第6話 暴君上司と鑑定の仕事


 目が覚めると、カーテンの隙間から日差しが差し込んでいた。

 スリッパに足を通し、飴色の床を歩いて窓辺へ行く。

 カーテンを開けると東向きの窓から光が差し込んだ。


「眩し……」


 エーリックが遺した建物に、ニンゲンとして住むことになるなんて思わなかった。

 前世の自分の加護が未だ残る建物にいるのは、なんとも不思議な気分だよ。


 目を細めたまま両開きの窓を開けて、春先の風を部屋に入れる。

 公爵領よりも少し温度が低い。

 朝日をたっぷりと浴びた花々がウィンドウボックスで揺れていた。紫色の小花のラヴァンドラや白と薄紅色のローゼラが薫っている。

 その向こうに人が動き出しつつある町が広がっていた。

 三階の一番東側の部屋からは、町の向こうに広がる北部山脈までよく見えた。



 本日は休みでいいとクレアに言われているけど、鑑定室の棚には未鑑定品が溜まっていた。

 あれはどうにかしないと。

 呪いがかかったものがあったら困る。

 それにガルシア卿に何も言わずに出てきたのも、ちょっとだけ気になっている。


 身支度を整えて、玄関付近に置いてある姿見をのぞくと、色味の少ないわたしが映っていた。

 おろしたままの銀色の髪、白い顔に浮かぶ水宝玉の瞳、小さい口。


 公爵領にいた時とだいたい同じ格好だけれども、仕事用にしているオフホワイトのブラウスは少し厚めのものにした。


 それに濃灰のボウタイを巻き、ショート丈のジャケットを羽織っている。

 下は貴婦人の乗馬用スカートであるキュロッツ。色は汚れの目立たないグレーの濃淡で赤いラインが入っている。前から見るとほぼふくらはぎ丈のスカートだけど、裾が割れているので多少足さばきがいい。足元はショートブーツ。


 ギルド職員は案外動くから、機動性大事だよ。

 ギルドの制服のジャケットは向こうで着替えるので腕にかけ、革のハンドバッグを手に部屋を後にした。



 ・━・✧・━・✧・━・✧・━・



「おはようございます!」


 新しい職場での初日のようなものだからね。

 挨拶はちゃんとしないと。

 公爵領では仲がいい者もいなかったけど、こちらでは楽しく働きたい。

 意気揚々とギルド舎の裏から事務室へ入っていくと、部屋にいたのはガルシア卿だった。


「う……ガルシア卿、おはようございます……」


「ものすごく不本意そうな挨拶だな?」


「い、いえ、そんなことは……」


 近づいてきた美貌の上司は、後ずさるわたしを壁との間に閉じ込め顎を掴んだ。

 娯楽小説にある、顎クイとかそういう素敵なやつじゃない。

 ガッと掴んでほっぺをぎゅうと押し込むやつ。


「正直に言え」


「ほへへほへん」


 指が緩んだので、さっと逃げ出す。


「こ、これからいっしょに働く者たちに、ちゃんと挨拶しようと思っていたらガルシア卿だったので、あれ、違うと思いまして……」


 正直に言うとガルシア卿はなんとも言えない顔をした。


「しばらくは俺もここで仕事をすることになっているから、これからいっしょに働く者だよな? 違わないよな?」


「は、はい、そうですね……?」


「ギルドマスターは来客の対応をしている。だからお前はすぐに鑑定室に向かう。わかったな?」


「はい! 鑑定室に向かいます!」


「よし」


 暴君上司の圧から抜け出したわたしは、急いで鑑定室へ向かった。

 鑑定室の棚という棚に、伝言帳が留められた魔法遮断袋がみっちりと並んでいる。


「ん~、ずいぶん溜め込まれている」


 この数では少し時間がかかりそう。

 今日は進行性の呪いがかかっているものがあるかだけを確認しよう。

 魔道具の内部だけで進行していくものがあるので、魔法遮断袋の中といえども油断できない。早めの対処が必要だ。


 わたしに呪いは効かないけど、普通のニンゲンには脅威となる。

 ニセ魔導視メガネをかけ、結界板の上で片っぱしから袋の口を少し開けて確認していく。


 中に入っているのは、だいたい魔道具。時々、魔導道具のこともある。

 魔道具というのは精霊が手を加えたもので、加護が与えられた道具などがそれ。

 魔導道具はニンゲンが魔法陣を書き込んだものになる。

 魔法や魔法陣が見えない者からは、違いがわからないのだろう。


「あ、これ、呪われてる」


 中にあったのはペッパーミル。持つだけでくしゃみが出る呪いがかけられちゃっている。

 呪いと呼ばれるものの大半は、精霊のいたずらなんだよね。

 こんなふうになったらおもしろいよね! という他愛がないけど迷惑な遊びでやっちゃうの。

 まったく精霊ってば本当にどうしようもない。ニンゲン、ごめんなさい。元精霊として謝っておく。


 緊急性がなかったので、そのまま何もせず袋の口を閉じた。

 簡易鑑定依頼の品だったので、ついでに魔法遮断袋に付けられた二枚つづりの伝言帳へ『鑑定終了【呪い有】』と書いて、一枚を空に放った。

 伝言帳に魔力を付けた依頼者の元に届くはず。


 詳細鑑定依頼の品は確認するだけして、後日へ回す。

 とりあえず見たものの中には、進行性の危険な呪いはないようだった。

 片付けている時に、魔法遮断の魔法陣が書かれた箱に気がついた。

 結界板の上に載せ、ふたをそっと開けてみると魔法遮断袋が入っていた。


「なになに【難解呪・調査中】……?」


 留められていたメモにはそう書かれ、日付を見れば一年前。

 一年⁉ 進行性だったら相当マズイよ⁉

 わたしは慌てて事務所に走った。

 ガルシア卿はいなくて、クレアが奥の机に向かっている。


「あ、クレア! 結界箱に入っていた未処理の難品わかる?」


「あら、シルヴィ来てたのね。おはよう。休みでいいってギルマスが言っていたのに、まじめね。ええと、何? 未処理の難品……? ああ、そういえば、うちで解決できなくて本部に報告したのに、なんの音沙汰もないやつがあったわね。それかしら?」


「…………多分、それ。中って確認していいの?」


「いいわよ。誰もどうもできなかったものだから、好きにしてくれていいけど」


「誰もどうもできなかったやつって……放置したらもっとできなくなるよ~」


「ほほほ。いざとなったら本部のお偉いさんに押し付けようと思ってたのよね。ああ、そういえば本部のお偉いさんが来てるわね……?」


 うわぁ、酷いし、命知らずな!

 クレアって学生のころからガルシア卿に辛辣だったし強気だったよ。

 なんか弱みでも握っているのかな。


 でもまぁ、とりあえず許可は取った。

 わたしはまたも慌てて鑑定室へと走って戻った。






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※水宝玉=アクアマリン

(アクアマリンの和名になります。藍玉ともいいますが、水宝玉の字面が気に入ってこちらを採用しています)



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