第19話 グラスはマリーを信じた

 羊蹄山を出たグラスは本来四十日かかる行軍を、強行して約三十日で第一王子サンテがいるカカツミの城に到着した。

 トールや率いた兵らに小休止を言い渡し、グラスは第一王子サンテの元に状況確認へ向かったが、当然にこの期間の内に戦況は悪化していた――。


 先ず、現在も神ノ御子様の行方が分かっていない。

 その事で、北陸のチュリップ王国が約二万の軍を率いて、西の国境ヤマツニーシを陥落させ、タチアオイにまで迫っている。

 これに当たるは、チュリップ王国への説得も含め、神ノ御子様を送り届けた騎士ローレア率いる三千の軍と、ロズ子爵領から援軍に駆け付けたマリー率いる二千の総数五千で、現状は、にらみ合いの続く膠着状態に陥っている。


 次に、同盟国東海のタバキツカ王国について。

 こちらは様子見しているのか、同盟破棄には至っていない。

 だが、タバキツカ王国の西に接する近畿のシダレ皇国が、帝国と同盟を結び、タバキツカ王国に侵攻した。

 これにより、帝国は西に警戒していた兵力をフルール王国へ当てることが可能となり、帝国領トウショウより約三万の軍が北上を開始。

 数日中に、ロズ子爵領のヤマツミーナで戦闘が開始される。


 最後に、反転攻勢にて帝国領まで前線を押し上げていた軍神の末裔メリア率いる二万の軍。

 こちらは、メリアが殿しんがりを務め、ウグイノスへ撤退を開始しているが――。

 昼夜問わず、帝国兵四万に追われ、状況は芳しくない。

 窮地を救うべく、ウグイノスからオーレア侯爵が兵を出しているが、間に合うか怪しい状況となっている――――。


「――中々に厳しい状況へ陥っておりますな」


「ああ――して、グラスよ。オレ様はどこにお主を送ったらよいか」


 グラスは考えた――すべてが要所である為、すべての地に援軍を送る必要があると。

 だが、兵は限られている。

 ここには第一王子サンテが率いる一万の兵と、グラスが率いる千の兵しかいない。

 王都でも各地から兵を招集しているが、数も練度も時間もまるで足りない。

 圧倒的に戦力が足りない中で、知りたいのはその中でもどこを優先するかどうかだ。


 四倍の兵力差で膠着する騎士ローレアが守るタチアオイ。

 タチアオイは、ロズ子爵領の背後に位置し、さらに第一王子サンテがいる、ここカカツミの喉元にもあたる為、落とされる訳にいかないが、チュリップ王国に話を聞いてもらえるだけの猶予がある。

 また、チュリップ王国との徹底抗戦は最悪の一途を辿ってしまう。


 約四倍の兵力差で間もなく防衛が始まる、ロズ子爵家のヤマツミーナ。

 ここを落とされたら、タチアオイそしてウグイノスの脇腹へ侵攻が可能となり窮地に陥る。


 厳しい撤退戦のさなかにあるメリア。

 ここは、オーレア侯爵でも間に合うかどうかの瀬戸際でもある為、グラスが出たとしても、精々がウグイノスの留守を預かるだけとなる。

 それに――ヤマツミーナへ向かうなら、ここを経由することになる為、その時に状況を確認しても遅くはない。


 騎士ローレアとマリーがタチアオイで時間を稼いでいる今だからこそ取れる行動、ならばと考え、グラスはヤマツミーナへの援軍を願い出た。


「うむ――承知した。兵を三千ほど預けよう。それで、ロズ子爵領へ向かうとよい」


「は――その任、仰せ仕りました」


「頼むぞ――。王狼を討ち果たした様に、あるいは、狼を従えて賊を滅ぼしたように、はたまた虐殺の限りをもって反乱を企てた賊を討ったように――この窮地を救ってくれ」


 第一王子サンテ・青星シリウス・フルールは頭を下げるグラスの顔を両手で挟み、上げさせ、目を合わせてから、その両手でグラスの両肩を叩いた。

 グラスから見たその目は、力強い光を帯びた目をしていた。

 力を込められている以上に、重たい何かが方へ圧し掛かった。

 第一王子サンテは三年前よりも体は大きくなり、その心も立派な大人へと成長していた。

 故にグラスは恭しく『必ずや』と返事を戻し、それからサンテの身を案じる


「……殿下。不測の事態に陥った場合の脱出路は確保しておいてくだされ」


「ふん――何を当然な事を申すか。王家にのみ伝わる、東のミタノ連峰から海へ通ずる脱出路もあるゆえ、心配は無用だ。それにオレ様はこの国を背負い、導くという使命が課せられている。贅沢で甘い生活を享受だけして、おめおめと死ぬわけにいかぬだろう」


 カカツミの東にある、高い山々で連なるミタノ連峰。

 そこへ逃れれば、探すのも一苦労となる。

 第一王子サンテは、しっかりと不測の事態に備えていた。

 事あるごとにグラスへ反発していた生意気な子供の姿は消えていた。

 本当に、立派に成長されて――と、グラスは心から感動している。


「今なら正直に言えるが、オレ様は愚妹に劣らずお主を好いておる。お主の、グラス・氷海コウミ・イヴェールの活躍を、物語をこの目で見届けたいと願っておる。故に、オレ様はまだまだ死ぬわけにいかぬのだ――ふん」


 サンテは合わせていた目を逸らし、最後は恥ずかし気に体を反らした。

 そんなサンテに対して、くすぐったくも少々複雑な思いにさせられたグラスだが、時間も惜しい為、すぐに出発することをサンテへ告げる。


 それから、準備を整えたグラスを見送りに来てくれたサンテがグラスへ告げた。


「時にグラスよ、お主……そのようなか細い剣しか持っておらぬのか? 見っとも無いからオレ様の剣を一つくれてやってもよいぞ?」


 そう言って、やはり恥ずかし気に印が施された立派な剣を差し出してくれた。

 グラスは頬を掻きつつ、これを受け取る。


「ワレはひ弱ですからな――ですが、お守り代わりとして預からせて頂きましょう」


「ふん――死ぬなよ。妹が悲しむ」


「ええ、承知しております。――では、行って参りまする」


 カカツミを後にしたグラスは、約二日掛けてオーレア侯爵が守るウグイノスに到着。

 軍神の末裔メリアの救出も済んだと知らせを聞いたグラスは、すぐにヤマツミーナへ移動を開始した。


 北海の未開拓地イヴェールを出てから、戦闘らしきものは行わず、ただ移動にばかり時間を費やすグラス。

 だが、ここで――。陥落間近のヤマツミーナに到着したことで、初の戦闘が開始された。


 開かれた城門から、なだれ込もうとする帝国軍の横っ腹を突破力のあるトールと羊蹄山の戦士に突撃させ、これを撃退。

 混乱に陥る帝国軍を徹底的に追撃し、国境の外まで追い返すことに成功。

 グラスはまた一つ、フルール王国へ勝利をもたらし、

 そのことで、光明が差したかにみえたのだ。が――。


 数日後。


 中央ウグイノス陥落。副将メリア及び、オーレア侯爵の生死不明。

 さらに、ウグイノス救出のため出陣していた総大将第一王子サンテが捕縛される。

 帝国は指揮する者が不在となったカカツミへ進軍。

 寡兵で抵抗するが、あえなく落城。

 これにより救出されたばかりのヤマツミーナ及び、騎士ローレアが守るタチアオイが孤立。

 兵を指揮できる将は生死不明。総大将が捕虜となったことで敗戦が確定。


 そして――。

 神ノ御子様が見つかったと知らせにきたマリーを信じ、その場へ向かったグラス。


 トールの勘。ルクスの忠告虚しく。


 グラス・氷海コウミ・イヴェールの消息はここで途絶えることになった――。


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