第12話 ◆後輩で部下である生き物
ハグシュッ!
誰かが噂しているらしいとマキシム・ソル・ガルシアは鼻をさする。
脳裏を、後輩で部下の脳天気そうな顔がよぎった。
そのなんにも考えていないような、ぽわぽわしてふらふらした後輩のシルヴィは、恐ろしいほど魔法に愛されていた。
詳しいことはわからないが、相当な魔力を持っている。
そして精霊語も精霊句も堪能。そんなの当然、魔導技師の資格は取らせるだろう。
適性がものを言う魔石鑑定は息をするようにこなした。あっという間に上級鑑定士の誕生だ。
本人がその才能をなんとも思っていないのがまたイライラとするところで、魔法の才能がなかったマキシムからすると歯がゆい存在である。
学園にシルヴィが入ってきてすぐに、入学試験ですごい魔力で合格した子がいると聞いて見に行ったのだ。
すごい力がある子にはとても見えなかった。現実離れしたような薄い色味の、小さい子だった。
頼りなさそうな見た目と雰囲気が気になって、なにかと構って世話を焼いてしまった。
そしてそのとんでもないほどの才能を見せつけられてからは、使える者として囲い込んだ。自分の手足になる使える者は何人いたっていい。
エグランティエ公爵領都パフェシィ冒険者ギルドに配置したのは、使える者として近くに置いておきたかったからだった。
マキシムが鑑定してほしいものをすぐに持ち込めるよう、北西部の本部ガルシア侯爵領からほど近い場所が都合よかったのだ。
本部へ置いてしまうと、その才能を気付かれて本部に取られてしまう可能性がある。
だからエグランティエ公爵領へ懐刀を預けておいたというのに、マキシムの信頼を奴らは裏切った。
あんなにも才能がある鑑定士を受付へ回して仕事をさせていないとは。
本業である鑑定を、残業させてやらせていたなど言語道断である。
シルヴィを好きに働かせていいのは、その才能を見つけて囲っている自分だけだとマキスムは憤った。
学歴差別がある領だとわかっていたが、あんなに愚かだとは思わなかった。
もう二度と優秀な鑑定士は配置するつもりはないので、しばらくは鑑定を商業ギルドなどに外注することになるだろう。
その分の費用はもちろんパフェシィ冒険者ギルドの売り上げから引くことになる。
今までより給料が安くなるのは自業自得というものだ。
書類から目を上げて窓を見ると、夕焼けの色が暗くなっていくところだった。
「——食事に行くか」
見ていた決算用の資料と依頼内訳の控えを片付けて、仕事場として占領している第2会議室の鍵をかけた。
そして鑑定室を覗きにいくと、すでに真っ暗で誰もいなかった。
事務所へ行くと、クレアがいた。
クレア・モーリス。男爵家の娘でシルヴィの友人。昔からその近くでよく見かけた人物である。
「クレア、シルヴィを知らないか」
マキシムが声をかけると、クレアは面白いと言わんばかりに細めた半月型の目を向けた。
「帰りましたけど」
昨日も鑑定室から出るなと言ったのに勝手に出ていき、今日も帰ったと。
せっかく夕食を食べさせてやろうと思ったのに。
二日連続肩透かしをくらったマキシムは、心に小さくないダメージをくらっていることを自覚する。
————なんだこれは。まるで俺が振られたみたいじゃないか。
気づいてしまったことに思わずうめきそうになったが、ぐっと耐えた。
「……そうか」
そんな上司の姿を見て、クレアは何か言いたげだったが相変わらず食えない顔で黙っていた。
シルヴィは便利な使える奴だから気に入っている。
それだけのはずだ。
今までだって何度も食事に連れていってやっている。
今日食事に連れて行こうと思ったのに深い意味なんてないし、特別なことじゃない。
普段こき使っているのを労わってやろうと少し思ったのと、誰よりも信頼がおける魔石鑑定をやらせようと思っただけで、他意はなかったのだ。
ただ————道中、向かいに座って魔石鑑定をする姿に飽きることはなかった。
馬車に持ち込んだ書類を見て、目をあげればシルヴィの姿が目に入る。
車窓の外の明かりが、魔石とそれを見る横顔を輝かせていた。
その光景を気づくと眺めていた。
焦がれるのは、その才能が羨ましいからだ。
恐ろしいほどの才能。天賦の才。
自分が欲しかったもの。
だから目の前で鑑定をするシルヴィの姿を見てしまうのだろう。
上司となってシルヴィの力を使いたいところに使えるのだから、それはもう自分の能力のようなものであるとマキシムは思う。
だから今の状況で満足のはずだ。
そのはずなのに、なぜこんなに食事に連れていけなかったことで自分ががっかりしているというのだろうか。
ギルド舎の外に出ると、空はもう暗い。
町は仕事終わりの者たちで賑わっている。
何か食べて帰るか、宿で食事を頼むかしようと一歩踏み出した時。
雑踏の中に、銀色の長い髪を見つけた。
似た姿があっても間違えない。
基礎科の小さかったころから見てきた小柄な頼りない存在。
そのとなりには、見たことのない長身の男が立っていた。
服装やたたずまいは、どこからどう見ても貴族だ。
兄弟か親戚かと思ったが、国内には少ない黒髪が違うと告げている。
シルヴィの周りには男の姿などなかったはずだ。
エグランティエ公爵領都パフェシィにいた時だって、査察の者からそんな話は聞かなかった。
シルヴィのそばには自分しかいなかったし、自分が一番近い男のはずなのに————。
マキシムが立ちつくすその先で、シルヴィが笑った。
自分の前では見せない、なんの裏もない笑顔。
そして二人は人混みの中へと消えていった。
焦がれていたのが才能だけだったのなら、こんな思いはしないのだ。
とうとう自覚させられたマキシムは、微かに眉を寄せ天を仰いだ。
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