第6話 妻の『後押し』
そのとき、襖が開いて、妻が入って来た。
「遅くなりまして」と、機嫌の良いときの声だった。いや、頗る良いときの声と言っていい。
妻は、茶と菓子を乗せた盆を持っていた。
鷹高田は軽く頭を下げた。無草は静かに妻の様子を見ていた。
妻は、無草の前に菓子を差し出すと言った。
「鷹高田さんが持ってきて下さったんですよ。きんつば」
妻はこの手のにとても弱い。
「『いつもお世話になります』だなんておっしゃって。お世話になっているのはむしろこちらですのにね。それに、今回はあなたに『ちょっと無理なお願いをするので、申し訳ない気持ち』でいらっしゃるんですって。」
茶と菓子を二人の前に置くと、妻は盆を両手で持ったまま膝の上に置いて座り、無草に向かって言った。
「だめですよ。鷹高田さんを困らせるようなことをなさっちゃ。お話をよく伺って、良いご返事をなさって下さいね」
そうして、今度は鷹高田の方を向いて、「ねぇ」と言いながら笑みを送った。
鷹高田は、「はぁ」と、頭を下げた。
「じゃ、私もあっちでいただきましょう、っと」
そう言いながら妻は立ち上がると、出て行った。
鷹高田はもう一度頭を下げながら妻を見送った。そのとき、鷹高田の片方の瞼が上がった。無草はその奥の瞳がちらっと輝くのを見た。
そうして妻が出て行くと、鷹高田は顔を上げ無草の方を見た。頬が微かに緩んでいた。
話は決まってしまった。
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