第41話 四世議員の環境大臣
「はい。少し長くなりますが」と前置きをして、鷹高田は説明を始めた。「環境省は省庁の中では新しい部類に入ります。ですから、省庁における地位となりますと高いとは申せません。そんな環境省には、内部の人間のほとんどが共有している望みがあります。それは、環境大臣経験者の中から総理大臣を出す、ということです。そうすることで外務省や財務省などと肩を並べたいと考えているのです。そのため、この前の内閣改造に際しても大臣には大物議員を望んでおりました。そして、そのための根回しは順調に進んでいたのです。
ところがです。土壇場になって大臣には後権田さんが決まってしまったのです。聞くところでは、派閥の相当強いごり押しがあったそうです。後権田さんほどの当選回数の方が大臣未経験ですと、下の方が困るというのが理由だったそうです」
「なるほど」と無草は頷いた。
「その就任会見で先程の発言が飛び出してしまったのです。もちろん一番非難されたのは後権田さん自身ですが、事務次官を始めとして環境省の幹部も対応に追われたようなのです。それに、まあその際、後権田さんのお役人に対する態度が横柄だったこともあって、後権田さんとお役人たちとの関係がギクシャクしてしまったそうなのです」
「確かに、環境省の人たちとしてはたまったものじゃないね」
「はい。それで省の幹部たちは、今回の会議には後権田さんの代わりに副大臣に出席してもらう方向で検討を始めたそうです。そうなると、出席トップが大臣から副大臣に格下げになってしまって、日本の意気込みが疑われることになる訳です。ですが、仮に後権田さんが前回と同じようなことを繰り返した場合には、取り返しのつかない事になってしまいかねません。その両方を天秤に掛けた結果、副大臣出席の方がまだ良かろうという判断になったようです。それに、この副大臣は環境省のお役人出身の方で、環境族では将来のエースと目される方です。今回の会議には以前から関わってこられていましたので、全体の事情にも通じていて好都合な訳です」
「なるほど。でも、後権田の方は出席するつもりでいるだろうから、勝手に決める訳にはいかないでしょう」
「はい。その点ですが、今回の会議と比べて同程度に重要な用件を見つけて、後権田さんにはそちらに対応をしてもらおうということになっていました。国会議員とお役人とでは『重要』の基準が違いますので、後権田さんの気に入りそうな、目立つ用件を見つけて上手く説明しさえすれば、説得できるだろうと踏んだようです。もっとも、用件の方は見付けるというよりも、作り出そうとしていたらしいのですが」
「ふむ。お役人ならそういうことは得意そうだね」
「ところがです。そのやり取りの内容が後権田さんに伝わってしまったのです。何でも打ち合わせの内容を書いたメールが、間違って後権田さんに届いてしまったようなのです。それに、間の悪いことに、メールの中には穏やかではない内容も書かれていたようです」
「穏やかじゃない、ですか。それはどんな内容なのかな?」と無草が聞いた。
「はい。『あの大臣には期待すること自体が無理だ』とか、『せめて足だけは引っ張らないで欲しい』とか、そんなことのようです」
「なるほど。でもそんなのを見たら、今度はゴゴンタケの方が怒るだろうね」
「はい。それで、大臣の方から『お前らの手は借りん。こっちで勝手にやる』という宣言が飛び出たということです」
「そうでしたか」
「環境省の幹部は随分と驚かれたようです。ですが、『起きてしまったことは仕方がない』と、最後には諦めの境地に達したそうです」
「まあ、何もできないだろうね。それでゴゴンタケは?」
「後権田さんの方はですね、威勢よく啖呵を切ったまでは良かったのですが、怒りが収まって冷静さが戻って来ると、当惑してしまったようです。後権田さんは会議などの挨拶でしたらお得意のものですので、それだけなら何とでもできる、という自信はお持ちです。
ですが、今回、環境省の狙いがそれ以上のものであるということは、後権田さんもご存じです。ですから、ここで結果を出して自分を馬鹿にした連中を見返してやりたいと、お考えなのです。でも、それを上手くやり遂げることができるかとなりますと、そこまでの自信はお持ちではないようです。そこで、知り合いの新聞記者に相談なさいまして、先生のことをお知りになった、という次第です」
「なるほどね」と、無草は応じて聞いた。「ゴゴンタケには何人も秘書がいると思うんだけど、その秘書たちに手伝ってもらっても難しいということなのかな。政策秘書の人もいるのでしょう」
「はい。それが、秘書の方々は皆さん良い人たちなのです。挨拶などはまめになさるのですが、演説とかそういった方になりますと、どうも皆さん苦手のようです」
「ふむ。確かに私も夏祭りなんかでゴゴンタケの秘書らしい人は見掛けたことがあります。腰の低い人のようには見えたけれどね」
「後権田さんは、先生がお書きになったものを全て手に入れてお読みになったそうです。賛成の立場、反対の立場、いずれの立場でお書きになる場合にも論の組み立てがしっかりしていて、その上難しい言葉は少なくて分かり易い、と随分感心なさったそうです。それで、あの投稿のような感じで、つまり、あまりお役所っぽい言葉を使わずに分かり易く、それでいて基本になるデータはきちんと押さえている的確な分析の演説を書いて貰えないかと、そういう依頼が新聞社を通して我が社にございました」
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