第11話 鷹高田の戦略

 沈黙が続いた。

 そのとき、襖が開いて妻が入って来た。

 「お待たせしまして」

と言いながら、二人の前にガラスの椀に入った茶と菓子を置いた。妻は、盆を手にしたまま無草の脇で膝を付いた。


「鷹高田さんがお持ち下さったお土産ですよ、『ちんすこう』」機嫌が良いときの高い声だった。「『ちんすこう』って色々なお味があるんですね」

 「ちんすこうだって!」

妻の話を聞いた無草が声を出した。沖縄の菓子じゃないか。無草はそう思いながら鷹高田の顔を見た。鷹高田は頭を掻きながら言った。


 「瑞和泉さんが、『自伝の件でお世話になった皆さんにお礼をしたい』とおっしゃるものですから、コマーシャル撮影の応援がてら、行って参りました」

 鷹高田の日焼けの理由が分かった。『お世話になった皆さん』の中には、俺は入っていないのか。そう思いながら、無草は冷ややかな視線を鷹高田に向けた。その眼差しの意味を理解した鷹高田は、ばつが悪そうに目を逸らした。

 「せっかくだからいただきましょうか」

無草は、鷹高田の方をじっと見て言うと『ちんすこう』に手を伸ばした。


 「それに、これをお持ち下さったんですよ」と妻は明るい声のまま、盆の下に持っていた封筒を無草の前に出して言った。「美咲にですって」

半開きの封筒の中に入場券か何か、紙片が二枚見えた。

 「瑞和泉今日子さんのコンサートのチケットですよ」

 妻がそう言うと、鷹高田が口を挟んだ。

 「姪御さん、瑞和泉さんのファンだと伺っていたものですから」

 「何でも、とっても良いお席だそうですよ」と妻が説明した。

無草は目を凝らしてチケットを見た。細かい文字でアリーナ席と印字されていた。


「美咲が喜びますわ」と言いながら、妻は鷹高田に向けて微笑みを投げ掛けた。

 弱いところを突かれたな、と無草は思った。内々のことを話すのは慎重にしないといけないな。だが、確かに俺も、美咲の喜ぶ顔が見たい。

無草は鷹高田の方を向くと、頭を下げて言った。

 「有難う」

 鷹高田もそれに応えて頭を下げた。

 話は決まってしまった。鷹高田は戦略というものを身に付けつつあるようだ。

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