第24話 向日葵は奇跡の花
声高らかに叫び、派手に現れたグラスだったが、その顔は悲惨色が滲み出ているようにエリオントには見えた。
目の下の窪み。血の気のない蒼白い顔。
綺麗な鎧を纏うことで取り繕ってはいるが、凄惨な戦場をその顔に表している。
生きていた嬉しさ。最後に一目会えた喜び。
その『最後』が、エリオントの心を複雑にさせている。
グラスはエリオントの気持ちを理解しているかのように、一目合わせて「大丈夫」と伝えるかの様に頷き、ゆっくりと歩を進める。
その動きに合わせて、波を割るように臣たちが道を空ける。
エリオントと並ぶフルール王の前で立ち止まったグラス。
「よくぞ戻った、グラスよ――。何か……この絶望を救う案はあるか? 発言を許可する。グラス、申してみよ」
「は――僭越ながら、先ずはご報告いたします。タチアオイの地にて、最優の騎士、逆臣ローレアをこの手で討ち、ロズ子爵を捕らえ、神ノ御子様を無事に保護いたしました。付き人フェリス殿の協力もあり、現在はチュリップ王国と和解。サンテ殿下から授かりし剣を預け、タチアオイの留守とヤマツミーナ守護のため動いてもらってございます」
グラスがした吉報に王の間にどよめきは広がる。
だが、フルール王が手の平を向け制したことで、すぐに静寂が訪れた。
「よく――成したグラス。北西の脅威は省けたが、帝国の戦力だけでも脅威。到着したスレダ辺境伯と寄せ集めの兵二万が最後の戦力じゃが……太刀打ちする方法はあるか?」
この問いにグラスが答えようとするが、その前に戦へ反対する声が上がり始める。
一度負けたグラスが、果たして帝国に打ち勝てるのかどうか。
これで負けたら後は蹂躙されるだけとなる。
進軍を止めている今のうちに降伏へ応じれば、王都を戦場に晒すことがないのでは。
帝国の要求を呑み、エリオント第一王女を帝国へ引き渡そう。
さまざまな声が上がる中、
グラスは第二代目帝王ヴァーミン・アントリューが
進軍を止めている本当の理由を、
そして、帰城と同時にルクスから聞いた現状を、
グラスを信じルクスがお膳立てしてくれた策を、
声を張り上げながら述べる――。
「ワレの愛弟トール・
帝王がいるカカツミから見て西はチュリップ王国。東は高い山々に連なるミタノ連峰。北はフルール王国二万の兵。
トールと羊蹄山のユラが中央ウグイノスを落とせば、南からカカツミへ攻め入ることが可能となり、帝王は孤立する。
力強く主張するグラスに気圧された者たち。口を噤む者や石畳へ視線を落とす者。フルール王の判断を待つ者
グラスはそれらを無視して、エリオントへ体を向けた。
「ワレが必ずや帝国を打ち滅ぼしましょう。勝って――満開の花畑を姫様へご覧にいれましょうぞ。さぁ、ですから葵姫――。ワレに葵姫の本当の望みをお聞かせ下さい!!!!」
嬉しさや喜び。勝手を言うグラスへの怒り。いつ何時も冷静なエリオントの心は、自分でも分からぬ程に感情の嵐が吹き荒れている。
その中で――。唯一、エリオントがはっきりと分かっている事がある。
エリオントは向日葵の押し花をしまう胸に手を当て、グラスへ願いを訴える――。
「勝って約束を守って――。わたくしに満開の向日葵畑を見させてください――グラス」
「相分かったぞ、エリオントよ」
グラスは狼のように鋭い目をくしゃっと崩し笑ってから、フルール王へ向き直す。
「スレダ辺境伯と共に二万の兵を率いて帝国を打ち破ることをグラスへ命ず――。頼めるか?」
「王命、しかと果たしましょう――――」
グラスは身を翻し、扉を開放させたルクスと共に王の間を退室する。
王の間へ突入するよりも前に顔を合わせ、外で出陣を待ってくれている養父スレダ辺境伯の元へ向かいながら、ルクスへ問う。
「して、ルクス――首尾はどうだ?」
「四発可能です。出陣と同時に演出するよう、アイビー様と宰相閣下へ託してあります」
「上々だ――。陽も沈んでおるから、機運も味方よ。先ずは一発、その後に三発を頼みたいが」
「その様にしてあります」と答えたが、当然のように要求するグラスにルクスは「むすーっ」と頬を膨らませる。
そして、血の気のないグラスの顔を見て、瞳を潤ませながら思いを
「道中、ルクスが馬の
これにグラスは――。
兵を率いる騎士が侍女に抱き着く姿は見せられないと、反対したかったが、「決戦を前に少しは体を労わってほしい」とルクスに続けて言われた為、頬を掻きながら抱擁を了承した。
それから、迎えた出陣の時。
グラスからの報で王の間にいた者の精神は高揚しているが、
何も知らない、死地へ向かうとばかり思っている寄せ集めの兵二万の士気は最悪となっている。
これをグラスは、エリオントの為に用意していた贈り物。
本当は帝国戦が終わった時に披露しようと考えていた贈り物。
その贈り物を使用した演出で、兵の士気を高めようと考えた。
そしてルクスは、グラスが帰城するよりも前にこれの準備を当然に進めていたのだ。
幼き頃、グラスを吹き飛ばし王狼を屠った謎の衝撃。
三年前、宰相の元に届いた用途不明の鉄で造られた大筒。
三年間、
記憶と歴史を頼り、これらを用いた物で、
グラスはエリオントへの贈り物の準備を進めていたが――。
時間も人も技術も足らず、完成できた物はたった四発だった。
グラス、そしてスレダ辺境伯の号令の元、兵に空を見上げる様に伝える。
王城や城下にいる民は、ルクスの手配と宰相の指示で夜空を見上げていることであろう。
それが今――。打ち上がる――――。
王城の一角から風を切る様な音を立て、何かが空へと飛翔する。
その直後『ドンッッ』と聞き慣れない激しい音が、空の上から地上へと降り注ぐ。
爆発音に驚き目を瞑る者や肩をびくつかせる者。
だがすぐに――。
「綺麗――」と、各地で誰かが呟いた。
言葉に釣られ、閉じていた目を開き
夜空に再び訪れた闇しか映せなかった者。
だが、今度は三発続けて夜空へ打ち上がる――。
広大な空へ画かれる花は、やはり技術が足らず、少し歪である。
けれども、生活には欠かせない普段から身近に咲く花でもあるから、フルール王国でその花の名前を知らない者はいない――。
「向日葵!!」と民が叫んだ。兵が呟いた。貴族や王が感嘆の意を漏らした。
そしてエリオントはというと――。
言葉を発する事はできず、ただ、潤んだ瞳で空を眺めることしかできないでいた。
一輪の向日葵が、幼き頃に交わした約束を思い出させ。
三輪の向日葵が、グラスの覚悟をエリオントへ伝え。
四輪すべての向日葵が、エリオントへの誓いを意味し。
そんなグラスからの想いが、向日葵の花火から伝わったからだ。
エリオントはグラスがいる方角へ視線を向け、押し花へ手を触れ「いってらっしゃい」とグラスを見送る。
グラスはエリオントのいる王城へ視線を向け「いってくる」と告げ――。
「恐れることはない!! 奇跡の花がワレらには付いておる!! さあ、出陣だ――!!!!」
『おおぉぉーーッッッ!!!!!!』と、二万の兵が万雷の声を闇夜に響かせた。
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