第39話 新聞投稿の『稿料』
無草が鷹高田の顔を見ると、鷹高田が聞いてきた。
「失礼ですが、先生は、それを謝礼なしにやっておいでなのですか」
「うん、君が『稿料』という意味で言っているのなら、その通りだよ」と無草が答えた。「だけど、新聞社のグッズなんかは有り難く貰っているよ。その辺にもあるでしょう」
そう言われて鷹高田が無草の指す方を見ると、新聞社のロゴマークの付いたノートやらボールペンやらが、山になっていた。
「こんなのもあってね」と、無草は紙切れを引き出しから取り出して見せた。「どうだい、君、行ってみないかね」
鷹高田が紙切れを受け取って見ると入場券だった。鷹高田は、新聞社が持っている野球チームの試合のものなら貰おうかと思った。だが、無草が渡したのは『大歌舞伎小道具展-併設隈取体験会』、『漫画同人誌原画展-埋もれた新人の発掘』など、どれも相当なマニアだけが喜びそうな展覧会のものだった。
鷹高田は「せっかくですが」と断って、入場券を無草に返した。
「他にも販促に使う油や醤油、それに洗剤、時には広告を出した企業のお試し品なんてのも送って来てくれてね、妻は重宝して使っているよ」
「そうですか」と鷹高田は答えた。そして、改めてグッズに目をやった。グッズに記された新聞社の名前を見ると、気になることがあった。新聞社の名は一つだけではなく、日刊紙のほとんどの名前を見付けることができた。そこで、無草に聞いてみた。
「新聞社は一つだけじゃないようなのですが」
「うん、そうなんだ。いつもの新聞社の頼みを続けていたらね、どこで聞きつけてきたのか分からないんだけど、他の新聞社からも頼まれるようになったんだよ」
鷹高田は呆れて返す言葉がなかった。
そのとき無草の携帯が鳴った。
「ちょっと失礼」と断りを入れて、無草は携帯を手にした。「やあ、あなたですか。今日は」
そうして、「ふん、ふん」と答えながら聞いていた無草は、原稿用紙にメモを書いてから、「分かりました」と答えて電話を切ろうとした。
そのとき、鷹高田が手を伸ばし、無草から携帯を奪った。
「もしもし、電話代わりました」と言って、話し始めた。「電話の内容を伺っておりましたが」と、鷹高田は強い口調で相手を詰問し始めた。早口でまくし立てるので、よくは聞こえてこなかった。だが、「報道人としての矜持」、「社会の公器」とういう言葉が聞き取れた。無草は、鷹高田が憤りを抑えられないのだろうと思った。
その遣り取りがしばらく続くと。次第に口調が穏やかになってきた。
「なるほど、そちらのお立場も理解できます。しかし、それでは一方的との非難は免れないでしょう。双方が折り合えるところを探るべきではないでしょうか。はい、はい」
そして、「それじゃあ、そういうことで」と言うと、鷹高田は携帯を切って無草に返した。
鷹高田は、無草が原稿用紙に書いたメモを確認してから無草の方を向き、そのメモを指差しながら言った。
「先生。先生はこれに従って執筆を続けて下さい。私は新聞社に行って参ります。明日にもご連絡差し上げます」
鷹高田はきっとした顔付で無草の顔を見ると立ち上がり、部屋を出て行った。目付きはもう沈んでいなかった。
無草は呆気に取られ、鷹高田の様子を唯々見ていた。
翌日、鷹高田が連絡を寄こした。
「先生。昨日はろくにご挨拶もせずにお暇してしまい、失礼致しました。あの後新聞社に行ってきちんと話を付けて参りました。中途半端なグッズを対価に先生に執筆をお願いするようなまねを、今後二度とはさせません」
無草は要領を得ずにいた。鷹高田は無草の返事を待っていたのかも知れなかったが、しばらくして続けた。
「これまでと同様という訳には参りませんが、『稿料』の方は間違いなく新聞社に支払わせます」
そう言うと鷹高田は電話を一方的に切った。
新聞社との話を、鷹高田がどのように進め、どう取り決めをしてきたのかは分からなかった。だが、いくらであってもグッズを貰うよりはましだ、と無草は思った。
出版業の先が見通せない中、鷹高田はマネージメントに活路を見出したようだ。
それ以降、新聞社からの依頼は鷹高田を通して伝わり、少額ではあったが『稿料』も振り込まれるようになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます