第16話 『マダムX』シリーズ

 「それで、でございます」と、無草を納得させたと見て取った鷹高田が言った。「社長が申しますには、このシリーズは、『毎月配本とし、一回の配本は五冊』にしたいと言うのです。そして、今回この企画の端緒になりました、子供たちの自伝での発注契約を生かしたいということもありまして、第一回の配本を来月二十五日とすることに決めました。そうすることで、何とか違約金だけは回避したいと考えております。


 初回、五冊同時配本の件は、『マダムX』のお披露目発表会の際、合わせて発表することになっております。それで急で申し訳ないのですが、先生、今月中にもう四冊の執筆をお願いしたいのです」

 「何だって、今月中にもう四冊だって?」と、無草が驚いて言った。「そりゃどう考えても無理だろう」


 「先生」と、鷹高田が体を乗り出して言った。「これは、先生という存在があって、初めてスタートさせることのできた企画でございます。先生に弱気になって頂いては困ります。是非とも書き上げて頂きたいと存じます。この通りでございます」

 鷹高田が両手を付いて頭を下げた。そして、姿勢を元に戻すと、懐から紙を取り出して言った。


 「どうぞこれをご覧下さい。私もこの通り、微力ながら努力しております。少しでも先生のお役に立つかと思いまして、会議中ではありましたが案を出して参りました」

 紙には四組のカップルの、名前と職業だけが書いてあった。


 如月 麻紀   ピアニスト    高田 賢太   建築家

 

 戸田 さなえ  歯科技工士    園田 郁人   パティシエ

 

 緒川 美奈子  デパート店員   波多田 直哉  市役所職員

  

 沢木 瑠奈   美容師      梅川 茂樹   宅配運転手

 

 確かに微力だな、と無草は思った。それでも、「有難う」と答えて、紙を受け取った。よく見ると、リストの中に聞いたことのある名前が三つばかりあった。それで鷹高田に尋ねてみた。

 「ひょっとすると、この名前の中に君の同僚のものも混じってはいませんか。」

 鷹高田は頭を掻きながら答えた。

 「はい。社の者の名前を拝借致しました」

 鷹高田は、会議中、周りにいる仲間の名前を片っ端から書き上げていたに違いない。それが、鷹高田の言う『努力』なのだ。


 鷹高田は強引さが増したばかりか、面の皮まで厚くなってきたようだ。『代理』なしの主任という目の前の人参が、よほど効いているらしいと、無草は思った。

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