの龍がカカツミ城へ被雷した。

 さらに立て続けに堕ちるイカズチ。

 暴雷の嵐に加え、雨から変化した氷の飛礫つぶてがカカツミ城とその一帯、さらにはフルール王国軍へ襲い掛かったのだ――。


 まさに地獄を画いた様な光景。

 フルール王国軍は恐慌状態に陥りかけたが、それよりも後退を指示したグラスのおかげで、カカツミ城を襲う難から逃れている為、既の所すんでのところで理性を留めることができている。


 だが、カカツミ城にこもる帝国軍は違う。


 落雷が直撃して絶命する者。直撃を免れたが感電した者。

 フルール王国軍が受けた氷の飛礫よりも大きな飛礫を頭に受けた者。

 頭を避けても、体のあちこちに直撃した者。

 落雷や氷の飛礫が建物を破壊し、その崩落に巻き込まれた者。

 自然の猛威が、帝国軍を半壊させた――。


 およそ一時間後。

 カカツミ城上空から暗雲が消え失せ、陽が差し始めたことを見定めたグラスは養父スレダ辺境伯に全体の指揮を預け、ルクスとトール、ユラら羊蹄山の戦士を引き連れ、氷や死体で埋め尽くされた城へ攻め入る。

 抵抗という抵抗もなく――。ただ一人、死に体の傷で立つ人物と対面を果たす。


「第二代目帝王ヴァーミン・アントリューだな?」


「……」


 声に反応して、帝王は虚ろな目をグラスへ向けた。

 そして、グラスの隣に立つトールに気付いた帝王は、大きく笑った。


「カッカッカッ――。余が第二代目帝王ヴァーミン・アントリューよ。して、そういうお前は誰だ?」


 自身に傷を負わせたトールの姿を確認した時点で、帝王にはグラスの正体に気付いていたが、一代で帝国領土を広げた誇りや自尊心から、名乗りを返させたかったのだ。


「グラス・氷海コウミ・イヴェールだ――。うぬを殺し、帝国を滅ぼす英雄の名だ」


「ほおーう、彼の男は卑屈だと聞いていたが――己で英雄と自称するか。佞臣ねいしんなどに任せず、余が直接手を下せばよかったわい。さすれば、王狼を打ち倒す北海の未開拓地イヴェールの王が、イカヅチ操りし神にも近い男へ覚醒する事もなく、容易くエリオントを手に入れることができたであろう――」


「下衆が――。その辺に転がっていないことを願いたいが、その佞臣はどこだ?」


 佞臣オーレア侯爵がタチアオイに隠れ潜んでいると確信していたグラス。

 帝王の次に重要な人物であり、必ず捕らえるべき人物でもある。

 罪も背負わず、勝手に死に、魂を解放されることなど許せない。

 然るべき罪状を言い渡した後に、処す必要があるため、生きて捕らえる必要があるのだ。


「何を可笑しなことを訊く?」と帝王が告げると同時に、口や両手を縛られたブランカ・弓手ユダ・オーレアが、グラスの前に放り転がされた。


「……マリーか――。よく逆臣を捕らえ、己が無実と国への忠誠を証明した」


「グラス様――その機会を下さり、ありがとうございます。これで――ローレア兄様の無念を晴らす事が叶いました」


 ルクスが行使した祝福で、全ての真実や自身が和名に誓ったグラスを窮地に追いやった事実を聞き、さらに訪れるであろう未来の予想を聞いたマリーは哀哭きょうこくした。

 そして、ルクスに覚悟を問われたのちに教えられた王家のみが知る情報。

 カカツミ城の東門付近から、ミタノ連峰を通り東の海へ抜ける脱出路。

 ルクスが知り得た情報であるから、

 王家に近い侯爵家が、逆臣オーレアが、知っていても不思議でない情報。

 帝国が不利になれば必ず使うと考えたルクスの未来予知にも等しい予想を伝えられたマリーは、東門の解放を第一に、そして、現れた逆臣オーレアを捕らえることを第二の目的として、人知れず行方をくらませた。

 そして――。

 東のヤッサイに潜んでいたトールから手勢を借り、脱出路の出口から侵入しており、暴雷の嵐から逃れてきた逆臣オーレアを捕らえ、音が止んでから城へ突入していたのだ――。


「ワレへの恨みも後に聞く。だから今は――」

「ローレア兄様は、自身が憧れていたグラス様の手で介錯されたのでしょう? ――さすれば感謝はあれど、恨みを抱くことなどあり得ません」


「カカカッ――。して、話は済んだか? 済んだなら余から提案がある――。グラス、そしてトールとその妹よ、余の配下となれ。さすれば、余が大陸を統一したあかつきには国の全てをやろう」


 この局面において信じられない提案をする帝王に、グラスが一蹴しようとしたが。


「駄目だぞー? それはなー? 無理な提案だなー?」

「そうよ、トール。あなたもたまには正しい事を言えるのね。ルクスが訂正できない事を言えたのだから立派よ。誇っていいわ。ルクスたち双子の王は、愛するグラス兄様だけだってね」


「我らが王よ――是非、このユラへご命令を」


 トールとルクスに無碍に断られ、今にも帝王を捕らえようとするユラら羊蹄山の戦士たち。

 帝王はその様子へ気にした様子も見せず、グラスへ投げ掛けた。


「カカカ――。この場で、殺してくれたらありがたいな」


「お前とオーレアはワレが断頭台の上で処す。――捕らえよ」


 グラスの命でユラら戦士が捕縛に入り、

 帝王は抵抗もせず「カカカ」と最後まで笑いながら捕縛されたことで、凄惨な状況とは反対に、最後はあっけなく戦の終わりを迎える事となった――――。

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