第3話 精霊? いえいえ妖精です
「あれー? あに様どうしたー? まだ昼間だぞー? 珍しいなー? 王女様は一緒じゃないのかー?」
「だめよ、トール……察するにグラス
「……トール、そしてルクスよ。ワレはうぬらに用事があった。だが――何故に呼び出すよりも前にうぬらがワレの部屋におるのだ?」
王の間から居へ移動したら先ず、
宰相からの遣いが来る前に考えを整理しようとグラスは考えていた。
だが、部屋に入ったグラスの目に映ったのは、
本来、訓練に励んでいる筈の双子の姿だった。
しかも、訓練を怠り、ただ部屋へ侵入しているだけではない。
鎧は部屋の片隅に脱ぎ捨てられ、普段着で寛いでいるのだ。
双子の兄『トール・
双子の妹『ルクス・
「そんなのはー? 決まってるだろー? あに様が部屋にいないからだろー?」
「ダメよ、トール。それはルクスたちだけの秘密でしょう?」
「つまり――うぬらは、日常茶飯事的にワレの部屋に入り浸っていると?」
無断で人の恥部にも等しい日記を覗き、私物を漁る。
見習いとは言え、騎士にあるまじき行為だ。
故に、返答次第では罰を与えねばならない。
それは、双子の上官として、義兄として、保護者としての責務である。
「んー? あに様の言う通りだなー?」
「ダメよ、トール。それでは誤解を与えてしまうわ。ルクスたちはただ、グラス
「……国で一番安全なこの王城で、しかも、この侘びしい部屋の何を何から守護する必要があると? 聞かせてみろ」
「決まってるだろー?
「だめよ、トール。グラス兄様はへっぽこで間違いないけれど、気にされているのだから。言ってはだめ。でも、そこがまたグラス兄様の素敵な所……チラ」
「ふー……ワレは、うぬらの育て方をどこで間違えてしまったのか」
双子はクスクスとイタズラに笑い、仲睦まじく手を繋ぎ、器用に回り始めた。
机と寝台を置いたら他の家具は置けない程に、狭い部屋の中でだ。
もっと詳細に述べるなら、グラスを囲むように手を繋ぎ、グラスの周りを回っているのだ。
その様子はまるでイタズラ好きな妖精。
金色の髪と碧眼を持つトール。白銀色の髪と碧眼を持つルクス。
その髪は、普段なら鑑賞する価値のある綺麗な髪色かもしれない。
だが今は、視界の端をチカチカさせてくる不快なものへと変貌した。
(大人しければ、精霊と言っても過言ではないのだがな)
神秘的な雰囲気を持つ双子なだけに残念だ、グラスは常々そう思っている。
昔、五稜の地で捨てられていた双子。頬はこけ、
その
養父の言ったことは正しかった。
この二輪の花はとんでもない棘付きの
事あるごとに悪戯を仕掛け、グラスを困らせてきた。
だがグラスは、甘えることを知らなかった子供ゆえに、こやつらは義兄となったワレに甘えている幼子――そう考え、大目に見ていた。
けれども、現在は十五の歳。一年後には成人となり、一人前の大人となるのだ。
いい加減に落ち着きを持ってほしい。
グラスは義兄そして、親の心として、そう思っている。
「あに様嫌な事でもあったのかー? トールを抱っこするかー? いいぞー?」
「駄目よ、トール。それは許さないわ。抜け駆けなんて絶対に駄目。トールを抱くとおっしゃるなら、その前にルクスを抱いて下さいまし、グラス兄様……チラ」
「ええい、鬱陶しい――」
グラスの手を取り、腕へと抱き着いてきた双子を乱暴に振り払った。
「わー、あに様ひどいぞー?」
「だめよ、トール。これはグラス兄様の照れ隠しなのよ。酷いと言ってはだめよ。グラス兄様がルクスたちへ向ける愛なのだから、ルクスたちは受け止めてあげないと」
「真面目な話だ。すぐに知れ渡るゆえ伝えておく――」
グラスが何をどう返事した所で、都合の良い様に解釈する双子。
時間を取り、相手してやることも暫しできていなかった。
故に、頬を緩くさせ無邪気に纏わりつく双子の相手をしていたのだが。
(もう十分だろう)
そう考え、グラスは先の王の間であった話、養父が治める”イヴェール”の地へ最低でも三年の間、行くことが決まったと伝えた。
そして、その話を聞いた双子は声を揃えて、どちらを連れて行くのかと聞き返した。
「そう急くな。うぬら一方を呼ぶは、一年後の成人を迎えてからとなる。その時までに考えておく」
側に置くのはトール一択。グラスの中ではすでに確定している。
だが、言えば面倒になる。
そう分かっていた為に濁したのだが――。
良い意味で頭の出来がおかしいルクスにはお見通しだった。
「おー、存分に考えろー?」
「駄目よ、トール。あなたばかり狡いわ。置いて行かれるのはいつもルクスばかり。グラス兄様がルクスに与える愛の試練だとしても面白くないわ。今度ばかりは、ルクスは譲らない」
「仮にそうだとして……愛の試練だと言うなら、その試練を乗り越えてもらいたいものだな」
「倒したら――――いいことあるかー?」
「駄目よ、トール。これはルクスに与えられたルクスとグラス兄様が愛で結ばれる為の試練。だからトールが倒しては駄目よ。グラス兄様を
瞬きの間に、グラスの背後を取ったトール。
目を濁らせ、息を荒くさせ、にじり寄りながら説得を調教と言ってのけるルクス。
(何とも――非才のワレの手には余る)
グラスは内心でそう呟き、溜め息を吐き出した。
昔拾った二輪の花は、人目を惹く綺麗な華へと成長して見せた。
だが、成長したのは器量だけではなかった。
近衛騎士や貴族、大臣、フルール王から将来を有望視される程の、非凡の”才”を持っていたのだ。
「うぬらは、いい加減に兄離れした方がよい」
グラスは双子の才を埋める様な真似などしたくないのだ。故に、グラスを踏み台にして、空高くまで羽ばたいてもらいたい。自身の幸せの為、エリオントや国の為、活躍してほしい。グラスは切にそう願っている。
「それは無理な相談だなー?」
「だめよ、トール。グラス兄様の頼みを頭から否定してはだめ。受けた振りをしてから徐々に改心させないとだめよ」
「ワレはうぬらが、ちと怖いぞ」
どこか疲弊した様子で、グラスは寝台へ腰かけた。
「安心しろー? あに様はトールが守るからなー」
「だめよ、トール。グラス兄様が窮地に陥ってから、颯爽と駆けつけないとだめよ。恩を売るなら吊り上げてからでないと。その方が効率もいいでしょう」
数年前のことだ。グラスが『金が足りぬ――』そうぼやいたことで、ルクスはグラスから僅かな資金を借り、王都で商いを始めた。
香りを身に纏わせる”
その商人的でいて政治的な発想が頼もしくも、どこか怖い、グラスはそう思っている。
「あれー? でもなー、ルクは――――」
「だめよ、トール。言ってはだめ。グラス兄様を
非才であり心配性な性格をしているグラスは、身に降りかかる火の粉が身に触れる前に火の粉を振り払うので必死だ。
故に、情報収集を得意とするルクスを筆頭にして、人一倍情報収集に余念がない。
だが、そんな話は初めて聞いた。報告にすら上がってきていない。
グラスへ報告する必要もない些事とルクスは判断したのかもしれないが、その些事に何か大切な情報が隠されている可能性もある。
ルクスが見落とすとは考えられないが、報告は上げてほしい――いいや、上げろ。
グラスはそう命じようとしたが、その前に双子は口を開いた。
「腹が減ったなー? ルク食堂いくぞー?」
「だめよ、トール。少しだけ待って。グラス兄様? 今日から三日間はルクスを存分に可愛がって下さいまし。そうしたら、愛の試練も頑張ってみせますわ。必ずや乗り越えてみせますわ」
餓死寸前まで陥った臨死体験が、渇望する思いが、
トールに食への欲求を深くさせた。
ルクスに愛への欲求を深くさせた。
故に、双子の腹や心が存分に満たされることをグラスは願っている。
だが、今は違う。それとこれとはまた別の話だ。
昼の刻まではまだ一時間ほど残されている。
いや、その前にこの双子は訓練を抜け出している。
それを正さなければならない。
「ふー……仕方あるまい。だが、褒美も食事も訓練を済ませてからだ」
「終わってるぞー?」
「ダメよ、トール。それは内緒にしておいた方が良かったわ。グラス兄様のことですから、余裕があると
双子に課している訓練は、グラスが一日掛けてする訓練と同様の内容だ。
それだと言うのに、昼の刻を迎える前に終わらせている事実に、グラスは目眩を覚えながら寝台に腰を下ろした。
そのグラスの内心を知ってか知らずか拘わらず、ルクスは寝台で横になり、頭をグラスの膝へ乗せた。
香花水を付けたと言った髪に触れるルクスのその表情は、喜色に染まっており、今か今かと待ち焦がれている様子だ。
「ふー……これで勘弁しろ。それと、今日のルクスもいい匂いだ」
グラスはそう言って、トールへ
「すーすーするぞー? ルクは気持ちよさそうだなー? ずるいぞー?」
「駄目よ、トール。あなたは一年後存分に可愛がってもらえるのだから、我慢しなさい。それよりも――ふふふふふふふ、嬉しいわ。グラス兄様の愛が、グラス兄様の手の平を通してルクスの頭へと滲入してくるのが分かりますわ。三日間、ルクスの脳一杯に愛で埋め尽くして下さいね?」
「ならばワレの指示にしかと従え。さすれば手も握ってやるぞ」
「踏んだり蹴ったりだなー? ルクよかったなー?」
「だめよ、トール。グラス兄様に首輪を付けられ踏まれたり蹴られたりする、はしたない願望は胸の内に秘めておくべきことよ。それに、それを言うなら至れり尽くせりよ。それとグラス兄様? ルクスと手を繋ぎたいのはグラス兄様の方でなくて?」
「もう――好きなように捉えよ。指示に従うならば、何でもよい…………」
双子の相手に疲れたグラスは投げやり気味のそう言い放った。
やはり双子はその言葉を都合よく解釈して、好きなようにグラスの手を取り、『薄荷くさい』と文句を言いながらも、身体を擦り寄せ纏わりついた。
そしてその状況は、宰相がやって来るまで続くことになったのだ。
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