第4話 引継ぎとお願い

「まさか宰相閣下、御自おんみずからがいらっしゃるとは思いもよらず、ご免つかまつりました」


「よい。先触れ無しに訪ねたのだから気になされるな。だがしかしイヴェール卿よ、ルクス見習い騎士とて立派な淑女でもある。親代わりとしても少々、距離が近いのではないか?」


 膝枕に満足したルクスが次に求めたのは、グラスの膝に乗ることだった。

 そのルクスを膝に乗せ、片手を繋ぎ、もう一方の手で髪を撫でる。

 背中にはトールが抱き着いている。

 グラスとて、好きで双子と密着していた訳ではない。

 だが、直接訪ねて来た宰相に現場を見られてしまっている。

 双子を慌てて追い払いはしたものの、何を言った所ですでに遅い。


「耳の痛い話ですが――何分なにぶん、急に離れ離れが決まった故に甘えているのでしょう」


「それは、それは、真に耳の痛い話ですな。詫び――とまでは行かないが、少々お節介を言わせてもらおう。イヴェール卿よ、第一王女殿下から離れてすぐに、スレダの双子精霊へかまけていると、多くの者に遺恨いこんを残しますぞ? 今のイヴェール卿はただの騎士なのだ。故に、私はイヴェール卿の身を案じて言わせてもらったまでよ。お節介だったかのう?」


 嫉妬に燃える貴族からグラスを守る第一王女という盾がなくなった為、グラスは無防備に等しい状況なのだ。

 その盾を剥がしたのが、フルール王と宰相である。

 故にグラスは、一人芝居もいいところだ――と、守るべき対象に守られている事を棚に上げて、心の中で宰相に苦言を呈した。

 そして、宰相が告げてきた意味だが、

 器量よし、能力よし、礼儀よし(グラス以外)と人気を博す双子を独占するな。

 庇いきれなくなり面倒だ、宰相はそう忠告しているのだろう。

 だが、これはいい機会だ。

 お節介ついでに双子の事をお願いするか、グラスはそう思うことにした。


「滅相もござりゃませぬ。ただ、宰相閣下に心労をお掛けするのも申し訳が立ちませぬ故、あれらにはきつく言い付けておきましょう。いい加減に兄離れしろ――と」


「ほう――巣立つ双子の行く先は、皆が気になる所でしょうな。フルール王より政務なかを預かる身としては、争奪戦が勃発する前にその芽を潰しておかないと心労で倒れてしまうやもしれんのう」


 手配するから今のうちに教えろ。宰相はそう言っているのだろう。


「いやはや、恥ずかしい話となりますが――。一年後、成人を迎えるというのに、トールはまだまだ子供ゆえ、鍛える為にも養父ちちへ預けるのも良いかと考えております」


「あの才を王城ここから放すのは惜しい気もするが、辺境もまた大事な要所。それに、スレダ辺境伯なら、いかような人物でも立派な騎士に育てあげることだろうの」


「宰相閣下のお墨付きとなれば、兄としても安心できます。ルクスに関しては、侍女に出したいのですが――私は第一王女殿下の護衛に身命を注いできた為に、他は希薄な関係しか持たないのです。そしてやはり、兄としては妹が可愛いのでしょう。気心の置ける方の元で活躍して欲しいと願ってしまいます。ですが、それも中々に難しく、見つけることが叶わず途方に暮れているところなのです」


「イヴェール卿は噂に違わぬ過保護っぷりよのう。して――第一王女殿下は確か、侍女アイビーの他に、もう一人侍女を欲していた。ルクス見習い騎士なら、王女殿下の信頼も厚く、能力に疑いもないが――どうかのう?」


 過保護と言われたことに対して反論したいところだが、望み通りルクスを近衛侍女にすると言ってくれているのだ、グラスは反論を諦め、感謝を告げ、これをお願いした。

『決まりですな』と、好好爺こうこうやを思わせる笑みを浮かべる宰相。

 だが、宰相はやはり宰相なのだ。

 好好爺どころか、腹も頭も真っ黒なのだ。

 その宰相に借りを作ってしまった事は悩ましいことだが、これで旅立つ前に行う、個人的課題は達した。

 グラスがそう考えている内に目的地となる騎士訓練所に到着する。


 宰相が騎士訓練所に来ることなどあまりない。

 そのため不意に現れた宰相の姿を見た騎士たちに緊張が走ってしまう。

 同時に、宰相の隣に立つグラスに対して『余計な者を連れて来るな』と、恨みがましい視線も届いた。だがその空気を団長が一蹴。そして、喝を入れられた騎士たちは、再度、訓練へ取り組み始めた。

 騎士が集中を取り戻した姿を確認した団長が、宰相へ声を掛ける。


「いやあ、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」


「いやいや。ほんの数秒の出来事、それに団長殿の檄で見事立ち直ったではありませぬか」


「はは、確かにここは戦場ではないから許されるかもしれません。ですが、陛下やその周りを守護する近衛騎士という立場からこそ、一瞬の気の緩みも許してはならぬのです」


「なるほど、なるほど、いやはや感服致しますな。団長殿がいるからこそ、戦闘に疎い私なども安心して過ごすことが叶うというもの」


「はは、政闘に疎いそれがしが安心して励むことができるのも陛下や宰相閣下のおかげです」


「役割分担ということですな」


「ええ、まさにその通りでございます――して、本日はどのような用件で、斯様な場所へ、宰相閣下自らが、お越しになられたので?」


 近衛騎士団長は、用件を訊ねると同時にグラスを一目盗み見た。

 つまり、形式上訊ねただけであって、用件の見当は付いているのだろうとグラスは悟った。

 グラスの代わりに、一体誰を第一王女殿下の護衛騎士に任命するのか。

 近衛騎士団長はそれを宰相に訊ねているのだ。

 そして、宰相が伝えた人物の名を騎士団長が叫ぶ――。


「ローレア!!」

「はっ!!」


 妥当な人選――いや、当然の人選だとグラスは思った。

 騎士家系生まれで血筋も良く、第一王女殿下と幼い頃より繋がりもある。

 秀でた能力を持ち、理知的であり、礼節を重んじる。

『最優の騎士』と呼ばれるローレア卿が呼ばれる事は至極当然のことだろう。

 全てにおいてグラスとは真逆。これ以上にない適当な人選だ。

 グラスよりもよっぽど第一王女殿下の隣が似合う人物だ。

 グラスだけでなく訓練に励む騎士たちの間にも、そんな空気が漂ったが、続けてもう一人の名が呼ばれた。


「それからマリー!! お前もだ」

「――はっ!」


 男一人だと不便したことはあった。

 だから今度の護衛騎士は男女一人ずつ就くのだろうか。

 だが、マリー卿は今年成人を迎えたばかり。

 弓に関しては類稀なる才を持っているらしいが、実戦経験もなく、未だその名は広く知れ渡っていない。そのような人物が護衛騎士に選ばれるのだろうか。

 そう考えている内に、二人の騎士が前までやって来る。

 そして『ローレア・クスノキ・オーレア』と『マリー・ユズリハ・ロズ』の名を述べ、宰相そしてグラスへ挨拶を送った。


「正式な任命は後日くだる事になるが、ローレア卿そしてマリー卿の二人には、イヴェール卿に代わって、第一王女殿下の護衛騎士に就いてもらう」


「はっ――身命を賭して、その任、果たしてみせます」

「――はっ、しかと承りました」


「うむ、任せたぞ。イヴェール卿は三日後に発つゆえ、それまでに引き継ぎを済ませておくように。その間、訓練への参加はできないが、よいかの団長殿」


『当然です』と、うやうやしく礼をする騎士団長。

 それから――。本日の間に、護衛をしつつ引継ぎを行う。

 それに合わせてルクスを侍女見習いとして共にせよ――などの細かな事が、グラスが会話を挟む間もなく、次々に決まっていく。

 そもそも三日後に発つなど今初めて聞いた。

 もしやルクスはこれを予期したから、三日間、愛でろと要求したのだろうか。

 もしもこの予想が正しければ、相変わらず逝かれた頭をしている――。


 グラス、スレダ兄妹、ローレア、マリーらが、昼食後に王の間で集まることが決まり、一度解散となったのだが。


「イヴェール卿よ、用途の分からぬ鉄で造られた大筒が見つかった。ちょっと見てはもらえぬか?」


 昼までには時間に余裕もある。それに、宰相からの頼みを断ることなどできないグラスはこれを了承したのだが、「ついでに運搬も手伝え」と、宰相直々に任を頼まれたことで、昼食を食べ損ねる事が決定したのだ。

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