第10話 紙幅の問題

 「なるほど」と無草が答えた。「では、取り敢えず具体的なことを伺いましょうか」

 「有難う存じます。先方からの当初の依頼は、一人二百ページの単行本を作り、五冊セットで販売したいというものでした」

 「一人二百ページですか」無草が驚いて言った。「中学生の方はともかく、小学二年生の方はどうかな。二百ページともなると、いつ『ハイハイ』し始めたとか、いつ『立っち』したとか、そんなことから書いていかなければならないように思えるんだけど」


 「はい」と鷹高田が答えた。「一人二百ページと申し上げましたのは、当初の事務所側のご希望です。それが先生ご指摘のように無理筋なのは私どもも理解しまして、先方に強く申し入れを致しました。何度かやり取りしました結果、五人合わせて二冊、計六百ページということでご理解を得ました。先生には何とかこの線でお願いしたいと存じます」

 「ふむ。そうですか」と、無草は答えながら計算した。前後合わせて六百ページなら片方で三百ページだ。中学生二人を一冊目で扱えば、二冊目は小学生三人になる。そうすると均せば一人百ページだ。でも、小学生の上の方二人でページを稼げば、二年生の方は三、四十ページで済ませられるのではないか。それなら何とかできるかも知れない。よし、それで行こう。


 この計算の間、無草は左手を算盤に見立て、右手で珠を弾くような仕草をしていた。鷹高田はそれを見て、無草がページ数を割り振っていることに気付いた。そして、言った。

 「先生。この二冊六百ページですが、一人ずつの割り当ては出来る限り均等にして頂きたいのです。それが先方のご希望です。」

 これを聞いて、無草は鷹高田の顔を見た。そんなことを言う訳が分からなかった。


 「その理由は、彼らのモットーから来ております」と、鷹高田が説明を始めた。「先ほど申し上げました『皆んな大切、自然も大切』の前のところ『皆んな大切』は、お互いの生き方、あり様、考えを尊重するということでして、これは全員が平等であるということにつながります。ですから、この自伝のページ数は『是非とも均等にしたい』ということが、事務所からの絶対の条件として与えられました。


このモットーが支持を得て、多くの企業から『やんチル』の活動への協賛を貰っていますので、事務所の考えにも理解はできます。それにページの総数で譲歩を頂きましたので、この平等の条件につきまして、弊社としては飲まざるを得ませんでした。

 ただ、均等と申しましても若干の幅は致し方ありません。一割が限度ということで了解を頂いております。六百を五人で割りますと、一人百二十ページになりまして、その一割は十二ページになります。ですから、前後十二ページまでの幅は良い、というふうに一見思われるのですが、仮にプラス十二ページの子と、マイナス十二ページの子ができますと、その差は二割になってしまいます。それでは困りますので、幅は前後六ページ以内でお願いしたいのです」


 「しかし」と無草が言った。「そうなると、真ん中の子の分は一冊目と二冊目で股裂き状態になってしまいませんか」

 「はい。それにつきましては、先方の了解を得ております。そうすれば、『一冊目だけ購入して、二冊目は買わないというファンは減るだろう』というのが事務所側の読みのようです」

 鷹高田が答えた。そして、続けた。

 「事務所側がメンバーの子供たちに、自分について書かせたものがございます。先生のご心配は二年生のアッちゃんのことだと思いますので、この子の書いたものを読んでみます」


 鷹高田は懐のポケットから紙束を取り出した。原稿用紙のようだった。それを何枚かめくって目的のページを見つけると読み始めた。

 「ぼくは、だい一小学校にかよっています。二年三組です。先生は、よし川先生です。ぼくのすきなのは、理科と体いくです。クラスでは理科がかりをしています。木よう日には、十時になると百ようばこへ行って、気おんをはかります」

 読み終わると、鷹高田は紙束をブロマイドの脇に置いた。無草はそれに目を落とした。平仮名が多くて読みにくかった。その作文を眺めながら、無草は腕を組んで考え込んだ。


 これは厄介かも知れない。どの漢字は使って良くて、どれは駄目か、というのは簡単だ。学年ごとの割り当て表があるはずだ。しかし、どの言葉は習っていて、どれはまだなのか。その判断は難しいだろうな。今さら小学校の教科書など読む気になれない。まあ、子供は大人びた言葉遣いをすることがあるから、あまり気にしなくてもいいのかも知れないが。


 それよりも、この二年生の書いたものをどうやって百ページを超えるまでに膨らませるかだ。幼稚園の思い出十ページ、家族のこと十ページ、家族旅行で十ページ、担任の先生でまた十ページ、仲の良いクラスメート合わせて二十ページ、これでまだ六十ページにしかならない。

 いっそクラスの名簿を手に入れて、全員のことを一人ひとり書いていくか。だが、果たしてそんなことで上手くページを稼げるだろうか。

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