第9話 ◆精霊を追って 2


 現在、アデルハードが世話になっているフェアヴィル辺境伯の屋敷は、市街の外れにある。

 屋敷というよりも砦といった方がしっくりくる。

 実際、魔の森に近く、いざという時の砦の役割も担っていた。

 領主は魔の森へ行っていて不在とのことで、取り急ぎ鑑定士を呼んだ。


 目の前でルーペを片手に木彫りの人形を見ていた男は、アデルハードの方を向いて器用に片眉を上げた。


「アデルハード様、これに使われているのは木と金属。魔法陣や魔法はかかっておりません。ただの木彫りの人形ですよ」


「……そうか」


「——なんてこの俺が騙されると思ったら大間違いですがね」


 ニヤリとして口髭をさする胡散くさい男は、見た目を裏切る優しい仕草で木彫りの人形をアデルハードの手に戻した。


「木彫りの人形というのは間違っていませんがね、その辺にあるただの木彫りの人形ではありませんよ。まず、この木は南方山脈の希少な木、ヒュゲ樹。伝説の弓に使われているものと同じ種類です。それを100日鍛治場に置いて熱気を吸わせて作る破魔材に加工してるんですよ。そしてこの灰色の模様は釘ですが、希少な天然のブルブム金属。下手な魔道具より凝っていますね」


 ブルブム金属は毒ですが、まぁ舐めたりしなければ大丈夫でしょうと鑑定士は続けた。

 さすが北西部で最も力がある辺境伯家のお抱え。アデルハードの生家の鑑定士に負けず劣らず優秀だ。


 再度そうかと呟いて、アデルハードは黙り込んだ。

 こんなに効き目があるのだ。ただの木彫りの人形なわけがないと思っていた。

 見知らぬ人に希少で高価なものは渡してはいけないと言ったのに。

 心の中で精霊の少女にそう言ったが、色味の少ない顔はあの時に見た心配そうな顔のままだった。


 ぐっすりと寝て起きたアデルハードは、生まれて初めてすっきりとした朝を迎えていた。

 それとは逆にカールは眠そうな顔でアデルハードの部屋を訪れた。


「住民台帳にはシルヴィという若い女性はいなかったよ」


「ありがとう、カール。そういえば、トランクを持っていたな。もしかしたらこれから転入の手続きをするかもしれない」


「旅行者かもしれないけどさ」


 それに住民台帳に記載されない者もいる。

 大きな商会やギルドに属している者は、本拠地に名前があり居住している場所に情報が来ないのだ。

 引き続き、転入の情報を気にしてもらうことにして、アデルハードは次の手を打つことにした。


 人探しをしようなんていう時はやはり————冒険者ギルドへ依頼だろう。



  ・━・✧・━・✧・━・✧・━・



「で、アデルハード様。貴族みたいな格好をして、今日はどういったご依頼で? 特級ランク冒険者の依頼など恐ろしくて震えちまいそうですよ。鑑定は優秀な鑑定士があちらにいらっしゃるし、誰も手に負えないような呪いの魔道具の解呪とかですかね?」


 応接室で向かいに座るのは、こめかみに残る傷跡もいかつい男はフェアヴィル冒険者ギルドのギルドマスターであるボルクだ。

 全然恐ろしくもなさそうな表情、はっきりいっておもしろそうに珍しくスーツを着たアデルハードを見た。


「いや、人探しだよ。シルヴィという若い女性を探している」


 ボルクは興味津々といったようすで、身を乗り出してきた。


「事情は無理にとはいいませんが、もう少し外見など聞かせていただいても?」


「ああ、もちろん。髪は銀か薄い金色、瞳は薄い青、華奢で小柄。年は10代半ばから20歳台だと思う。連れの男の感じからして、夫人……いやメイドか。昨日、馬車駅の前で会った人物だ。どうかな? やはりこれだけじゃ難しいか?」


「うちを頼ったってことは、住民台帳にはなかったということですよね? だとすれば奴隷や裏稼業に関わる人物の可能性もありますが」


 思い返してみるが、彼女はもちろん乱暴だったあの男にもそういう雰囲気はなかった。

 あれはどちらかというと自然と体に染み付いている、貴族の横暴さだった。まるで自分の持ち物を好きに扱うような態度だ。

 アデルハードは思い出してむっとした。


「——身なりはきちんとしていた。連れは私と同じ年くらいの男で、そちらもしっかりとした服装だったよ」


「ふむ……。馬車駅で会ったというのなら馬車の便から追えるかもしれませんね。まぁ追えなかったとしても、人探しが得意なギルド員もおります。お引き受けしましょう」


 アデルハードは依頼書にサインを入れて連れ立って応接室を出た。

 ボルクと並んで廊下を歩いていると、銀色の髪が視界を横切った。


「————っ!」


 手押し車を押して裏庭へ消えた姿をアデルハードは追いかけた。


「アデルハード様?」


 ボルクも追いかけてくる。

 銀色の髪が消えていったのは奉納院だった。

 ギルド職員でなければ入れない部屋へ入っていったので、アデルハードはジャケットに付けている記章を見せて押し入るつもりだったが、ボルクが通してくれた。

 そしてガラス越しに見た姿は、やはり昨日見た精霊だった。


「————ボルク、さきほどの依頼は取り下げで」


「は?」


「彼女だ」


 ぽかんとガラスの向こうを見るボルクの横に立ち、アデルハードは解呪する姿を食い入るように見た。


 床に魔法陣が描かれた結界は、外周から淡く青白い光が立ち上り、薄いカーテンがかかっているようだ。

 そこへ彼女は解呪する品を入れた。光が邪魔で何が入れられたのかは見えなかった。


 その後、もう一度魔遮袋を入れて出した意味はわからなかったけれども、すぐに結界の光に魔導ペンを振るい始めた。


 サラサラサラと息つくま間もなく何かを書いていく姿。

 見惚れるほどの時間もなかった。あっけなく終わった。


 解呪はそんな簡単なものではない。

 けれども、精霊がやるならこんなものなのかとアデルハードは納得した。


「……今のはいったい……」


 呆然とするボルクと僧たち。

 それを知ってか知らずか、逃げるように消えていった華奢な背中をアデルハードは追った。








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※記章について

徽章じゃないかというご指摘をいただきましたので、こちらで補足。

わたしも書く時にそっちかなと思ったのですが、弁護士記章規則という表記を見たので記章としました。(簡単な方がいいかなと……)

なのでこの作品では記章となっております。


ご指摘ありがとうございます〜!



フォロー、レビュー★ありがとうございます!(がんばります!)



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