第13話 特級鑑定士 1


 危ない呪いをなんとかしちゃえば、休める――――なんてことはなく。

 次の日もギルドの鑑定室に詰めている。

 簡易鑑定で呪いが有ったものは処理済みなので、呪いなしだったものの処理をする。

 次々と【呪い無】と書いた伝言帳を空に飛ばしていく。

 中には加護が付いているものや不思議な魔法陣が書かれた魔導道具もあったけど、簡易鑑定だからね。全部【呪い無】とする。

 なかなか溜まっていたから数が多かった……。

 商業ギルドに回すっていう手もあったと思うんだけど、急ぎじゃないものだけ残っていたのかな。


 次々と飛んでいく伝言帳に、コロネが手を出しては掴めずに空でばたばたしている。

 楽しそうでよい。


 さて、あとは詳細鑑定だ。古いものからこなしていこう。

 結界板の上で魔遮袋から出すと、変色した古そうなフォークだった。材質は魔銀。え、魔銀のフォークって贅沢だな。

 立ち上る精霊語はバラバラとして、でたらめな精霊句が躍っている。

 本当に、なんとなく気分で付けちゃったと言わんばかりの雰囲気が漂っている。

 ニンゲンはそこにある語句から推理するしかない。

 でも、わたしはわかる。精霊の意思をちゃんと理解できるのだ。


 ――ふむ、甘みを増して感じるフォークか。


 体重や健康を気にするニンゲンにはよさそう。

 精霊らしい斜め上の親切心が発揮された呪いだった。


 需要は高そう。買取金額は高めにつけられるかな。

 こういう加護ではないけど害のない変わった呪いがついた魔道具は、効果が希少なものも多くて割と人気があるのだ。


 どういった呪いかを書いて、査定額を書いて、わたしのサインと魔法印章を入れる。これで正式な鑑定書になるので、魔遮袋の中に入れて伝言帳を飛ばした。




 地道に詳細鑑定をこなしていると、鑑定室に備え付けられた魔導道具の呼び出しベルが鳴った。

 カウンターが並ぶ事務所前に行くと、受付窓口から少し隔離された一番端でヘンドリックが手を振っている。


「すいません、シルヴィ様。この方が詳細を——」


「おまえが鑑定したのか? これは納得がいかんぞ。今、鑑定書を見たのだが——この甘みが増すフォークというのは呪いではなく加護だろう? そうであればもっと査定額は高いはずだ。ごまかそうったってそうはいかんぞ」


 ヘンドリックの言葉をさえぎって口をはさんだのは、がたいのいい男だった。青年というにはちょっと歳がいっていそうな感じ。

 機嫌悪そうに太い眉と眉の間にしわが寄っている。

 わりといいスーツを着ていて、冒険者なのか商人なのか見た目ではわからない。

 わたしはその手元にある、さっき鑑定したばかりのフォークをちらりと見た。


「あー、そちらですね。分類上、呪いになってしまうんですよ。精霊句……魔法のかかり方が、加護と呪いでは違いまして。加護は包むようにかかっていてなかなか消えないんですけど、呪いはふとした拍子にぽろっと取れて無くなったり、変化してしまったりする作りなんです。でもまぁそれはともかく、効果としてですよ? 鍛冶師の酒飲みの親方が、甘みが増すフォークを喜ぶと思います?」


「……ああ、なるほど。納得した」


「加護は万人が得をするんですよねぇ。ちなみに査定額はあくまで冒険者ギルドが買い取る金額になりますからね。たとえば病気で甘いものが食べられない者にとっては、きっと救いの品です。何ものにも代えがたい、素晴らしいものだと思いますよ。万人にうれしい加護よりもきっと価値が高いです」


 実際に精霊の時に世界を見てまわっていたらそういう病気の者は何人もいた。

 甘いものが食べたいと泣いている姿があった。

 そういう者をひとりでも幸せにできる呪いの魔道具だ。


「そうか……。おまえ、腕の良い鑑定士だな。うちに来ないか? リンデン商——」


「うちのシルヴィ様を、なんでそんな自然に引き抜こうとしているんですか!! 出禁にしますよ!」


「それは困る。今日は退散するか——ではシルヴィとやら、またよろしく」


 片頬を上げて笑った冒険者のような商人(なのかな?)は満足そうに去っていった。

 対してヘンドリックは、疲れたような顔でうらめしそうにこっちを見た。


「シルヴィ様、さすがです。鑑定の腕も説明も素晴らしいです。でももうちょっとそのなんというか、素敵さを控えてほしいというか魅力を抑えてほしいというか、もしかして人たらしです……?」


「……なんのことなのかな。えっと? わたし、ただ説明しただけだったよね?」


 ヘンドリックはがっくりとしたまま「クレア様に相談しなくては……」とふらふらと去っていった。


 わたしも鑑定室に戻ろうかと思ったのに、笑っているような声が近づいてきた。

 同時に精霊たちの輪とおしゃべりに包まれる。


「彼にちょっと同情するよ、シルヴィ。——鑑定が終わった魔道具を引き取りにきたよ」


『アデルハードニャ! きょうもかっこいいニャ!』

『アデルハード シルヴィにあえて うれしい!』

『シルヴィ かわいい!』

『でもちょっとふくざつ』

『シルヴィ ひとたらし』

『かなりふくざつ』

『おとこごころ せんさい』

『しかたない』

『シルヴィ かわいい!』

『シルヴィ かわいい!』

『カールもなかまにいれてあげて!』


 待って、なんでわたし精霊たちにかわいいかわいい言われているの。

 なんか変わった子たちが混ざってるのかな。

 わりといつも同類扱いされているから、きらいとかにくいとか言われても実は好かれているの知っているけど、今日のは何。突然、どうしたの。


 よく見れば本日アデルハード様はマタギ。しかもクマ頭巾装備の完全武装。いや、本物のマタギはもっとニンゲンらしい傘とか帽子とか被っていたよ。

 なんというか、見た目的には山賊——いや、狩猟族だ。

 街中のギルドにそれ被ってきちゃうんだね……。何から襲われる前提なんだろう。

 でも装備的には、精霊の好みにぴったりなのだ。

 クマの頭部の下から覗く黒髪が顔を隠しているから全然顔は見えないというのに、精霊たちはかっこいいと大騒ぎだし好き好きなんだよ。

 コロネなんてクマ頭巾にべったりくっついているし。

 わたしも正直嫌いじゃなかったりするけど!


 そのうしろにもうひとりマタギがいた。なんとオオカミ頭巾だ。

 マタギがふたり。


 それを周囲のギルド会員たちが遠巻きにしている。

 あまり騒ぎになっていないから、マタギ二人は日頃からこのかっこうでギルドに来ているんだろうなぁ……。


「おい、特級ランクのクマ頭巾が来ているぞ」

「クマ頭巾とオオカミ頭巾、今日は2頭揃ってる」

「あれ、山奥狩猟族が職員の女の子をかどわかしているんじゃないか」

「犯罪」

「犯罪」

「間違いない」

「誰かギルマスを——」


 ——精霊たちとの温度差がすごくて泣きそう!


 わたしはいたたまれなくて、半個室の方へふたりを案内した。





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