第23話 英雄回帰

 グラスが、逆臣ローレアを討ち、タチアオイにて潜んでいたロズ子爵、及びオーレア侯爵の間者を捕らえ、神ノ御子様を救出した日。

 また、神ノ御子様にとあるお詫びをした日。

 そして――マリーが人知れず行方をくらませた日から数日後。


 第一王子サンテを捕らえたカカツミから、休まず進軍してくると誰もが予想していたが、帝国はカカツミから動こうとしなかった。

 連続で届いた悲報により混乱に陥っていた王城だったが、帝国が進軍を止めたことで冷静さを取り戻しつつあった。

 だが――。

 ルクスとエリオントが裏取りをした後に王へ伝えた『オーレア侯爵家の反逆』という事実。

 それに加え帝国から軍神の末裔メリアと第一王子サンテの者と思われる手首が届き、合わせて降伏勧告をされた事で、これまで以上にない程、王の間では阿鼻叫喚の光景が広がっていた。


「もはや誰を信じたらよいのか――其方は確かオーレア侯爵家と懇意にしておったな!?」

「馬鹿を申すな!? 我が伯爵家は建国よりフルール王国に尽くしてきた一族ぞ――」


 疑心暗鬼に陥る者達や。


「東海のタバキツカ王国に、帝国背後から攻め入ってもらおう!!」

「よい考えだ! 大量の金銀財宝を贈れば、きっと――」


 などと、非現実的な事へ無想する者達。

 タバキツカ王国は、帝国と同盟を結んだシダレ皇国に攻められそれで手一杯。さらに、金銀財宝を贈ろうにも、陸路では帝国領とチュリップ王国のどちらかを経由する必要がある。海路でも、帝国領海を通る為、どちらにせよ無理なのだ。


 互いに互いを攻め合う者達。

 陽も沈み、夜の時間まで議論は続くが、この状況を打破できる案を出せる者は誰もいない。

 絶望ひしめく状況でも何とかしてくれると思わせてくれるグラスは行方不明。

 フルール王は眼前に広がる光景を眺めながら、静かに――死を覚悟した。

 そして同じくしてエリオントも、帝国が降伏の条件として提示してきた『エリオントを引き渡せ』といった要求を受諾する事を考え始めた。


 ルクスからグラスの生存は聞かされている。だが、どこにいるかも分からない。五体満足かどうかも分からない。もしかしたら刻々と死が迫っている可能性もある。

 だからそうなる前に――――。


 国へ尽くしてきてくれた臣下や民だけでも守るため。そして。


 エリオントはグラスと結ばれる未来を手放そうとする。

(ただ生きていてほしい)

 それだけを願い、向日葵の押し花を胸に寄せ、

 小さく「グラス……」と呟きを漏らした――。


 ▽△▽


 自由奔放なお転婆姫エリオントと跳ねっ返りで生意気な少年グラス。

 二人の出会いは向日葵畑が結んだ。


「素敵な向日葵畑ね――遠くない将来は間違いなく」


 ようやく土地が整い種を撒いたばかり。

 幼きエリオントの前にはただの土畑しか広がっていない。

 王都で噂されている一面を黄色で彩る向日葵畑を、

 自身が持つ山吹色に染まる髪に似た色をする向日葵畑を、

 自身の和名の由来ともなっている向日葵畑を、

 一人先に見ようと案内役として小間使いの少年を掴まえ、抜け出してやって来たのに、話と違いその畑には何もなかった。

 故に、嫌味を込めて『がっかり』そんな感情を込めて感想を漏らした。


「姫さんはちっこいのに難しい言葉が分かるんだな」


「世界が狭いのね? 三歳の子の中にも立派な淑女はいるのよ?」


「淑女は護衛を撒いて抜け出したりせぬ」


「あら、小間使いのくせに口が達者ね? でも――スレダ辺境伯は教育熱心でも有名だから、この辺ではあなたみたいな子が普通なのかしら?」


 少年グラスがエリオントへ抱いた最初の印象は噂通りに好奇心旺盛で活発な・・・お姫様だった。

 だがまさか、幼子とも言える子供に「あなたみたいな子」扱いされるとは思ってもいなかった――。


「ところで姫さん――」

「エリオント。わたくしの名はエリオントよ。葵とは呼ばせてあげないけど、ここまで案内してくれた褒美として貴方には特別に『エリオント』と呼ばせてあげてもいいわ」


 胸を張りどこか誇らしげに少年グラスへ顔を向けるエリオント。

 グラスの目には、大人へ憧れる、背伸びしている子供に映った。

 その姿が日頃から周囲の大人に言われている自身の姿と重なり、グラスはそれをおかしく感じ、牙にも見える八重歯を見せ笑った。


「……何がおかしいのよ!?」


「いえ、エリオント様は噂に違わず可愛いなと思いまして」


 容姿を褒められたわけではない。

 自身の幼稚さを可愛いと揶揄されたと分かったエリオントは反発した。


「ふんっ! そういう貴方は狼みたいな子ね! 格好いいわよ!!」


「ワレを狼などと呼ばないでもらいたい」


 城から無理矢理引き連れ、今の時まで常に飄々としていた少年。

 その少年がする、切なくも悔しい――怒りをも含んだ表情を見たエリオントは、触れてはならない何かに触れた事を悟り、これを素直に謝った。


「ごめんなさい……」


 聡いとはいえ、まだ幼い子供に大人げない対応を取ったとグラスも謝罪した。そして。


「ワレの名はグラス。和名は――」

「グラス!? グラスって子供なのに一人で狼の王を倒したっていうあのグラス!?」


 腕を組み、誇らしげに少年グラスはこれに答える。


「そのグラスだ。和名は氷海コウミ。エリオント様には特別に英雄のワレをグラスと呼ばせてやってもよいぞ?」


 意趣返しするグラスに対して、エリオントは頬を膨らませさらに意趣返しをする。


「ただのエリオントとただのグラス――二人きりの場では身分や立場も関係なく、対等に話すことを許してあげてもいいわよ?」


「ふ――エリオントには敵わんな。ありがたく、その栄誉を受け入れよう」


「約束ね」と言って、エリオントはグラスへ向けて小指を上へ差し出す。

 グラスはしゃがみ込み、エリオントの目線に合わせてからその小指を結び、約束を交わす。

 それから――。グラスの話を聞かせてほしいとねだったエリオントに応じて、グラスはその生涯を、多少盛って語ってしまう。

 グラスの膝に乗り、水縹みはなだ色の瞳を輝かせ、グラスの胸元の衣をギュッと握り、熱心に話を聞いてくれるものだから、グラスは調子に乗ってしまったのだ――。


「グラスが命を賭して作った向日葵畑……見られたらよかったのに」


 エリオントが寂しそうに呟いた。

 ただの視察や観光ではない。

 グラスの物語を聞いたからこそ、その花畑を目に収めたいと思ったのだ。

 そんなエリオントへ、グラスは膝から下りるよう言う。

 不満気に膝から下りたエリオントに、グラスは懐から出した物を手渡す。


「……押し花?」


「うむ――。何もない向日葵畑を見たらガッカリすると思ったゆえ、押し花にしておいた。ちと寂しいが、これなら枯れる心配もないからな。今はこれで我慢してくれ。ワレがそのうち、一目見れば誰もが感動する向日葵畑を見させてやるから」


 エリオントは目を瞑り、大切な物を扱うかのように――。

 愛しい人を抱き締めるかのように、グラスが贈った押し花を胸に抱き寄せた。

 そして、悪戯な表情を浮かべグラスへ呼び掛けた。


「……ねぇ、グラス?」

「おう? なんだ?」


「一輪の向日葵を異性に贈る意味を知っている?」

「未開拓地育ちのワレがそんな事知っているわけなかろう」


「運命の人――。古代の人は、そう思った相手に贈っていたそうよ」

「……不敬であったな。別の物を贈るゆえ、それは返してくれ」


 そう言って手を伸ばすグラスだったが、これをエリオントは当然に拒絶する。


「グラスの愛の告白を特別に受け入れてあげるから、いつかわたくしに、満開の向日葵畑を見させてね!!」


 後悔の感情を含む苦笑を浮かべるグラス。

 けれど、屈託なく笑うエリオントを見た事で毒気が抜かれ、

 優しい顔をして向日葵畑を見せると約束を交わす。


 その時に――。狼のように鋭い目がくしゃっと崩れた。

 優しさく温かい目尻が、エリオントの心をさらに射止める事となった――。




 阿鼻叫喚がひしめく中。グラスからもらった向日葵の押し花を抱いたエリオント。

 まるで白昼夢に見ていたかの様な思い出。

 その大切な思い出を胸に仕舞い――覚悟を決める。


『アントリュー帝国。第二代目帝王ヴァーミン・アントリューに嫁ぎ、戦争を終わらせよう』


 閉じていた瞼を開き、顔を上げたエリオントだったが――――。


「姫様、大変お待たせいたしました。ルクスの愛しき人。ルクスが、我ら双子が敬愛する兄。我ら双子の王が、たった今――帰城いたしました」


 ルクスが向ける手の平の先。

 王の間へ入るための、扉が大きな音を立てて開かれた――――。


「英雄グラス・氷海コウミ・イヴェールが――ただ今、戻りましてございます!!」

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