第4話 ますます怪しい生い立ち

鷹高田が続けた。

「大学での生活は、彼女には合ったようです。新しい友達もできまして、サークル活動も始めました。しかし、どちらかと言えば、高校時分とは雰囲気の違う講義の内容により魅了されたようです。『新しい世界はキラキラに見えた』と話しています

そうした中で、第二の出会いがございました。彼女が入ったゼミの教授です。テレビにもちょくちょく出演する名物教授ということです。まだ若い先生で、『背が高くてイケメンだったよ』とのことです。その教授の指導の下、彼女は研究に没頭しました。その結果、彼女の才能が開花したようでして、『画期的な発見をしたよ』と話しています」


そこで、鷹高田は資料をめくった。無草が聞いた。

「その発見の内容は分かっているのですか?」

「彼女が入った学部が理科系ということは、間違いないようです。学部は『最近はやりの分野だよ』ということです。そして、その発見の内容についてなのですが、『数式がないと説明できないよ。だから、黒板がないとね』と話しています」

これもまたはっきりしないなと、無草は思った。ここまでの話はどれも、どうも肝心な部分が抜け落ちているような気がする。まあ、発見が専門的なものなら、ステージでは説明しても仕方がない、という理由は分かる気もするが。でも、文章にするのなら何とかしなくちゃならんなと、心に留めた。


「そして、彼女と教授は、次第に恋仲になって行ったようです」

「うん」と、無草が首を縦に振った。まあ、自然な成り行きということかな。

「ところがです、卒業が間近になった頃になって、この教授というのが突然結婚してしまったのです。何でも、お相手は大学の有力後援者の娘ということで、自身の立身を考えてのことだったようです。

そのとき彼女が受けた衝撃は大きかったようです。『心も、研究もぼろぼろにされた』と語っております。それで、そのことに打ちのめされた彼女は、学校を離れて旅に出ました」

話が大きく飛躍したなと、その展開に無草は驚いた。だが、返答のしようもなく、再び目を閉じた。


「なるべく遠くに離れたいと思って、彼女は海外へ向かいました。ヨーロッパ方面です。何か国かを回っているうち、気分も少し落ち着いてきたそうです。ですが、今度は金銭的に心細くなってしまいまして、フランスはニースのカフェでアルバイトをしていた、ということです。そして、そこで、大きな飛躍につながる人物と出会いました」

鷹高田が一息入れた。

「彼女がその夜のバイトを終えまして、海岸を歩いていたときのことです。これまでのことを思い浮かべると無性に悲しくなってしまい、しばらく立ち止まって海を見つめていたそうです。そのとき知らず知らずのうちに、歌が口を吐いて出てきました。そして、そのうちだんだんと気分が高揚してきまして、いつの間にか熱唱していたそうです。


するとそこへ、ナイトクラブの公演のためニースに来ていた歌手のSが、公演を終えての帰り道に通りかかりました。最初は何だろうと訝しんだようですが、きれいな歌声に惹かれて、彼女が歌うのをしばらく聞いていたそうです。そうするうちに、彼は彼女の才能に気付いて声を掛けたのだそうです。色々と話をしてお互いに気が合ったようで、Sは彼女に、自分に付いて来ないかと誘ったそうです。彼女は驚きました。ですが金銭面のこともありましたので、その誘いに乗ってアメリカへ渡りました。目的地は、彼の次の舞台があるラスベガスでした。そして、ラスベガスに着くと、ホテルで行われたSのコンサートでバックコーラスとして歌い始めたそうです」

これも歌手の『S』か。一体誰なんだろう、と無草は思った。ニースとラスベガスで公演をするのなら、かなりの大物のはずだ。しかし、これもはっきりしないな。何もかもが曖昧だ。


「そのうちホテルのマネージャーに誘われて、前座で歌うことを始めたようです。そうしましたところ、これがとても好評でして、彼女単独のステージも持つようになりました。近くのナイトクラブなんかでも歌うようになりまして、そのうちCDを出す話が持ち込まれたようです。その後話はとんとん拍子に進みまして、CDがヒットチャート一位に上り詰め、その年のG賞にノミネートされるまでになりました。もっとも、残念なことに、受賞は逃したようですが」

 『G』賞? グラミー賞にノミネートされたのなら、日本で話題になっていてもいいはずだがな。またかと、無草は訝った。


「それから間もなく、日本に戻りました。もちろん、大手レーベルからの誘いがありました。大々的に売り出す話が持ち込まれたのですが、彼女はそれを良しとは致しませんでした。アメリカでのことはアメリカでのこととして忘れ、『一からやり直したい』と考えたそうです。それで、場末の小さなライブハウスから活動を始めました。元々実力がありましたので、次第に人気が出てきまして、現在に至ったという訳です」

話し終えた鷹高田は資料をきちんとたたみ、それを持ったまま手を膝の上に置いた。そして、ゆっくりと顔を上げて無草を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る