第16話 お茶会は前座だった


 仕事の後、クレアと連れ立って出ていくところでガルシア卿と会った。


「シルヴィ、この後……」


「あっ、すみません。この後約束があって……急ぎの仕事ですか?」


「いや、急ぎではないな」


「それじゃ、また後日に言ってください。お先に失礼しますー」


「お疲れさまでしたー」


「……ああ」


 また妙な顔で見てるなぁ。なんだろ。

 でも、たまには表情を変えている方がいいと思うな。ニンゲンらしくて。

 ギルド舎を出てからクレアがそういえばと言った。


「——昼間のペンの話だけど、ペンがほしいと思ったら譲ってもらうために頼んだり頭を下げたりできない人も、いやだと思うのよ」


「それはそうだよね。本当にほしいならそれはするべき。というか、それをしないとほしいのかわからないよねぇ?」


「そうよ、本当にその通りだわ」


 あははとクレアが笑うので、わたしも楽しくなって笑った。

 クレアの周りの精霊たちも笑っている。

 コロネもぷかぷか浮かんでニヤニヤしていた。




 ヘレナレース商会へ出向いたところ、サイズが合いそうな見本のドレスが揃えられており、クレアの見立てでわりとすぐに決まった。

 ちょっとお直しがあるので、お茶会当日に直したものを着付けをしてくれる者が職員寮に持ってきてくれるという話もついていた。


 なんてありがたい話! 寮には護衛の管理人さんはいるけど、メイドとかいないからね。


「私が着付けしたかったわ。シルヴィの髪を一度結ってみたかったのに」


 と、その日が出勤のクレアは残念がっていたけど。



 ・━・✧・━・✧・━・✧・━・



 精彩を欠くガルシア卿とは時々顔を合わせていたものの、特に無茶な仕事などを振られることもなく、お茶会当日を迎えた。


 エーリックの”飛躍の家“と呼ばれている建物は、元商会の会頭の家だったので、寮になった今は使われていない厨房だの食堂だのが残っている。

 そのうちの応接室だった一室を使って、着付けをされている。ここは現在そういう用途に使われているらしく、大きな姿見や鏡台などが置かれていた。


 わたしの部屋だって狭くはないけど、何人も入ってドレス広げてとかはちょっと無理だよね。


「お似合いでございます、お嬢様」


 着付けをしてくれたヘレナレース商会の者が、満足そうに微笑んだ。


 鏡の中のわたしはといえば——おぅ……これは騙しではないでしょうか……。


 青色の透け感のある布を重ねてグラデーションを出したデイドレスは、上半身へいくほど淡い色となり、首元でわたしの瞳の色と似た色になっている。


 薄い色合いのドレスの胸元できらめくのは、蒼玉を散りばめたネックレス。デミパリュールと呼ばれる3点セットで、お揃いのイヤリングと髪飾りがハーフアップに結われた髪の元で存在感を示していた。


 白い手袋には商会名にもなっている繊細なレースがあしらわれ。


 そして化粧で目元も口元も鮮やかな色がつき、いつもより華やかな顔が鏡の向こうから見返していた。


「これ、詐欺では……? いえ、ありがとうございます!」


 思わず漏れた言葉に、着付けに来てくれていたお姉様たちが笑いをこらえている。


『シルヴィらしくないけど、悪くないニャ〜』


 ええ? コロネのそれ、何目線?


「お化粧されてない時も可愛らしいですが、こういうのもたまにはよろしいかと。アデルハード卿もお喜びになると思いますよ」


「——もしかして、ドレスはアデルハード様が贈ってくださったんですか?」


「さようでございます。最初に言っては恐縮されて断られてしまうからと口止めされておりました」


 ほほほと商会員のお姉様たちは笑った。

 でも最初じゃなければ言っちゃうんだよ。アデルハード様、気をつけた方がいいですよ。口止めするならちゃんとしないと!

 でも聞いてよかった。本人にお礼を言えるものね。


 そこへ管理人さんの「お迎えが来たよ」という声が聞こえた。

 誰が来たのかは聞かずともわかる。

 だって精霊たちが大騒ぎしてすごいもの!


『アデルハード すきすき!』

『アデルハード たのしみ!』

『たのしみすぎで ねれなかった!』

『こどもか』

『しかたない』

『そこもいい』

『シルヴィ すきすき!』


 出ていくと、アデルハード様がマタギを脱ぎ捨てたキラキラの貴公子姿で立っていた。


 眩しいっ…………!


 わたしが思わず目を細めると、アデルハード様も見開いていた目をさっと逸らした。


「……シルヴィ、手を」


 エスコートされてとなりに並ぶと、こちらを見ないままアデルハード様は「いつもかわいいけど、今日のも素敵だね……」と言った。

 見上げれば頬も耳も赤くて、わたしまで顔が熱くなってくる。


「あの、ドレス、ありがとうございました。こんなに素敵な装飾品まで……」


「とても似合っている。本当はドレスも私が選びたかった……いや、そのデミパリュールは、ドレスを見て私が選んだんだ。気に入ってもらえるといいんだけど……」


『甘いニャ〜。甘いニャ〜。こんなアデルハードが見られるなんて、最高ニャ〜!』


 アデルハード様の言葉に、胸から奥歯の奥からなんかぎゅーっとなるよ!

 そしてちょっとだけぎこちない動きのわたしたちは、馬車に乗り辺境伯邸へと向かったのだった。



 ・━・✧・━・✧・━・✧・━・



 久しぶりにお会いした辺境伯ご夫妻からは、とても歓迎された。


「ここがが襲撃されてから夜会も開いてなかったからなぁ。久しぶりだな、シルヴィ」


「本当に。すっかり大人のお嬢さんになられたのねぇ」


 夫妻は痩せて小さくなった気がする。

 この砦が襲撃された3年前、辺境伯家は後継とその息子を亡くしたのだ。

 その過去に胸が痛んだけど、なんとか笑った。


「お久しぶりでございます、ワルシュ様、マリアーヌ様。父や兄がいつもお世話になっております」


「あらあら、堅苦しい挨拶はいらないわ。お茶とお菓子を召し上がってね。今日はお礼をしたかったのよ」


「シルヴィが解呪してくれたネックレスはな、儂らが娘にあげたものだったのだ。呪われたと聞いた時は、それは悔しかったものよ。呪いを解いてくれて感謝するぞ」


「本当にありがとう。娘も喜んでいると思うわ」


「……お役に立ててよかったです」


 いつもなら仕事ですからと言うところだけど、今日は言わなかった。

 となりに座るアデルハード様が、ふっと笑ったような気がした。


 夫妻に招待されたお茶会のはずだけど、お二人は最初の一杯だけで「またいらしてね」と去っていった。心なしかニコニコと笑顔だった気がする。

 アデルハード様がすかさずわたしの手を取った。


「さぁ、エーリックの奉納院を見に行こう。中庭にあるんだ」


 奉納院! もしかして屋根裏にステンドグラスがある、あれかな⁉︎

 エーリックはあちこちの建物で精霊にしか見ることができない装飾をつけている。

 あれ、また見たいなぁ。

 ニンゲンになりたかったのに、こういう時は精霊だったら見れるのになんて思ってしまう。欲張りだよねぇ。


 質実剛健な砦である辺境伯邸の中庭は飾りっ気のないものだった。

 騎士たちの訓練場になっているとかで、どこか洒落た急傾斜屋根の建物だけが雰囲気を和らげている。

 外観がお洒落だからというわけじゃないんだよね。精霊たちが守っているから優しい風が漂っているんだ。

 というか、ここもわたしの加護がまだ生きてるよ!

 建物を見上げるアデルハード様の視線が優しい。


「ここは気が澄んでいて、気持ちがいいんだ。私のお気に入りの場所だよ」


「……そう、なんですね」


 ちょっと気恥ずかしいな……。

 中に入ると広いホールは吹き抜けになっている。

 ぐるりと三方にある窓から光が差している。


「冬も暖かいように南から光をたくさん採れるようになっているんだよ。フェアヴィルは冬が寒いからね」


「北側はお部屋になっているのでしょうか」


「そうそう。倉庫的な感じ。備品などは日に当たらない方がいいから、北が都合いいよね。そこに空間作ることで、寒さもだいぶ和らぐんだよ」


「二階も倉庫ですか?」


「……そうだよ」


 二階にある部屋のその上がステンドグラスのある場所だ。

 精霊たちもまだ綺麗なままだと教えてくれている。

 あれも少女のような精霊の姿がガラスで描かれていたっけ。

 上の方を見ながら意識を昔の景色に飛ばしていると、アデルハード様が視界に入ってきた。入ってきたわりにはこちらを微妙に見ないんだけど。


「——シルヴィは、時々遠くを見ているね。何を見ているんだろう」


 昔を見ていたなんて、答えられるわけもない。

 眉を下げると、アデルハード様は首を振った。


「いや、答えてほしいわけじゃないんだ。ただ無性に引き止めたくなるというか、私の方を見てほしいと思ってしまって。——謝らないでくれよ? そういうつもりじゃないから」


「アデルハード様……」


「自由にしていてほしいのに、ずっとそばにいてほしいとも思ってしまって……」


『こいびと! こいびと きぼう!』

『ほんとは けっこん!』

『けっこん きぼう!』

『けっこん できない!』

『けっこん したい!』


「結婚……?」


 精霊たちの言葉に呆然とした。

 え、え、結婚? 今、そういう話されてるの⁉︎


 思わず漏れてしまった呟きに、アデルハード様がはっとわたしを見た。


「結婚————そう、したい。してくれる? まだできない、問題が片付かないとだめだって思っていたけど、無理だ。君の姿がないことにもう我慢できない。ずっといっしょにいてほしいんだ」


 両手をそっとすくわれた。


『あ〜、アデルハード決めちゃったのニャ。シルヴィのために国は捨てるつもりだニャ』


 ええええ⁉︎ コロネがなんか恐ろしいこと言ってる⁉︎

 待って! わたし、何もしてないよね⁉︎


 まっすぐに見てくる目が、一途でひたむきでエーリックの最期の視線と重なって。


 何も考えられなくなったわたしは、こくりとうなずいていたのだった。





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