第6話 雨と狼が苦手な騎士
王都”ハーギ”からスレダ辺境伯領”五稜の地”までは、約五百キロの距離がある。
馬を乗り継ぎ、人にも馬にも酷使させた状態で進めば五日もしないうちに、到着することが叶うだろう。
だが今回は、特急で移動しなければならない事情でもない為、グラスは約十日間の旅程を組み、無理なく移動している。
宿泊する街々や、移動に使用する街道、山や川などの風景。
それらを、さながら旅行の様な感覚で移動を楽しんでいる。
――が、王都から離れたら当然なのだが、いろいろと殺風景な景色が続くようになった。
グラスは『いい加減に考えるか』と、内心で呟き、移動を開始してから七日目にしてようやく、今後について思考を寄せることに決めた――――。
己に与えられた使命は、果たして達成できるのかどうか。
アントリュー帝国との同盟が解消されることで引き起こされる影響。
第一は開戦されることだ。国境を接する領地は三カ所。
西に”ヤマツミーナ”。東に”ヤッサイ”。
そして中央、最も激戦が予想される場所が”ウグイノス”。
そのどれもが、護衛騎士に任命されたローレア卿の父、オーレア侯爵が治める領地もしくは影響下にある土地となっている。
此の地らが初めに被害を受ける場所となることは簡単に予想が付く。
民を考えれば、どうにか被害を抑えたいが――己の身分ではどうにもならない。
手を貸すどころか、グラスは国境と反対に所在する
故に、グラスは第二の影響を考えることにした。
大きな影響はやはり製鉄についてだ。
数十年前に帝国領を襲った天災。
隕石鉄群は、数百年前にも東の海洋大陸――いや、まだ知らぬ海の先より誰も現れないということは、全世界に落ちているのだろう。
その影響で、大陸中の生物や物質、技術、多くのものが一瞬のうちに無へと還った。
学者によれば、当時は生物よりも隕石鉄の方が多かったと言われている。
であるから、同盟が解消されたとて、鉄の素となる隕石鉄に困ることはない。
だが、隕石鉄から純度の高い鉄を取り出すには、熱が必要となる。
それも、最低でも約八百度の高熱が必要となる。
現在の技術では、八百度もの熱を出す方法は”燃焼石”を使った方法に限られている。
燃焼石で熱を作り、
それが、帝国が秘匿していた製鉄方法だ。
そしてその燃焼石なのだが、現在も帝国領土でしか産出されていない。
技術同盟を締結してからの七年間で、それなりに鉄製品の蓄えはできただろう。
帝国から制限されていた為、燃焼石の大量輸入は叶わなかっただろうが、多少は燃焼石の蓄えもあるだろう。
偉大なる閣下たちの自信満々な発言を思い出せば、短期決戦もしくは燃焼石が産出される”クーラ遺跡”を反対に攻め落とせばいい。
そう考えている可能性もある。
だがもし―。
思うように事が進まず、戦が長引けば?
フルール王国も知らない、帝国に秘匿情報があれば?
知らぬ間に破滅への階段を上り続け、気が付いた時には断頭台に立っている状況すら考えられる。
そうならない為には、鉄に代わる何かを見つけるのが一番だ。
だが、事がそう上手く運ぶとは到底考えられない。
九死に一生を得て、偶然にも向日葵を見つけ、家族の仇を討って、騎士になり護衛騎士にまでなった。グラスは自分で自分を運がいい奴だと思っている。何なら、英雄の類だと自惚れていた時期もあった。
けれども――。護衛騎士になってからのグラスはパッとしない。
エリオントやスレダ兄妹は当然に、他の騎士にも劣る身体能力や頭脳。
成長したグラスは、自分の非才を嫌でも突き付けられ、打ちのめされたのだ。
だからグラスは自分が凡人だということを誰よりも知っている。
故に、そう都合よく鉄の代わり何かを見つけることなど、不可能に近いということを。
たとえ、一生分の運を注ぎ込み、見つけられたとしても、短い期間で量産することは現実的ではない。それこそ不可能だろう。
ならば、次に考えるは、燃焼石に代わる何かだ。
これならば、まだ可能性は残る。
原理は未だ分からないが、グラスは一度、燃え難い木々で作られた五稜の森の半分を焼失させている。
王狼との死闘の末、血を流し過ぎたせいで記憶が途切れ途切れだが――。
この辺を思い出し、向日葵の『根』を調べることで、燃焼石の代用となるのではないか。
グラスはそう見当付けている。
『燃え難いなら民が住まう家屋の外壁に使用すればよい』と、当時そんな声が聞こえてきたグラスは焦った。
燃え難いのは確か。けれど、燃え上がったのも事実。
そんな訳も分からない根を使用したことで、フルール王国全土を焼失させる罪など考えるのも恐ろしい――と。
養父に訴え、フルール王に訴え、研究者が調べても原因は不明。
故に、危険物として取り扱いを禁止することに決まったのだ。
その危険物は、グラスの身銭を切り作った倉庫に、大量保管されているのだが――とんだ危険物だろうか。
グラスは自傷するように小さく『ふっ』と笑った。
そのグラスに対して、旅の相方が訝し気な表情をして質問する――。
「イヴェール卿、どうかされたのですか?」
「いや、なに――少々、昔話を思い出し笑ってしまっただけよ」
「左様ですか。故郷が近いゆえに思い出されたのでしょう」
「そうだろうな。あと三日で着くとはいえ、早く美味い物や酒をたらふく飲み食いしたいものだな」
「それもいいですが、私は湯あみが恋しいです」
「騎士とはいえ、マリーは麗しき女性だからの。宿でもらった桶では足らなかったか」
「ええ……まぁ……騎士としては未熟な考えなのかもしれませぬが、やはり肩まで浸かりたいと考えてしまいます」
「ワレなどに付き合わせることになって悪いな。せめてもの詫びに、スレダ領で不自由なく過ごせるように取り計らう故、許してくれ」
「いえ……お気遣いなく。私自らが騎士の道を選んだ末の結果ですから――」
誇り高い騎士道精神を感じさせることを言っているが、悔いる様な感情がマリーの表情に出ている。
こういったところも、まだまだ未熟なのかもしれない。
グラスの補佐役としてマリー・
グラスは上役の立場である為、指摘した方がいいのだろうが――。
栄誉ある第一王女殿下の護衛騎士が一転、マリーは政争に巻き込まれる形で、左遷されたグラスに付き従う事になったのだから、あまり厳しい事など言えない。と言うよりは言い難い。
それにマリーは子爵家の出となっている。
いくらグラスが上役といっても、それはあくまで表向きの役割であるから、とてもではないが言い難い。
何とも扱いにくい部下だ――と、苦笑しながらグラスは頬を掻いた。
「さて、マリーよ」
「ええ、休憩は十分です。先へ進みましょう」
「うむ、少し急ぐぞ」
「は、付いて行きます。急がれるのは、今日の内に町へ辿り着くためでしょうか?」
「いや――ゆっくり進んだとて、夕刻には着くだろうよ」
「そうなのですか? では、何故に急ぐとおっしゃったので?」
「ワレは雨と狼が苦手でな。まあ、道から外れなければ狼の心配はないが、雨を凌ぐには打たれるより先に宿へ入らねばならぬ」
「はぁー、雨……ですか?」
狼が街道に現れることは考えられない。元護衛騎士としては不甲斐ない発言に思えるが、狼への苦手意識も理解はできる。
だが、雨に関しては、マリーにはよく分からなかった。
マリーは目の上に手の平を添え、空を見上げた。
雲一つない晴れ晴れとした天気だ。
雨の代わりに日差しが痛いくらいに降り注いでいる。
とても雨が降るようには思えない。
それに、騎士が雨ごときの何を心配しているのだろうか、そんな目でグラスを見たが、グラスはすでに騎馬していた。
マリーは慌てた様子で騎馬して、準備が整ったことを確認したグラスは『では、頼むぞ』と、馬を撫で、移動を再開させたのだ――。
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