第一章 「旅立ち」

第2話 追放

 二人が投げ交わすどこか緩い会話。だが、それもここまでとなる。

 到着した王の間には、宰相を含む国の重鎮たち召集させられ、どこか殺伐とした空気が流れていたのだ。

 そして、エリオントとグラスが最後の到着となり、二人が位置に着いたところで、フルール王が呼びかけた。


「皆、集まったな。楽にしてよい――――」


 許しが出た為、順に頭を上げていく。

 最後にグラスが頭を上げた所で、王が説明の続きを話し始める。


「すでに聞き及んでいる者たちばかりであろうが、つい先ほど、八ヵ国から親書が届いた。内容はいつもと変わらん。我が愛娘、エリオントを望むものだ」


 先の茶会での会話、そしてフルール王が言った通りの内容であれば、国の重鎮たちを召集する必要などない。

 正式な親書と言えど、エリオントを望む声など日常茶飯事であるからだ。

 それなのに召集された。そして、アイビーの報告では八ヵ国から親書が届いたとあった。

 つまり、ここから本題に入る。

 内容を知るフルール王、そして宰相以外の全員が、王の言葉を待つと共に”アントリュー帝国”の思惑について思考を巡らせている。


「今回、アントリュー帝国、第二代目帝王”ヴァーミン・アントリュー”が七ヵ国同様にエリオントを望んできおった。現に結ぶ技術同盟よりも強固な、国と国とが結びつく同盟関係を築きたい。そう申しておる。余や宰相の考えを皆に伝える前に、皆の考えを聞かせてほしい。咎めはせん。好きなように述べよ――――」


 現フルール王と初代帝王が七年前に結んだ技術同盟とは。

 期間を十年間とし、アントリュー帝国が独占している製鉄技術を供与する代わりに、フルール王国が持つ花卉かき栽培技術を提供してほしい――と。

 アントリュー帝国から願い出たことで結ばれた同盟だ。


 現在フルール王国の南西に位置するアントリュー帝国とは国境を接しているが、当時は小国が乱立していた為、国境を接していなかった。

 そして大陸中央に位置していたアントリュー帝国もまた、勢いはあるものの小国と呼ばれる国であった。

 戦争国家でもあるアントリュー帝国との同盟について、フルール王と宰相は難色を示した。

 鉄製品の輸出を禁止、自国のみでの使用という条件が危険だと言って。

 だが、多くの者が同盟に賛成する意見をあげた。

 地政学的危険度も低い。

 フルール王国が差し出すのは、独占している花の種子ではなく、一般的な花卉かき栽培技術のみ。

 故に、頭を悩ませた。


 青銅を主流とした東の海洋大陸に、空から落ちてきた隕石鉄群。

 その隕石鉄群は、アントリュー帝国が治める”ツキミソ”を壊滅させた。

 まさしく天災そのもの。悲運に見舞われた帝国だった。が――。

 その隕石鉄の落下した地で、地下遺跡が出現したのだ。

 クーラ遺跡と名付けられその場所から、失われた製鉄技術を記した古文書や施設、燃焼石が発見された。

 そのことによって、アントリュー帝国は製鉄技術を確立させ、受けた被害の何倍も国を豊かにさせていった――。


 青銅よりも強度があり、加工も容易い。

 農具や武具、建造物などなど――鉄がもたらす恩恵は計り知れない。

 同盟を結ぶことで得られる製鉄技術があれば、民の暮らしも良くなる。

 そう考えた結果、技術同盟が締結されるに至った。


 鉄製農具の普及で作業効率が約四倍となり、肥沃ある土地が作られた。

 農作物の収穫量が何倍にもなり、投資した以上の回収が見込める。

 また、鉄製車輪の誕生も農耕に一躍かったが、車輪は乗り物としても素晴らしかった。

 人や物資の移動を劇的に変化させたのだ――。

 鉄製品が普及したことで、予想した通りに、さまざまな恩恵がもたらされた。

 民の暮らしにゆとりが生まれ、経済が巡り、たった七年で、フルール王国を大陸一番に活気あふれる国へと変えたのだ。


 強固な同盟を結ぶのか、現状を維持するのか、破棄するのか――。

 それらが返答次第で決まることになる。

 だが、すでに製鉄技術はフルール王国でも確立している。

 そしてこの七年間、帝国によって滅ぼされた国々を考えれば、返答は決まってくる。

 故に、召集されたすべての者が同様の考えにまで至った。


「――陛下。同盟を結ぶ意はすでに失しているものかと存じます」

「左様にございます。我らは製鉄技術を確立させてございます」

「帝国はすでに国境ウグイノスと接しております。同盟を継続するには危険すぎます」

「我が国の宝石。第一王女殿下を差し出してまで結ぶには信頼もおけません。いつ裏切るやも分かりませぬ」

「左様です。この七年、帝国と国境を接した国々がいかようになったかを考えれば、我が国が取る対応も自ずと決まって来るかと存じまする」


「皆は――戦争をも辞さぬと言うことかの?」


 静かに耳を傾けていたフルール王が告げた言葉。

 召集された臣下の意見を要約すると、そう言う事になる。

 だがその一言で、白熱していた場が急激に静まり返ってしまった。

 アントリュー帝国と技術同盟を結んだ七年どころか、フルール王が即位してから二十年、フルール王国は戦争を行っていない。


 北海の地に位置する未開拓地に存在する民族との小競り合いはあったが、国と国とがぶつかり合う戦争は政治をもって回避してきたのだ。

 民に安寧をもたらし治世を築いたフルール王が名君と謳われる成果と言っていいだろう。

 反対に、アントリュー帝国は戦に明け暮れる強国だ。

 連戦連勝の無敗。近隣の小国だけでなく、アントリュー帝国より高い国力を有していた国でさえも滅ぼされている。

 故に、開戦のきっかけとなる言葉、責任を負いたくない者たちが皆、口を噤み、フルール王から目を逸らしたのだ。


 だが――その中でも一人だけは違った。

 そしてフルール王はその者の意見を聞く為に、質問を投げ掛けた。


「エリオント、お前の考えを聞かせてみなさい」

「わたくしの前に騎士様のお考えを、お聞かせください」

「――――」


 護衛騎士として同席は認められているが、身分が低く、発言の自由を認められていないグラスは、フルール王からの許可を待つ。


「発言を許可する。グラス、申してみよ」


「は――僭越ながら申し上げます。ワ……私は、ひと先ず留保するのがよろしいかと」


「留保と、な――ふむ、その理由わけを委細構わず述べよ」


「は――結論から申し上げますが、開戦は避けられませぬ。故にその準備期間を得る為に、最低三年間はのらりくらりと明確な返事をかわし、同盟を維持、その間に軍備を整えつつ、帝国領と隣接する国々と友好を結ぶことが最善かと愚考致します」


「三年、つまりは技術同盟の残り期間を申しておるのか? じゃが、帝国がそれまで待つとは考えにくい。皆が申すように、破棄することなど目に見えているからのう。その辺はどう考えておる? 聞かせてみよ」


「は――技術同盟と合わせて、エリオント第一王女殿下が婚姻可能となる十六の歳までも三年間。さらには天の采配と言えましょう。神に仕える一族、神ノ御子様がカンゾウ島から三年間の留学にいらっしゃります。彼の帝王が敬虔けいけんなる信徒かどうか定かではありませんが、連戦続き、敵国に囲まれる状況や、国力から逆算するに、三年の内は神ノ御子様を存するフルール王国へ弓引く可能性は低いと愚考いたします」


 グラスはここで言葉を切り、再度、頭を垂れた。

 フルール王がそばに控える宰相へ何かを指示すると、宰相は王の間から退室していく。

 次にフルール王は、グラスが言ったことに反対する意見があるかどうかを見定めるに、王の間を見渡す。明言するような言は飛ばないが、反対する様子は見えない。

 そのことを確認してから、フルール王は再度グラスへ質問を投げ掛けた。


「ふむ――よく分かった。グラスよ、エリオントとヴァーミン・アントリュー帝王の婚姻が成った場合の考えは皆と同じか? 述べてみよ」


 グラスは迷った。

 フルール王がする質問に返答を続ければ、最終的に反感を買うと理解していたからだ。

 王や宰相は許すだろう。

 だが、間違いなく他の大臣や貴族たちが渋面を作ることが容易に予想できたのだ。


 第二代目帝王ヴァーミン・アントリューには正妃がいる。

 自国よりも小国である帝国に、エリオント第一王女殿下を第二妃として送り出すことも問題にすべきことだ。

 だが、それは条件次第で解決できる問題でもある。


 真の問題は、彼の帝王には正妃だけでなく第六妃まで存在していることである。

 国を存続させるに、複数の妃を囲うことは王の務めだと貧しい出のグラスでも理解している。

 けれども、エリオント第一王女殿下の立場がいかようになるのか心配なのだ。

 まさか我が国の秘宝を第七妃として求めているのだろうかと。

 万一にもそのような申し出であるならば、不遜不敬にも程がある。

 のらりくらり返事を濁らせたりせず、即座に同盟破棄すべき事由でもあると考えている。

 グラス本人としては、幼き頃より見守ってきたエリオント第一王女殿下の幸せが第一優先だ。


 けれど、王の立場から見ると異なってくる。

 数万歩譲ったとして、エリオント第一王女殿下が嫁ぐことで、国や民の平穏が約束されるならば、一考の価値はあるかもしれない。

 だが、召集された皆が言った通り帝国は信用できない。

 それは、第二妃から第六妃の国が滅んでいることが何よりもの証明だ。

 故に、自身の想いを省き、それらを付け加えて開戦準備を進めた方がいいと進言したのだが――。


「戦争が始まれば割を食うのは決まって民だ。回避する手立てはあると思うか?」


 予想した通りの返答に思わず内頬を噛みしめてしまう。

 争いを好まない優しいフルール王は、治世では名君と謳われる。

 グラスとて、フルール王には世話になった。

 不敬になる為、口にすることは叶わないが実の父のように慕っている。

 けれど、このまま乱世へと突入すれば、間違いなくフルール王国は領土を減らすことになる。

 最悪の場合、滅亡まで一直線の可能性すらある。

 いくら国力が高かろうと、経験が違う。フルール王国は二十年もの間、戦争知らず。

 故に、今のままでは帝国の軍事力に遠く及ばない。

 それくらい厳しい状況ということを、七年前に技術同盟を持ち掛けられた時。

 その時から帝国を警戒していたからこそ、グラスは知っているのだ。

(嫌な役回りだ)

 そう思いながらも、グラスは告げる覚悟を決めた。


「貧しい出ある私からすれば、民を思う陛下の気持ちに感服するばかりでござりまする。しかしながら、私などでは回避する手段が到底考え付かず、陛下の心を患わせてしまうことは心苦しいのですが――――恐れながら進言致します。彼の帝国に隷属された国の民がいかような目に遭わされているのか、考えるに惨たらしい惨状でございます。そして、現状に甘んじていれば、フルール王国とて同様の路を辿ります。故に、民の為に民を戦火に巻き込む覚悟を陛下に持って頂きたいと願います」


「陛下を愚弄するかッッ!!!」

「護衛騎士は我が国が負けると申すかッッ!!!!」

「調子に乗るな若造がッッ!!!!!!」

「我が国とて、軍神の子孫を有しておるわ!!!!」

「左様!! 成り上がりの帝国などに負けはせぬぞ!!」

「陛下!! やはり貧民は貧民でござりましょう。初めから負け根性が染みついている斯様かような臆病者などに、第一姫殿下の護衛騎士など重すぎたのです」

「左様!! 今からでも遅くはございませぬ。即刻、品位ある者へ変更すべきです」


 やはりこうなったか――と。グラスは心の中で大きな溜め息を吐き出した。

 一向に止まる気配のない罵詈雑言の嵐。グラスはその中心で嵐が過ぎ去るのを待っている。

 ついで言うならば、軍神の子孫殿とて戦は未経験。

 戦争生息子どうていも同じだろうよ――と。

 グラスが説明せずとも、フルール王なら最初の段階で理解できていたはず。

 にも拘らず、委細述べよと命じた理由はこの状況を作りたかったからだろう。

 その詳細な理由までは分からないが、退席した宰相がその答えを持ってくるのだろう。

 グラスはそう嫌な予感を覚えていた。

 それと同時に、エリオントの忌諱きいに触れる言が飛ばないかと、グラスは内心で冷や冷やしていた。


 だが――。エリオントの忌諱に触れることもなく、フルール王が止めることもない内に、王の間が静かになっていく。

 聞くに堪えず、途中から聞き流していたが、おそらくは言い尽くしたのだろう。

 そう思っていると、エリオントが小さく呟いた。


「(お父様もお人が悪い。ですが――ふふ。利用させていただきましょう)」


 何のことか分からない。けれど、フルール王の考えがエリオントには分かったのだろう。

 聞きたい、けれど聞くのが怖い。

 今のエリオントには触れたら火傷する。そんな雰囲気が漏れ出ている。

(お転婆姫の再来か)

 グラスが内心で自称気味に半笑いしていると、頭を下げている内に戻って来ていた宰相から下知が伝えられた。


「騎士グラス・氷海コウミ・イヴェールよ――――以前より第一王女殿下の護衛騎士として相応しくない振る舞いや言動が目立っていた。そして先の発言は第一王女殿下を守護する騎士として見過ごすことのできない発言であった。よって、騎士グラス・イヴェールの第一王女殿下護衛騎士としての任を解く」


 フルール王は自由な発言を認める御免状を出していた。が、それは大臣や貴族などに対しただけだ。

 グラスに意見を求めた時は何一つ御免状を告げていない。

 故に、下知は適当なものだろう。だけれども。

(何とも面白くもない結果だ)

 渋面を作りたい衝動に駆られつつも、グラスは冷静に返事を戻したのだが、グラスへの命令はこれで終わりでなかった。


「また、グラス・氷海コウミ・イヴェールには北海に所在する五稜ごりょうの地への赴任を命ず――」


 なるほど、これが本当の狙いか――と、グラスは悟った。

 そしてその予想通りの言葉を宰相が告げてくる。


「五稜の地を守護するスレダ辺境伯と共に、全身全霊でフルール王国繁栄の為に北の未開拓地”イヴェール”の開拓へ励め」


 騎士に叙勲されると同時にグラスが姓として選んだ”イヴェール”。

 それは、北の未開拓地の名が由来となっている。


「――は。仰せのままに」


「後ほど遣いを出す。それまで居で控えていよ――」


 王族に仕える近衛騎士。それも、誰もが憧れる第一王女殿下の護衛騎士から一転。

 北の未開拓地の開拓命令。

 いわば左遷だ。

 そのため、グラスへ嫉妬していた者たちはこの命令に、そして、王の間から立ち去るグラスに対して、ほくそ笑んだことだろう。

 だが、グラスそしてエリオントは異なる意味で捉えていた。

 フルール王はグラスに『期待』しているのだ。


 北の未開拓地出身のグラスが護衛騎士にまで上り詰めたきっかけ。

 その功績は何といっても、九年程前のおよそ十の歳頃に北の未開拓地の一部、旧五稜の森を解放、そして――。開拓基盤となる足がかりを作り上げ、今もなおフルール王国の生活を豊かにさせている、古代種”向日葵ひまわり”を発見、フルール王国に献上したことだ。


 その地への赴任、そして開拓命令が意味するのは、つまるところ新たな資源を発見しろと言っているのだろう。

 やたら滅多ら資源など見つかるとも思えない。

 しかも期限が三年という余りにも短い期間だ。

 もしかすれば他の狙いもあるのかもしれないが。

(何とも期待が重いな……)

 下手したら、フルール王国が滅亡する前に首が飛ぶ可能性の方が高い。

 まあ、精々――久方ぶりの、過酷な里帰りを楽しむとしよう。

 もしも新種の花でも見つかれば、その時は三年後、エリオントが成人する十六の歳に贈ってやるか。

 そう無理矢理に言い聞かせ、左遷される者には見えない程に堂々と前を向き、王の間を退出しようとした寸前。


『ふん。能無しにはお似合いの末路だ――――』と、グラスの耳へ届いた。

 グラスを能無し呼ばわりすることは、例えグラス本人と言えどエリオントは許さない。

 そしてその事は、王の間に召集された者なら知っている。

 エリオントの忌諱に触れる言葉を吐いた人物は第一王子だが、声だけで判断するのはグラスには難しかった。故に。

(とんだ間抜けがおったものよ)

 と、心の中で不敬にもあたる言葉を呟いた。


 笑顔の仮面を被り、静かに、淡々とエリオントが刑を執行する。

 思い出すだけで背中に嫌な汗が噴き出る過去の記憶。

 真綿で首を締める様に話を進め、徹底した理詰めが執行されることに対してグラスは。

(ご愁傷さま)

 と、最後にもう一度だけ内心で同情する言葉を呟いてから、王の間から追放されたのだ。

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