第14話 ラブコメのアイデア

 「それだけでは済みませんで」と鷹高田が続けた。「社長からは、契約社員の道はあるがそれが嫌ならどうする、何かアイデアはないのかと迫られました。私も窮しまして、その場しのぎの気もしましたが、女性向けの軽い感じの恋愛小説はどうかと提案致しました。実は、これは、昼休みによくハーレ何とかというのを読んでいる女子社員がいるのを思い出したからなのです。コロナが現れましてから女性も出会いの機会が減っているので、その穴埋めとなる需要があるのではないかと訴えました。それに、上手くいけばシリーズ化できるかもしれない、と」


 鷹高田がハンカチを出して、額の汗を拭った。

 「受けは良くありませんでした。役員のほとんどは私の方を見てさえいませんでした。突然に振られて、準備もなく思い付くまま答えたアイデアですので、当然と言えば当然だと思います。

 ところが、社長一人だけは私の方を見ていまして、時々頷きながら私の話を聞いていました。それに、目が輝いたように見えることもありました。社長には何か思い至ることがあったのかも知れません。それで最後に社長が申しましたのは、『明日の緊急営業会議までに何でもいいから形にして見せろ』ということでした」


 「明日だって」無草は驚いた。それを俺にやれ、と言うのか?

 「はい。急なのは重々承知しております。しかし、会社の方も切羽詰まっております。どうかお助け願います」

 鷹高田が深々と頭を下げた。頭を下げられてもなあ、と無草は思った。


 「難しいのは分かっております。先生のお役に立てればと、私、電車に乗っている間を使いまして、簡単ですがアイデアをまとめてまいりました」

 そう言うと、鷹高田は懐から紙を出して無草の方に差し出した。無草はそれを受け取ると広げて見た。揺れながら書いた字が躍っていた。

 『高木さやか、高校の英語教師。鹿野武志、コンピュータエンジニア。文系教師と理系技術者のちぐはぐな会話が面白いロマンチックコメディ』


 無草は唖然として鷹高田を見た。そして、言った。

 「これだけかね?」

 「はあ。乗ったのが快速でしたので、あっと言う間に着いてしまいまして」

 無草は呆れて言葉が出なかった。よく真顔でそんなふうに言えるものだ、と思った。


 鷹高田が首回りに指を入れてネクタイを緩めた。喉ぼとけが動いて、渇きに堪えているようだった。手土産も持たずに来て、茶が出てくるのを期待するのは甘い考えだと、無草は思った。

 「先生。先生とは長いお付き合いで、色々とお世話になっております。しかし、私の方も先生のお為を第一に考えて日夜努力致して参りました。その私からのお願いでございます。何卒ご執筆願います」


 鷹高田が無草の目を見て言った。そうして、脇に置いた鞄を引き寄せながら続けた。

「先生。本日は、私泊まり込む覚悟で参りました。先生の脇で精一杯のお世話を致します。原稿ができ上がるまでは帰りません」


 鷹高田は鞄を開け、中からコンビニの袋を取り出した。中には、飲み物やら、おにぎり、サンドイッチやらが詰まっていた。そして、缶コーヒーを二本手に取ると、一本を無草に差し出した。無草が受け取ると、もう一本を開けて飲み始めた。

 無草は、自分の部屋で缶コーヒーなんかを飲むのかと思ったが、「有難う」と言って缶を開けた。

 鷹高田は、コーヒーを一口すすると、今度は袋から寝袋を取り出した。

 どうやら本気らしい、と無草は思った。この押しの強さを鷹高田に教えたのは誰だろう。やはり、社長かな。

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