第2話 女性歌手のプロフィール

 鷹高田は、「ありがとうございます」と、畏まって礼を言った。そして無草に倣って胡坐に座ってから話し始めた。


「こちらは、お名前を瑞和泉みずいずみ今日子さんとおっしゃいます」

 鷹高田は写真を指して言った。

「先生はご存じでいらっしゃるかどうか、今、若者の間で絶大な人気の歌手です」

 「ああ、テレビではちょくちょく見かけるね」

 「女性アイドルという肩書きで紹介されることが多いのですが、どちらかというと男性よりも、女性の間で人気があります。ファンクラブの会員も女性の方が多いということです。テレビの歌番組などにももちろん出演してはおりますが、コンサートやライブハウスでの活動が専らです。先日も、4万人が入るスタジアムでコンサートが開かれたのですが、三日間通して満員だったようです。これがライブ会場になりますとチケットを入手するのはなかなか難しいそうで、かなりのプレミアが付くと聞いております」


 「そのようだね」と無草は頷いて言った。「姪が追っかけみたいなことをやっていて、随分と高いのを買わされたことがあります」

 「そうでございましたか」

 鷹高田は大きく頷いた。いささか大袈裟な仕草だった。

 やけにオーバーに首を振ったな、と無草は訝った。そして、鷹高田がそんなこれ見よがしの態度をとる理由について考えた。

 鷹高田の奴、俺をその気にさせたがっているな。そうなると、この話はろくでもないものかも知れない。気を付けた方がよさそうだ。


 「それで、彼女の人気の理由ですが」と、無草の関心を引き寄せられたと判断した鷹高田が説明した。「何と言っても、乗りのいい曲と歌詞、そして、それを歌いあげる歌唱力にあるようです。しかしその外にも、彼女の人間的な魅力に依るところもあるようです。と申しますのも、彼女は歌の合間によく観客に向かって語り掛けるのですが、その内容が若い女性の心をぐっと捉えているようです。話題の多くは身の回りの出来事や流行りのファッションについてなどで、何ということはないことなのですけれど、そこに彼女独特の感性が現れていまして、それがファンにとってはたまらない魅力になっているようです」


「なるほど」とだけ無草は答えた。鷹高田は続けた。

 「それと、もう一つは彼女の生い立ちですね。大変な経験もしてきたようです。それを苦労話という観点からだけではなく、前向きに捉えて語るのです。その健気な姿に多くの女性が自分を重ね合わせ、彼女たちに生きていく活力と希望を与えているようなのです」

 「そうですか」と無草は頷いた。

 「それで、これは一月ほど前のことになります。彼女がその日語ったのはいささか辛い話だったようです。それで、彼女の話を聞きながら涙したファンもたくさんいて、会場が少しばかりしんみりとしてしまったということです。そこで、その場を明るく盛り上げようとしたようで、『今度は自伝、書いてみようかな』と話したのだそうです」

 「なるほど」

 「ネットではすぐさま話題になりまして、それが先ほどお話した投稿につながったと聞いております」


 鷹高田は、一通りの説明を終えて一息吐いた。無草は尋ねた。

 「君は、今、『今度は』と言いましたね。それだと、このは前にも本を書いていることになると思うんだが」

 「はい。昨年、エッセイを出しております。『私の歌う心』というものなのですが、ベストセラーでございました」

 「ああ、それなら聞いたことがあります。随分と評判になっていましたね。それで、そのときは、彼女が自分で?」

 「多少の編集はあったように聞いておりますが、大筋はご本人がお書きになったようです」

 「なるほど」と無草は答えた。一方で不審が募った。

 そんな娘が今度は最初から人に頼ってきたというのか? 見たところ、鷹高田が元になる原稿を持ってきているようには思えない。何か不都合なことでもあるというのだろうか?


 続けて無草が聞いた。

「それで、そのときは君も手伝ったのですか?」

「いえ。残念ながら〇〇書店からの出版でございましたので、私どもは一切関わっておりません」

「ほう、それが今度は君のところへ来たのですか。それは、それは。しかし、〇〇ほどの大手が、前回は成功を収めながら今度の件には手を出さないというのも妙だね」

 無草はじっと鷹高田の目を見ながら聞いた。

 「はい」と鷹高田が答えた。だが、そのとき無草は、鷹高田がさっと視線を逸らすのを見逃さなかった。

「今回の件も〇〇書店へ話は行きまして、一時期検討したとは聞いております。でも、詳しい検討結果は存じません。」


 そう答えた鷹高田は、間を置かずに付け加えた。

「この案件に関しまして、私ども、社長以下全社を挙げて営業に取り組んで参りました。今回のことは、それが実を結んだ結果であると考えております」

 何かあったんだな、と無草は察した。そうでもなければ、慌てて、『全社を挙げて』などという大袈裟な言い方はしないだろう。

 しかし、それでも無草は、「なるほど」と返事をした。何かがあったとしても、鷹高田が話すとは思えない。

 鷹高田の方は、無草が自分の説明を理解したものと考え、話し始めた。


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