第4話 魔導道具と魔導技師
馬車の中でお説教されながらギルドへ着くと、すぐに鑑定室に放り込まれた。
「いいか、今日からここがお前の仕事場だ。仕事は山積みだからな。おとなしくここで仕事をしろ。外に出るな。わかったな?」
畳み掛ける上司をぽかんと見上げた。
「横暴なうえに、またそんな無茶を……」
ギルド職員はいろいろ仕事があるのわかっているくせに、この上司は本当に横暴なんだよ。
冴え冴えとした美貌でギロリと見下ろされ、ヒッと首をすくめた。
最後にもう一度「わかったな?」と念を押されて、暴君上司は出ていった。
トランクもまだ持ったままだというのに、本当にひどい。
新しい職場に挨拶くらいさせてくれてもいいのに。
とりあえずトランクを床に置いて椅子に座ると、ノックの音とともにと顔を覗かせたのは赤髪をくるり巻いてアップにした女の職員だった。
「シルヴィ! 来てくれたのね! 今、ガルシア卿が教えてくれたのよ!」
「クレア! ここにいたんだ。久しぶりー」
「相変わらずのんきな顔してるわね」
国立ルフティール学園の元クラスメイトで男爵家の令嬢、クレア・モーリスが笑顔を向けた。
彼女とは基礎科の途中から同じクラスだった。途中というのはわたしが2回飛び級した先のクラスにいたから。2歳年上の友人だ。
応用科に上がりクレアは文官科へ、わたしは魔法科へと別れた後も、外国語などの授業で顔を合わせていた。
学園卒業後、わたしは専門院に進み、クレアは就職した。それ以来なので、会うのは3年ぶりくらい。冒険者ギルドにいるのは知っていたんだけどね。
「よく来てくれたわ。もう、照合機がなくて困っていたのよ」
「え、照合機ないの?」
「今、稼働しているのが2台ね」
照合機はギルド証や身分証明証を確認するのに使う魔導道具だ。
魔導道具というのは魔導技師が書いた魔法陣を組み込んだ道具。照合機は冒険者ギルドで最も使用頻度の高い魔導道具だった。
ここフェアヴィル辺境伯領は魔の森が近いからかダンジョンの数も多く、領都レルムだけでも近隣に2つある。
魔物の森自体の魔物の討伐数もすごいはずだよ。それなのに稼働が2台だけって……。
「もう混んで大変なのよ。今も昼に依頼をこなしてきた会員たちでロビーはごったがえしているわ」
そうだよね、大して冒険者がいない平和な公爵領ですら常時3台は稼働させていたもの。
「すぐ見てみるね」
鑑定室の机に照合機が3台が置いてあって、さっきから気になっていたんだよ。
まずはこれを修理してしまおう。
冒険者ギルドでのわたしの肩書きは鑑定士だけど、国家資格の魔導技師も持っているので魔導道具を見ることもできる。
詳細鑑定をするにも必要な技能だから、持っていないと上級鑑定士にはなれないのだ。
「来たばっかりなのに、悪いわね。軽くつまめるもの持ってくるわね」
「お腹すいてたんだ〜。うれしい、ありがとう」
それではやりますか〜。
狭い鑑定室でニセの魔導視眼鏡をかけた。
魔導視眼鏡は魔法や魔法陣の魔力の動きを見る眼鏡なんだけど、わたしはなくても見えるからいらないんだよね。それどころか、かけているとグネグネと変に見えてくるの。
でも、ないとおかしいらしいから、それっぽく見える普通の眼鏡をかけている。
机に置いてあった照合機を手に取ってじっと見る。
ああ、やっぱりギルド証をあてる部分の精霊文字が摩耗して変形しちゃっているんだ。照合機の故障はこれが多い。
魔法も使っているうちに摩耗して変質するのだ。
胸元から魔銀製の魔導ペンを取り出した。
魔銀は魔力を阻害しない唯一の金属。
他の技師たちは精霊が好むクリスタルや琥珀などのものを使っているけれども、わたしには他の精霊の力はいらないし、それなら魔力が素直に通る魔銀がいいんだよね。
照合機から浮かび上がっている魔法陣を見て、精霊句が崩れたところを直していく。
ゆらゆらと揺れる文字は糸のようで、ぐにゃりと曲がった部分を魔力を込めながら魔導ペンの先でちょんちょんと形を戻す。直りづらいところは新たに強く書いてしまう。
何か所か直して正しい精霊句になったところで、自分のギルド職員証をかざしてみると、情報が記載されたスクリーンが浮かび上がった。
よし、直った直った。
「失礼します。鑑定士シルヴィ様、クレア様に言われて食事をお持ちしました」
開けっぱなしになっていた入り口の向こうから顔を覗かせたのは、深緑色の髪をした青年だった。同じくらいの年に見える。
「ありがとうございます。あの、敬語も敬称もなくていいですよ?」
「子爵家のご令嬢だとお聞きしていますので、様をつけないとかないです。僕は平民なので敬語なしで、ヘンリックと呼んでください」
「わたしも気軽に呼んでもらって大丈夫なんだけど……。まぁいいか。ヘンリックね」
「はい。あ、お食事をお持ちしましたので、手が空きましたらどうぞ」
「ありがとう、いただきます! ——これ、一個直ったよ。規定に従って職員ふたり以上で5通りを確認、正常に作動すれば表に出して大丈夫」
「もう直ったんですか⁉ 早過ぎませんか⁉ 僕たちが困っていたのは一体……いえ、ありがとうございます! 確認後に問題がなければ出します!」
受け取ったヘンリックはそれを持って走っていった。
トレイに載っていた飲み物を一口飲むと、蜂蜜入りの果実水だった。この香りはライモンかな。酸味が爽やかで喉と頭がすっきりする。
魔法陣に書き込む精霊句というのは、詠唱する魔法を文字にしたものだ。
精霊語を連ねて精霊句にするんだけど、ちょっと変わっているというか、おかしいの。精霊のすることだし許してほしい。
そして、魔法陣にするためには書く時にそこそこの魔力が必要でもある。
一定量の魔力をずっと魔導ペンに込めながら書くわけで、魔力操作も上手くないとできない。
だから魔導技師の数は多くなく、さらに腕のいい魔導技師となると少数なのだ。
ニンゲンの持つ魔力は、個人差があるものの実はそう多くはない。
魔力そのものである精霊が寄り添い魔力を増幅させることで、魔法は発現している。
当然、精霊は嫌いな人に寄り添わないしいうことなど聞かないわけで、精霊が願いを叶える人というのは精霊に好かれている人ということ。
だから魔力が多い少ないといわれているのは、精霊に好かれる力、しいていうなら“精霊力”が関わるということだ。
精霊ほどの魔力はないものの、魔石などでも魔力を補うことができる。
近年では一定しない精霊の魔力に見切りをつけ、それに頼らない魔石を使う魔導道具が人気を集めている。
一定しないのはニンゲンの精霊力、精霊を信じて慈しむ心や感謝の心なんだけどね。
もう1個仕上げて、差し入れてもらったハムとキュウリをふわふわのパンではさんだ食事パンにかぶりついていると、クレアが飛び込んできた。
「シルヴィ! ありがとう! 助かったわ!」
仕上がっているもうひとつを渡した。
「——これも直したよ。予備はふたつ? あとひとつ直せば大丈夫?」
「ええ! それで通常配置個数になるわ」
それなら直してしまおう。
残りの一個もささっと仕上げた。
これから夕食をとるというクレアとヘンリックに誘われたので、食堂へ向かうことに。
あ、そういえばガルシア卿が部屋から出るなって言っていたような気もするけど……まぁいいか。
照合機は直したし、出てもいいよね!
わたしはそう判断して、こらからしばらく仕事場となる鑑定室をあとにした。
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