第11話 知らなかった


 受け渡し完了後に連れてきてもらったのは、近所の大きなレストランだった。

 看板に『北の三つ星』と書かれたその店は出入り口の扉にフェアヴィル農場と書かれていた。


「領の名前がついてる……」


「ああ、そうなんだ。領主の所有する牧場のものを使っている店なんだよ。女性を案内するには安価で少し申し訳なくなるくらいなんだけど、味はいいんだ」


「美味しいのはうれしいです」


 安くて美味しいは最高だよね。

 前に精霊王様にそう力説した時は、深いため息をつかれたものだけど。


 こじんまりとした品のいい個室に案内される。

 どこかに軽く認識阻害の魔法陣が書かれているみたいで、精霊たちの数は減っていた。これなら落ち着いて食べられるよ。


 ざっくり好きなものと嫌いなものを伝えて、お任せで出してもらうみたい。

 アデルハード様は白ワイン、わたしは幸福の果実と呼ばれるアプフェルの果実水で乾杯した。


 目線まで持ち上げていたグラスを口元に運び、一口。

 香りが薔薇にも似た甘酸っぱい香りが鼻を抜けていく。味はさっぱりとして料理を邪魔しなさそう。うん、これは美味しい。

 数を減らした精霊たちも喜んでいる。 香りがいいもの好きなんだよね。


「この果実水は香りが強くて美味しいです。そういう品種を使っているんでしょうねぇ」


「そうらしいよ。果実水用の品種らしい。薔薇の花びらと合わせても相性がいいって聞いているよ。シルヴィはアプフェルに詳しいんだね」


「わたしの実家——となりなんですけど、山の野生のものも残しつつ、手を加えたものも作っています。でも、こんな洗練したものはなかなかできないですね」


「となりの領、カステール……。なるほど君は子爵令嬢ということか。それはよかった。冒険者ギルドの職員は貴族のご令嬢も多いと聞いていたが、本当なんだ。私がいた国では考えられないよ」


 何がよかったのかよくわからなかったけど、わたしは軽くあいづちを打った。


「この国でもここ数十年というところですよ」


 わたしも働かないとならないってことはなかったし。それどころか父と兄たちは嘆いたもの。

 時流というやつなんだよね。女性の魔力も使わないと惜しいみたいなの。

 力がある魔法使いが減っているせいでもあるんだけど。


「アデルハード様は、他国の方なんですね」


「そう、今はここに根を下ろしているけどね」


『アデルハード たびしてきた』

『たのしいくに たのしくない』

『アデルハード いまはたのしい!』

『アデルハードはころされかけたのニャ!』


 うう……。聞いていいんだろうか……。

 聞かなかったふりするしかないんだけどさ。


 複雑な思いであいづちを打って、料理へ意識を向ける。

 運ばれてきた料理はチーズとチーズとの相性がいいものばかり。

 ソーセージとチーズの盛り合わせといっしょに出てきた穀物パンのスライスには、細かい野菜がすりおろしたチーズと和えられたオバツダという料理がのっていた。


 実家でも出たけど、こちらはハーブが絶妙に混ぜられていて、洗練された味。都会の味だ。

 学生の時は王都にいたけど、あんまり外で食事する機会なんてなかったし、北西部の料理も食べなかったしなぁ。


「改めてお礼を言わせてもらうよ。解呪してくれてありがとう、シルヴィ」


「いえいえ、本当に仕事なので気にしないでください」


「それでも、お礼せずにはいられないくらい、感謝しているんだ。まさかもう一度身につけられるとは思わなかったから」


 胸元に伸びた手が服の中から鎖を引っ張り出し、蒼玉が輝いている。

 精霊のいたずらではなく、人の“悪意”で呪いの品になっていたことを、この方は知っているのかな。

 どういう経緯で呪われたのかわからないから、うかつに口を出しづらい。

 いや、元々、わたしが口を出せる立場じゃない。ギルド職員として個人的なことに口出してはいけないもの。


 でも、危険なことについては相談にのったり、力を貸したりすることになっているし。

 言っておけば、危険への対処も取れるのかなとも思うんだけど。

 でも、殺されかけたってコロネが言っていたよね。

 だから、わかっているのかもしれない。


 わたしの思いを読んだかのように、アデルハード様はふっと笑った。


「——もう、呪われるような失敗はしないから。大事にするよ」


 ああ、アデルハード様はわかっている。

 わたしは口に出さないことにして、うなずいた。


「……はい。でもまた何かあったら、ギルドに預けてわたしを指名してくださいね」

「必ずそうする」


 会話の継ぎ目を見計らったように運ばれてきたのは、分厚いベーコン。チーズがとろりとかかっている。

 うわぁ、焼き目もはいって美味しそう!


 ナイフで大きめに切って口に入れると、肉の甘みとあっさりとした塩味に燻した香り。

 美味! チーズを絡めるとクリーミーに優しくなるのに濃厚。どういうこと。

 飲み物もアプフェル果汁を炭酸水で割ったものが注がれていた。甘みがある果汁が口の中でシュワッと弾けて爽やか。

 なんてベーコンと合うんだろう!

 絶妙な味の組み合わせにニンマリしていると、アデルハード様と目が合った。けど、さっと逸らされた。


「かわいい……。気に入ってもらえたみたいでよかったよ」


 かかかか、かわいい⁉︎

 えっ、わたし? わたしのこと⁉︎

 父や兄たち以外からは聞いたことがない言葉に、かーっと顔が熱くなる。


『アデルハード うれしい!』

『シルヴィ かわいい!』

『シルヴィ どうよう』

『すればいい』

『もっとやれ』

『たまにはシルヴィも困ればいいのニャ〜』


 恥ずかしくてうつむき加減になっちゃったけど、ベーコンも他のお料理も大変美味しくいただきました。ごちそうさまでした。



 馬車で送るよと言われたけど、馬車に乗るほど遠くないので断った。

 するとアデルハード様も歩いて送ってくれると言う。


「そんなに遠くないんです」


「でももう暗いし、女性のひとり歩きは危ないよ」


「通りは明るいし、本当にすぐなんですよ」


「シルヴィ、私が送りたいんだよ」


 ああっ、もう、いっぱいいっぱいです!

 夜になっても通りは明るく、人だっていっぱい歩いている。

 フェアヴィルは治安がいい。昔も今も。


「あああの、それじゃ、お言葉に甘えて! ありがとうございます! えっと、あ、アデルハード様は考古学者みたいなお仕事って言ってましたよね? やっぱり遺跡ダンジョンの発掘とかですか?」


「そう、発掘というより調査だね。古くからあるダンジョンだけど、少しずつ変化しているのを研究しているんだ。大昔はもっと違うダンジョンだったんじゃないかと」


 あ、鋭い。

 ずいぶん昔は海洋系ダンジョンだった。

 時々遊びに入ったなぁ。ダンジョンも魔力が濃いから、精霊は好きなの。

 遺跡ダンジョンの話を聞きながら歩けば、すぐに冒険者ギルドの職員寮へと着いた。


「ここです」


「……君はここに……?」


「はい、エーリック・エークルンドの手がけた建物ですけど、ご存知ですか?」


「……知っているよ。精霊のための“飛躍の家”だよね。これを建てた商人が手狭になって手放して、今では国で有数の商会になったことで名の知れた建物だ」


「中もとっても素敵なんですよ。装飾がお洒落で。それに玄関ホールは天井が高くて光が差し込むのに眩しくないとか、ちゃんと住む人のこと考えて設計してあるんです」


「シルヴィはエーリックが好きなの?」


「はい! 大好きです」


 思わず本音が出て力強く答えると、アデルハード様は目元を手で覆った。

 精霊たちがわっと渦を巻いた。

 大騒ぎしすぎて何を言っているかわからない。


「そ、そう……。では今度、エーリックの建物を見ない? 特別な伝手があって、一般の人が入れない建物を見られるんだ」


「えっ、見たいです! ぜひ、お願いします」


 どこの建物だろう。

 精霊の時は好きな場所に行き放題だったけど、そういえば一般の者は入れないところもあるんだった。


「それでは近いうちに誘うよ。今日はつきあってくれてありがとう」


 そう言って手を振った背の高い姿は、街の人波の向こうに消えていった。


 ニンゲンを長いこと見て来たけど、実際になってみないとわからないことってあるんだ。

 こんなぎゅーっとなるのは知らなくて、娯楽小説を読んだだけじゃわからなかった。

 でも、胸がどきどきするのにうれしくて。


 わたしは、フェアヴィルへの辞令を出してくれたギルドのお偉い様に本気で感謝した。





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