第16話 宣戦布告
羊蹄山の戦い後、忙しくも平穏な生活を送るグラスは向日葵の『根』の可能性を探っていた。
自信の身銭を切り、作った倉庫、そこに大量保管されている長年放置している根。
いい機会だから、実験材料として消費することをグラスは決め、これを羊蹄山へと運び、フルール王国の学者がまとめた実験報告書を参考に取り掛かることにした。
燃え難いものを燃やす為に、炭にできないかと考えた学者ら。
故に、先ずはその炭を作る方法を試すことになり、その結果は大量の油を使用したことで着火できたが、小さな空気穴を残し蒸し焼きするとすぐに鎮火。かといって、酸素量を増やすと燃焼は続くが灰となってしまった。
要は、第一検証実験は失敗に終わったということだ。
それなのに――。
「どうしてか、炭のようなものができたな」
「おー? すごいなー? あに様はなー? さすがだなー?」
「ええ、炭のようなものというか……炭にしか見えませんね。グラス様は奇術師か何かなのだろうか」
グラスはたった一度の実験で、根を炭へと変化させたのだ。
放置していた根は、油を使用することなく火が付いたのだ。
だから、適当な大きさの空気穴を作り蒸し焼きにしてみたら、灰にならず炭ができた。
故に拍子抜け――グラスの呟きにはそんな感情が含まれており、トールが何となく褒め、マリーは若干引いた目をグラスへ向けていた。
グラスはマリーが向ける目に気付かない振りをして、とりあえず出来上がった炭を着火してみることに。
念の為、大量の水がある半月湖へ移動。そした着火した結果。
炎が上がり、火がグラスの鈍色の髪へと移り、グラスは半月湖へ飛び込むことになったのだ――。
騒ぎに駆け付けた羊蹄山の民は、根の危険性と取り扱い方を知っていた為、グラスへ呆れた目を向ける事となった。
地熱を利用して根を乾燥させた後、向日葵の種と共に蒸し焼きにすることで作られる。
温泉が湧く羊蹄山に住む民だからこそ知っていた昔からの知識。
正しい方法で作る向日葵の根から練炭されたものは、類を見ない質だった。
命名された炭の名は『
グラスはトールからルクス、そしてエリオントを通じて学者らの知識を借り、水車を利用して大量の風を作り、さらにその風に熱を加えてから、点火した
帝国が独占する燃焼石でも八百度から千度が限界。
だが、
これにより、フルール王国は帝国に頼らずとも製鉄が継続可能となり、さらに大量の鉄を作り出す事が可能となったのだが、グラスには未だ疑問が残されていた。
夢で見た、王狼を殺した、あの衝撃の正体。
昔いち度、五稜の森で経験した氷雨や雷撃とも違う。
故にそれを探る必要がある、と――――。
――――月日が流れ。
グラスが
月明かりが夜を照らす時間、グラスとエリオントは月に一度の逢瀬を交わしている。
(ふふ、わたくしを笑い殺す気ですかグラス)
(いや、エリオントよ。今は笑うところなどではないぞ? ワレが危うく丸焦げになるところだったという話だからな?)
(グラスがたとえ灰になろうと、わたくしのお気持ちが何一つと変わる事はありませんからね?)
(いや、だから――勝手にワレを殺さないでくれ)
(ふふふ――いいですか、グラス?)
(ふぅ……なんだ、申してみよ――)
エリオントが前振りをする時は決まって、無理難題を告げてくる時でもある。
そのため、グラスは投げやりに返答した。
(グラスはわたくしを置いて死んだりしません。これは絶対です――許しません)
アントリュー帝国。第二代目帝王ヴァーミン・アントリューから新たに届いた親書。
その内容は、フルール王国が第一王女エリオント・葵・フルールを第七妃に望むものであり、エリオントを帝国に捧げれば、従属国として認めようというものだ。
当然に怒ったフルール王、そして貴族らはこれを跳ね除けた。
故に、エリオントは戦争が始まる事を確信し、戦いへ赴くであろうグラスの身を案じているのだ。
(ワレは悪運が強いゆえ安心なされ。それに――第一王子殿下とオーレア侯爵閣下、あの軍神の末裔メリア・
(……いけませんね。わたくしが弱気になっては、示しがつきません)
(これまでも好き勝手にワレを振り回してきたではないか。何を今さら、取り繕う必要があろうか)
(ええ、ええ――そうですけど! そうですけどっ!! その通りですけど!! グラスはもう……そういうところですよ!!)
笑いながら調子を取り戻したな、と返事するグラスへ、拗ねたエリオントは不満を訴える。
(こちらを発たれる前の約束覚えてらして? グラスは、わたくしに贈り物を持ち帰るとおっしゃっておりましたよね?)
グラスは古代種”向日葵”のような新種の花を見つけたら、それを成人の祝いとしてエリオントに贈ると約束していた。
だが、たった三年では見つからなかった。
自然豊かな羊蹄山をくまなく探してみたが、見つからなかったのだ。
(いや、すまぬ……新たな技術を国へ提供したことで許してはもらえぬか?)
(多大な益をもたらしてくれたことは、フルール王国の第一王女としては感謝しております。ですが、一人の女としては少々不満なのです)
(あと一年……いや、半年……せめて三カ月あれば立派な花畑を見せられると思うのだが――)
(また適当なことをおっしゃって)
顔を見ることは叶わない。だが、何年も一緒に過ごしてきたグラスには想像できていた。
きっと、今のエリオントは頬を膨らませた膨れっ面をしているということを。
どれだけ綺麗に成長しても変わることない、エリオントの幼い一面。
それがまた――グラスに懐かしさと安らぎを与えた。
同時に、困ると黙ってしまうグラスの癖にエリオントも懐かしを覚えていた。
(ふふ――)
(ふ――)
同時に笑い声をこぼすグラスとエリオント。そして。
(葵は、
(ええ、少しばかり行って参ります――。わが葵姫)
グラスの身を案じるエリオント。そのエリオントの明るい未来を願うグラス。
最後の逢瀬を交わし、ルクスから状況報告を聞いてから数日後。
アントリュー帝国。
第二代目帝王ヴァーミン・アントリューが宣戦を布告した。
「――余が直接、王城諸共第一王女を奪いに行こう」と。
これにより、後に東の海洋大陸全土にまで広がる大戦が始まることになったのだ。
【補足】
帝国の製鉄技術は、古代ヒッタイトの製鉄法が参考です。
グラスが発見した製鉄法は、たたら製鉄とコークスを利用した製鉄法を混ぜ合わせたようなものです。
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