第7話 解呪


 鑑定室に入り魔法遮断ゴーグルもつけた。

 わたしに呪いは効かないけど、気分がいいものじゃないからクッションがほしい。

 結界板の上で慎重に、問題の魔法遮断袋の口をほんの少しだけ開けた。

 中にうごめく悪意の模様。端々には殺意の色も宿していた。その奥に微かに感じる懐かしい気配。


「これはいけない」


 物がなんなのかは見えないけど、進行性の悪意は確認できた。

 元々は心に安らぎをもたらす加護の魔法が、強い不安を煽る精霊句に変えられていた。


 かなり進行しているようで、危険な雰囲気を醸しだしている。そばにあったら生き物が正気を失い何かをしでかしてしまいそうだ。

 自害はおろか、無差別殺戮も————……。


 袋を揺すった感じだと、ジャラジャラとしていて首飾りとか装飾品のようだった。

 身につけた途端に殺戮を始める死の装飾品というところかな。


 進行性の呪いでタチが悪いものに関しては、依頼者の許可を待たずに解呪へ回されることになっていた。


 これは緊急解呪案件でいいよね。一年も経っていて緊急もなにもないけど、このまま世に放たれたら危険だし解呪しないっていう選択はない。


 この場合、依頼者はものすごく高い解呪代を払い解析書付きの物を引き取るか、無料で寄付するかどちらかを選ぶこととなるんだけど。


 わたしは袋の上からさらに魔法遮断布で包んで紐で縛って、箱付き台車の荷箱へ入れた。


 これは奉納院へ持っていく。

 奉納院は精霊教の寺院で、精霊への感謝を奉納する場所である。

 解呪は精霊教の僧の中でも解呪師の資格を持つ者が行うので、そちらに解呪のための結界があるのだ。


 ごろごろと箱を押してギルドの裏へ出た。小さい中庭があり、それを挟んだ向こう側に奉納院があった。

 解呪という作業があるため、どこの冒険者ギルドも奉納院を併設している。

 冒険者の中でも魔法使いは精霊への祈りがかかせないしね。

 一般の人も気軽に入れるように冒険者ギルドとは別になっていることが多いの。


 奉納院の中は清浄な気に満たされている。やっぱり気持ちがいい。

 裏口から入り、奥の修行者たちがいる部屋まで行った。


「すみません。結界の間を使いたいんですけど」


 入り口で声をかけると、僧のひとりがやってきた。

 僧と言っても精霊教で試験を受け位を持った冒険者ギルド職員だ。上位学校の卒業生で、かつ元高ランク冒険者である者も多い。

 精霊教の僧なんて、ようするに凄腕の魔法使いだからね。


「おや、見ない顔ですね。新しい職員でしょうか? 解呪でしたら私たちがやりますよ」


「こちらに赴任してきた鑑定士のシルヴィです。解呪は解呪なんですけど、書き換えられたものなので魔導技師案件でして」


「それは魔法では難しい部分もありますが……。難品の解呪をあなたがされると? ――あっ。その水晶の記章バッジ、解呪師の資格もお持ちなんですか」


「なんか取れてしまいました」


 上級鑑定士の記章を付けている襟元をめくると、裏にはあとふたつ記章が付いている。

 魔導技師の記章と、解呪師の記章だ。


 元精霊なので、精霊教の試験は楽勝だったよ。

 というか、ガルシア卿にだまし討ちで連れて行かれて取らされたんだけど。

 あの横暴上司、基礎科のちびっ子学生にも本当に容赦ない先輩だった。


「鑑定士と魔導技師と解呪師……。なんか大変な人が赴任してきましたね……。いや、その若さですごい。では、解呪はお任せします。結界の間を開けましょう」


 解呪師は魔法で解呪するから、詠唱ができ魔力さえあれば、精霊句も魔法陣も知らなくて大丈夫だったりする。魔導技師とは全然違うんだよね。


 中はある程度の大きさの物でも大丈夫なよう、小ホールくらいの広さがある。

 外から異変に気付けるよう一面には魔法遮断ガラスがはめられており、僧たちがいる部屋から見えるようになっているのは、どこのギルドも同じだ。


 わたしは見られても全然気にならないので、中へ入り無造作に結界の中へ向けて袋をさかさまにした。


 出てきたのは魔銀のネックレス。それと————白く光る猫だった。


「ん? もしかして序列222位の……コロネ?」


 見知った猫型の精霊はわたしには気づかず、興奮して結界の中を散々暴れて飛び回り、ふと魔石が切れた魔導道具のように止まった。

 そして結界の外にいるわたしに気づいて、必死に口を動かし始めた。

 魔遮袋の口を開けて結界に入れ、指差すとすぐにさっと入ったので袋を引っ張り出す。


『シルヴィ〜〜〜〜‼︎‼︎ ありがとニャ〜〜〜〜! 助かったニャ!』


 興奮してぐるぐるとわたしの周りを飛ぶ猫型の精霊コロネは、感極まってべったりと顔にひっついた。

 精霊がひっついたところで痛くもかゆくもないんだけど、視界がうるさい。

 ひっぺがして、空へ放した。


 精霊界序列222位というのは相当上位だ。

 生まれたての下位の精霊たちは小さい光る粒の姿をしている。

 光の粒は徐々に大きくなってたまになり、力をつけて変化していく。

 もちろん育っていく間に消えてしまう精霊も多い。

 だから生き物の形になるまで育った精霊は上位なの。

 もちろん一番の上位は精霊王様。ようするにニンゲンに近いほど位が高いんだよね。


 上位の子たちはだいたい姿を見知っているので、コロネのこともすぐわかった。

 ちなみにわたしたちの名前は、生き物の形に変わった時に精霊王様が付けてくれる。

 存在の根に刻まれた名は、たとえ他のものに生まれ変わってもその名となるので、わたしは精霊の時からシルヴィだし、また転生してもシルヴィだろう。


 精霊と話をすると独り言を言っているように見えてしまうので、あまり話さないようにしているんだけど、仕方がない。

 口を動かさないように、小さく音を出す。


「……222位は、なんでこの袋の中にいたの?」


 想像はついているけれども、一応聞いてみる。


『このネックレスにくっついていたのニャ。そしたらニンゲンが勝手にメチャクチャにして……!』


 悔しそうにうにゃうにゃ言っている222位をちょっとだけ撫でた。


「無事でよかったよ。とりあえず、解呪というか書かれた精霊句消しちゃうからね」


『ありがとニャ〜〜〜〜』


 改めてネックレスを見る。

 細工がシンプルで存在感のある鎖に、恐ろしいくらいに青く澄んだ蒼玉がトップに据えられている。ドレスにも合いそうだけど、どことなく中性的だ。

 結界越しに呪いを詳しく見ていくとかなりがっつり書き換えられていて、呪いを解いてしまうと元々の加護もなくなってしまいそうだった。


「元に戻すのは難しいかもしれないな……。これ、222位の加護?」


『ニャのもあるけど、元々付いていたのもあるニャ』


 ずいぶん愛されたネックレスなんだな……。

 できればその加護を残してあげたいけど仕方がない。一旦全部精霊語を消して、新しく前の加護に近いものを付けよう。


 ニセ魔導視メガネをかけて魔導ペンを持ち、結界の外から魔力を込めた。

 結界越しに魔法陣の精霊句をいじるのは力技だ。強い魔力でゴリ押す。しいていうなら布越しに圧力で精霊語を刻むような感じ。


 元々書いてあった精霊句の、書き上げた最後の部分を探る。そして書いたものの時間を戻すように逆からなぞっていく。

 やはり綺麗には戻らず、あとの方は残った残像のようなものを見つけてはなぞりみつけてはなぞりで、全部消した。


 そして元々付いていた安らぎの加護に近いものを付ける。ついでにちょっとした護りも付けておこう。

 だって、せっかくの美しいペンダントだしね。元精霊、美しいものには弱いよ。

 安全になったネックレスを魔遮袋に入れ、222位に「いっしょに入る?」と聞くと、『シルヴィといるニャ』とわたしの肩に乗った。


『シルヴィの加護がついていればニャがついてなくても安心ニャ』


 解呪終了。あとは外で伝言帳を飛ばすだけである。

 ふと気を緩ませると、強い視線と気配を感じた。


 そうだった、ガラスの向こうから僧が見てるんだった……!

 コロネに気を取られてすっかり忘れてたよ!


「これはいけない……解呪、早すぎた……」


 普通はこんなに早くないって、昨日の修理の時も言われたのに!


 コロネがなんかウニャウニャ言っていたけど、わたしは顔を伏せたまま慌ててギルド舎へ逃げ帰ったのだった。





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