第三章 「開戦」

第17話 ルクスは暗躍する

『最優の騎士』。そう呼ばれるだけの努力をしてきた。

 侯爵家の嫡男。他者より秀でた身体能力や冷静な心、判断力。

 騎士の誇りや矜持。貴族としての教養。

 才や血筋に溺れず、誰よりも学んできた。

 故に、最優の騎士と呼ばれる自分を誇りに思っている。


「第一王女殿下の護衛騎士に選ばれる者は、ローレア・クスノキ・オーレア以外あり得ない」


 周囲がそう声を上げる事も自信の裏付けとなっていた。

 自分は、それだけ多くの者に認められるだけの努力を積み重ねてきたのだと。

 これまでの研鑽けんさんは、全て第一王女殿下の護衛騎士となるために。


 だが――選ばれた者は、

 第一王女殿下が北海の未開拓地イヴェールから拾ってきた男だった。


 周囲の声は憐れむものへと変わった。

 惨めだ。悔しさもある。自分の方が優れている。嫉妬の感情を初めて感じた。

 けれど、自分でも不思議なほどに納得ができていた。


 生い立ちに、激動の生に、成し遂げてきた偉業に――――。


『憧れた』


 自分は憧れていたのだ、彼に。

 自分の努力は彼と比べると霞んでしまう。それだけの輝きを彼は持っていた。

 だから、自分は納得できていた。が――。

 どこまでも貪欲に、誰よりも上位の立場や地位を望む父は、それを許さなかった。

 誰よりも第一王女殿下と接する時間があった。それなのに心を射止める事ができなかったと。

 小さな声に満足しているから足元を掬われる事になるのだと。

『体たらく』『失望した』と、これまでの努力を全て否定された――。


 それから月日は流れ。

 父は、彼を取り込めない事を悟ると、彼の悪評をゆっくりと広め――帝国から親書が届く機会に合わせて、彼を追放した。

「今度は上手く第一王女殿下に取り入り落とすんだ」と、言われて得た護衛騎士の任。

 政治の大切さは理解している。

 だが――。

 幼い頃に憧れた騎士の姿。偉業を成す自分の姿。第一王女殿下から信を得る彼の姿。

 そのどれからも、今の自分は程遠い――これこそ惨めそのものだ。

 中途半端に思い悩む自分を、第一王女殿下は見抜いていたのだろう。


「騎士オーレア、貴方は私の隣で埋もれさせるには勿体ないわ」と、遠回しに護衛騎士として認めていないと言われ続けた。

 最後まで信を得ることは叶わず、名を呼んでもらうことすらできなかったのだから――。


「全てはお前が不甲斐ないがゆえ――」と、最後の最後まで父の期待に応えることが叶わなかった――――。



「――ローレア兄様?」


 心配な表情を作り、下から覗き込むマリーの顔が視界に映った。

 マリー・ユズリハ・ロズは、父、ロズ子爵の命令で、羊蹄山よりひと足先に戻っていた。

 そのマリーから、グラスの成した新たな話を聞く第一王女エリオントと神ノ御子様。

 さらにその後ろ、澄まし顔で佇む双子の妹ルクス。

 護衛騎士ローレア・クスノキ・オーレアは、四人の姿を眺めながら独白していたが、声を掛けられた事で、それらを全て瞬時に頭の隅へと追いやった。


「ああ、すまない。旅のことを考えていた。ありがとう、マリー」


「それはよいのですが……私は、もう小さな子ではありませんよ」


 つい、幼い頃の癖で、マリーの頭を撫でてしまっていた。


「貴方もその様な表情ができるのですね。もっと早くに知りたかったわ。――騎士オーレア。頼みましたよ」


 騎士オーレアは、表情を引き締め、エリオントへ返事を戻す。


「は――この任、しかと受け賜りました」


 恭しく礼を取り騎士オーレア。

 隙の無い騎士オーレアに戻ったことで、エリオントは僅かに息を漏らし、続けてマリーとも同じようにやり取りを交わす――。


 昨日、帝国が戦線布告したことで、神ノ御子様はカンゾウ島へ戻ることになった。

 その護衛の任をオーレア侯爵家が任された。

 これに騎士オーレアが選ばれ、騎士マリーは父が治めるロズ子爵領へ戻るまでの道の途中まで追随することが決まり、これから出立することになっている。


「御子様、とても素敵な三年となりました。また、落ち着いた頃にでも、お会いできたらエリオントは嬉しく思います」


「私様もな、寂しいのじゃ……エリオントよ、今度は私様の国へ遊びにきてほしいのじゃ」


 神ノ御子様はエリオントの小指を掴み、寂しそうな表情をみせた。

 これにエリオントは、神ノ御子様の手に自身の手を包み被せ、温かみを感じさせる飾らない微笑みで返事を戻す。


「ええ、是非にも――楽しみにしております」


「うむ――して、その時こそ彼の英雄グラス・氷海コウミ・イヴェールも連れて来てたもうな? 絶対じゃぞ?」


「ふふ、必ずやお連れしますわ」


「約束じゃぞ! マリーもその時はエリオントと共に来るがよいのじゃ。して、話の続きを聞かせてたもうな?」


「光栄な任を賜るには不肖の身ではありますが、その際には存分にお聞かせいたしましょう」


(そうか……やはりマリーも彼に惚れ込んだか――)


 グラスが護衛騎士に選ばれたことで、周囲は手の平を返したように騎士オーレアを侮り、嘲笑した。

 だがその中でも、マリーだけは騎士オーレアを実の兄のように慕ってくれていた。

 護衛騎士の座に選ばれたグラスへ良い感情とは呼べないものを抱いていた。

 そのため、グラスに付き従うと決まった時のマリーは、ふて腐れてしまっていたにも拘わらず、今では尊敬の念を抱き、女として彼を想っている。


 これからどうなるか――未来の事は騎士オーレアにも、誰にだって分からない。

 だけれども、妹の様に可愛がってきたマリーの幸せ。

 騎士オーレアは、せめてそれだけは叶うように祈り――――。


 失敗の許されない、失敗すれば自身の命だけでは償い切る事ができない重要な任を果たす為。


 カンゾウ島の守護国でもある王国。

 フルール王国と古くから親交を結び同盟を結んでいる、北陸を治めるチュリップ王国へ移動を開始したのだ。


 ▽△▽


 神ノ御子様一行を見送り、王城へ戻ったエリオントら。

 そこでルクスがエリオントへ暇乞いとまごいをする。


「姫様、申し訳ございませんが半日ほどルクスを自由にしてはもらえませんか」


「構わないけど……何か悪だくみ?」


 精霊の様な見た目に反して、実際は妖精の類いである。

 エリオントはこの三年でルクスをそう解釈している。

 そして、暇乞いなどこれまでしたこともなかったのに、この何とも言えない状況の時に願うものだから、エリオントは疑ったのだ。

 だが、ルクスは大して気にも留めず、あっけらかんと理由を述べた。


「姫様を奪い合う戦いが始まったことで、暫らく忙しくなります。その為、商会と養育院へ顔を出し、今後の指示をしておこうかと」


 棘を差す様な物言いだが、日常茶飯事に起こる軽口でもあるため、エリオントもルクスの言へ大して気にも留めず、これを了承する。


「わたくしも養育院には顔を出したいですが――」


 駄目だと分かりつつ、エリオントは僅かに期待を含ませた水縹みはなだ色の目を、侍女アイビーへと向ける。


「なりませんよ、姫様。仕事が山ほど残っております。それに、護衛騎士が不在の時に城の外へ出る事はなりません」


「少しくらいなら」と駄々を捏ねるエリオントだが、侍女アイビーは交渉の余地もない程にこれを突っぱねた。

 普段、身内には我儘を振る舞うエリオントも、アイビーが言う危険を頭では理解しているため――渋々、頭と心を納得させた。

 それを確認した侍女アイビーは、次にルクスへと顔を向ける。

 そして、神ノ御子様を見送る時にルクスが取った、侍女としてあるまじき行動へ、アイビーは注意を送る。


「それとルクス。ルクスの行動が姫様の、おいてはイヴェール卿の評価へと繋がるのです。それなのに、握手を求めるマリー様の手を叩くとは何事ですか」


(マリー……様は泥棒猫です。ルクスはこれでも抑えた方です。それに、あれくらいでグラス兄様の評価が下がるなら、下げた方がマリー……様のためです。そして、あの場に居た神ノ御子様とフェリス様は大して気にも留めておりません)


 ――と、ルクスはアイビーへ反論しようと考えたが、説教の時間が長くなると考えを改め、これを素直に謝罪した。

 エリオント、アイビー共にルクスの魂胆など分かっていたが、一度注意すればルクスが同じ過ちを繰り返さないことも分かっている為、これを見逃す。


 それから――。

 ルクスは自身が手掛ける商会、その商いで得た利益を投じて作った養育院へ顔を出し、悪だくみを決行したのだ。

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