第5話 グラスの過去を語るお姫様
「あれは言い過ぎじゃ、エリオント」
「騎士様にも
「サンテの目を見たか? 涙目じゃったぞい」
「
グラスが退室した王の間では、
それは――。召集された一同皆が一斉に、
次期に国を治めることになる
そのサンテを落とすような物言いは、いくら可愛くて溺愛しているエリオントだからと言っても、国を思えば諫めなければならない。
故に、フルール王は少し厳しく諫めようと決めたのだが。
「じゃが、サンテにも立場というものが――」
「お父様に対してもわたくしは憤りを覚えておりましてよ? 事前のご相談もなくあのように騎士様を吊るし上げる様な真似など……終いには勝手に護衛騎士の任を剥奪するなどと……今すぐにでも騎士様を慰めに行って差し上げたいくらいですのよ」
雲行きが怪しくなった。フルール王はエリオントの怒りの矛先が自身へ向いたことを悟った。
だが、言うべきことは言っておきたい。
王……と言うよりも父としての威厳を守る為に反論するのだが、それは火に油を注ぐ行為でしかなかった。
「余が持ちえない能をグラスは有しておることは余も分かっておる。故に、お前が事前の相談もなくグラスを護衛騎士へ任命したことも認めたのだからのう」
「まぁ、意趣返しをなさるなんてお父様はお人が悪い。そもそもですね、お父様が貴族の反感を恐れ、グラス様が成した偉大なる功績をお認めになられないことが始まりですのよ? よいですかお父様? グラス様がいなければ、フルール王国がここまで繁栄する未来はあり得なかったのです。古代種”向日葵”や製鉄技術は確かに素晴らしい発見です。ですが、十年前にグラス様と巡り合えたことこそが、何よりもの幸運だったのです。お父様は未だそれをご理解できていないようですわね――――――」
ああ、始まった。サンテが漏らした余計なひと言をきっかけとして、先ほども聞かされたばかり。エリオントによる、グラスが過去に成した功績の羅列の嵐。
説明を受けずとも、昔から何度も聞かされている為、覚えてしまっている。何が悲しくて、愛娘が想い人自慢する話を聞き続けなくてはならないのか。今すぐにでも止めたい。
だが、それはできない。途中で止めてしまえば、十日は口をきいてもらえなくなる。
フルール王はエリオントの話を聞きつつ、過去の悲しい記憶を思い出していた。
(宰相、早く戻ってこんかのう……)
グラスの元へ向かったばかりの宰相が戻るまでは、まだまだ時間を必要とする。
そんなことはフルール王が一番理解しているが、願ってしまった。
「聞いておりまして?」
「ああ、もちろんだとも。グラスには感謝してもしきれないのう」
気を抜けば、すかさずエリオントから届く『聞いておりまして?』。
これまでに何度聞いたことか。対応も分かっている故に、フルール王は覚悟を決めた。
エリオントが満足するまで聞こう――と。
そして嫌われたくない、その一心から、全力でエリオントのご機嫌を取る事に決め直したのだ――――――。
グラスの生まれた旧五稜の森は、
当時、五稜の森は獰猛な獣が
まだ幼かったグラスには、弱肉強食、自然の摂理には逆らえず、目の前で妹を食い殺された。続けて両親までもが食い殺される
グラス自身、致命傷は免れていたが、出血が酷く、命も危うかった。
五稜の森の調査にやって来たスレダ辺境伯に仕える一団に保護されなければ、間違いなく死に至っていたことだろう。
五稜の森出身を買われたグラスは、一団に協力する話となった。
とは言っても、それは幼子を放置できない、一団がみせる優しい建前であった。
そしてそれは、幼いながらもグラスには理解できていた。
身を護る為といった理由で、隙間時間で文字の読み書きや剣術を施されもした。
グラスはせめても恩返しとして、炊事洗濯などの雑用を率先してこなす――そんな生活を約二年続けていた。
調査を打ち切り、森を去って行く一団の誘いを頑なに断り、挙句の果てに、ろくな礼も告げぬまま姿を消したグラス。
ケガを癒し、知識を授け、生きる術を教えてくれたのだ。
世話になったのだから、グラスとて礼は告げたかった。
だが、お節介な優しさを持つ一団から離れる必要があった。
グラスにはやり残したことがあったのだ。
両親を、妹を――――食い殺された仇を打つ。
その後に生きて礼を告げに行くことを胸に決め、グラスはさらに五年もの間、一人森でその機会を窺い続けた。執念と言っても過言ではないだろう――。
五稜の森の半分が焼失するほどの激戦の末、グラスは見事、仇でもある五稜の森の主、王狼を討ち殺した。
焼失騒ぎでやって来たスレダ辺境伯の一団との再会。
多少の行き違いが発生したものの、グラスはスレダ辺境伯領に招かれ、そして、昔世話になったお礼と言って、古代種”向日葵”とその栽培方法を献上した。
その花は、温もりを感じさせる淡黄色に光、暗闇を照らし、根から切り離しても約ひと月の期間咲き続ける。
その葉は、乾燥させれば熱を下げる飲み薬となり、すりつぶせば傷薬になる。
その種は、微量の脂が含まれ、焚き付けに使用されよく燃える。非常時の食用にも転用可能だ。
油が貴重とされる東の海洋大陸、その油を必要とせず、さらには僅かと言え、その油までをも生む万能の花。
初期投資さえすれば、増産が容易な向日葵が国を潤すことは一目瞭然だった。
そうして向日葵は、フルール王国内へ瞬く間に広がり、生活を豊かにさせていった。
ただ唯一、根の取り扱いだけが困難を極めた。
民が住む家屋の外壁に使用する案も浮上したが――。
「美しいフルール王国の景観を損ねてしまう」
「自分の献上したもので目汚すことは勘弁してもらいたい」
「根の処分は請け負う」
当時のグラスは、そんな理由を付けて養父となったスレダ辺境伯に訴えた。
紆余曲折あったものの、結果として根の使用を固く禁ずる決まりが作られた。
貧しい出のグラスは自信の年齢を覚えていない。
故に不確かではあるが。
三つの頃に――。
家族を失い、スレダ辺境伯の一団に保護された。
五つの頃に――。
一団と別れ、過酷な森の中で一人生き続け、向日葵を発見した。
十つの頃に――。
王狼を討つ。向日葵を献上、スレダ家の養子となり、焼失した地を開拓する。
十二の頃に――。
観光資源ともなった向日葵の花畑を見にスレダ辺境伯領にやって来たエリオントと出会い、その武勇伝を詩にされ、さらには王都へ連れられる。
十六の頃に――。
功が認められ、一代限りの騎士爵と生活に困らない程の財を賜り、エリオントの護衛騎士に正式任命された。
英雄の
幼いエリオントの願いで、
故に、エリオントが何度も語らずとも、グラスが成した事は王や貴族だけでなく民でさえも理解している。
「――以上の事が、わたくしがグラス様を護衛騎士へ任命した理由となります。
「ああ、よおーく理解できた。さすがはグラスよのう」
「ええ、そうなのです。グラス様はとても素敵な殿方なのです。格好良い殿方なのです」
有り余る才能を持ち、幼い頃より神童と謳われるエリオント。
女でなく男であったら、フルール王国は明るい未来待ったなしだったであろう――と、よく言われていた。
だが、ことグラスの事になると、とてつもなく馬鹿になる。
阿呆と言ってもいいかもしれない。
臣下の前では笑顔の仮面を被る理性は残すものの、フルール王の前ではその仮面は剥がれ、二重の意味で人に見せることのできない惚けた顔を晒してしまう。
だらしなく顔を歪ませる中、時折見せる、十三の歳とは思えない色香を放つ表情は、危険極まりない。
見境なく想い人を思って語る女の姿など、到底、臣下になど見せられない。
何度、宰相に愚痴を漏らしたことか。
今晩も付き合ってもらおう、そう考えていると。
「それでお父様――。ご理解頂けたのでしたら、護衛騎士解任を取り消して下さりますね? 騎士様のことですから、そう遠くないうちにわたくしの元へ戻ることでしょう。ですから、解任なさらずとも、よいのではありませぬか?」
「そうじゃのう……。その前にエリオントよ、父として訊ねるが――グラスと結ばれたいか?」
「ええ、当然に」
即答か、せめて悩む素ぶりくらい見せてほしかった。
グラスが貴族の仲間入りをしているとしても、王族と釣り合う立場にない。
それにグラスは、元は異民の出。
フルール王が認めたとしても、他が認めない。
争いの種となるだろう。
王族としての責務を忘れてしまったような、エリオントの真っすぐな想い。
フルール王は『父』と『王』両方の立場から、内心複雑な思いを込めた溜息を吐き出した。
「そうか、よく分かった――」
ああ、言いたくない。言えば十日もの間、エリオントが口をきいてくれなくなってしまう。
だが言わねばならない。
悲痛の思いを内に閉じ込め、フルール王は覚悟を決め、王の顔をして告げる。
「ならばやはり――――取り消すことは出来ぬ」
「お父様!?」
「お前のためを思ってじゃ」
「それならばわたくしも北の――」
「ならぬ。お前は神ノ御子様との友好を結ぶ、大事な使命があるではないか。これは父としてではない、王としての、余からの命令だ。王族としての責務を果たせ、エリオントよ」
エリオントは悪い笑顔を浮かべた。
あの顔はよく覚えている。まだ幼い頃に、イタズラする時に見せる様な顔だ。
嫌な予感がする。そう思ったが、瞬きすると、エリオントは苦渋に満ちた表情を見せていた。
気のせいだったのだろうか――と、フルール王が考えていると、エリオントが臣下の礼を取って見せた。
「王命、フルール王国が第一王女エリオント・葵・フルールがしかと承りました」
「……話しは以上だ、退室せよ」
エリオントは一礼してから退席していく――。
そのエリオントと入れ替わる形で、宰相が戻ってくる。
まるでエリオントの話が終わる機を窺ったかのような、絶妙な頃合いだ。
「只今、戻りましてございます」
「やはり十日は無視かのう?」
「それは分かりかねますが、すれ違い際に言伝を預かりました」
「なんと? ああ、いや――聞きたくない……が、聞いた方がよいのだろう――」
頭を抱え葛藤するフルール王。そのフルール王の葛藤が治まるのを、静かに待つ宰相。
「うむ――聞かせてみよ」
「貸一つと。そう伝えるよう申し付かりました」
国やエリオントを思って、二人を引き裂いた。
そのことは、賢いエリオントならば理解できたであろう。そう思ったが。
まさか借り扱いされるとは、何とも重たい負債を作ってしまった。
きっと、先に見せた悪い笑顔、あれは気のせいでなかったのだ。
一体、先の未来で何を取り立てられるのだろうか――と、フルール王は背に汗を流した。
「……親の心子知らず、か」
「怖いくらいに聡い子です。気付いた上でしょう」
尚の事、性質が悪い。フルールはそう思った。
「……それより宰相お主、頃合いを見て戻ったじゃろう?」
「第一王女殿下の
「当然じゃろうて? じゃが、目を瞑り横に立っておればよかろう」
「民も知らないでしょう。治世の名君の正体がただの親馬鹿であることなど……嘆かわしいことです」
「あれだけ可愛ければ仕方ないと思わぬか?」
「ええ、確かに――小さかったあの子が、国を揺るがす絶世の美女にまで成長するとは思いもよらなかったです」
「そうじゃ、美人なだけではないのだ。エリオントはのう――」
何てことない。
エリオントが、ことグラスに関して馬鹿で阿呆になってしまうのは父親譲りである。
そしてそれを止める立場にある宰相も、エリオントを実の子のように可愛がってきた。
故に、暫し親馬鹿歓談を始めることになった旧知の二人。
まさか王の執務室で、馬鹿みたいな会話が繰り広げられているとは、誰も知らなかったのである。
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