第3話 マタギとの出会い


 翌日。

 トランク2つと肩掛けカバンを持ち馬車駅へ着くと、大きなバレルバッグをひとつ持ったガルシア卿が待っていた。


「え、ガルシア卿もフェアヴィルに行くんですか?」

「仕事があってな。俺が行くついでにお前を乗せてやるんだ。感謝はしなくていいが乗りながら仕事をしろよ?」

「う……ありがとうございます」


 酷いとか横暴とか本音を口の中にしまったわたし偉い。

 やってきたのはスレイプニル八本足魔馬だった。20人くらいが乗る幌の駅馬車よりも一回り大きな高級客車を引いている。


 ガルシア卿の後について馬車へ乗り込むと、車内には高級感のあるシートやテーブルがゆとりをもってしつらえてあった。

 他に乗り込んできたのは二組。こんなに大きいのに乗客は三組のみのようだ。

 スレイプニルの急行便だわ高級客車だわ、かなり高価で快適そうな旅路。

 喜ぶべきところかもしれないけど、仕事をさせるためだと思うと素直に感謝もできない。


 発車した馬車の車窓からびゅんびゅん後ろへ流れていく風景を見ながら、行先のフェアヴィル辺境伯領に思いをはせた。

 辺境に追放なんてひどいとガルシア卿には言ったけど、実際の辺境伯領は北の要の地で栄えている。

 ……フェアヴィルと聞いて思わず動揺してしまったんだよね。

 それでつい、読んでいる小説たちによく出てくる追放とか言ってしまった。


 精霊のころは気の向くままに世界のあちこちへ行っていて、フェアヴィル領はすごく好きな土地だった。

 けれども、わたしが精霊でいることをやめようと思ったその場所こそが、フェアヴィル領だったのだ。


「――手が止まっているぞ」

「うう……。もしかしたらガルシア卿は知らないかもしれないですけど、動いている馬車で鑑定とか細かいものを見ると酔っちゃうんですよ?」

「窓を見ながら魔石も見ろ」

「……横暴が過ぎる……」


 わたしは言われた通りに、石を目の前に掲げたまま窓の方を向いた。

 今見ている魔石はがさっと袋に入れられたもののひとつで、どこかの支部で3等と鑑定されたものらしい。いくつか見たけど4等相当のものや2等のものが混ざっている。

 もしかしたら普通のニンゲンには魔石の鑑定は難しいのかもしれない。

 気持ち悪いのは治らないまま、見終えた石を4等の袋にぽいと入れる。

 ガルシア卿は眉を寄せ「あそこの鑑定士は再研修だな」と低くつぶやいた。



 ・━・✧・━・✧・━・✧・━・



 道中は馬車駅での休憩があり、夜は高級な宿で湯浴みができた。

 快適過ぎる。悔しいけど感謝せざる得ないよ!

 長めの休憩の時にスレイプニルが交代し、フェアヴィル辺境伯領都まで三日で着いた。

 さすが急行便、快適な上に速い。普通の駅馬車半分以下の時間で着いてしまった。


「辻馬車を呼んでくるからそこで待ってろ」


 ガルシア卿はそう言うと、わたしとトランクを置いて人込みへ消えていった。

 久しぶりの領都レルムは活気に満ち、懐かしい気が包み込んでいた。

 精霊の時に来ていたころから、ずいぶん経っているのだと思う。

 なのに、そのころと変わらない柔らかい気があふれている。


 覚えている景色はあるかな。

 あたりを見回していると、ものすごい数の精霊たちが集まっている一角があった。

 小さな光の姿をした精霊たちが上空まで連なっている。

 精霊に好かれているニンゲンが亡くなる時、そういうことが起こる。

 誰か、命が消えそうなのだろうか。

 病気を治すことはできないけど、間に合うようなら助けを呼ぶことくらいはできる。


 わたしは両手にトランクを掴んだまま、目指す場所へと走った。

 精霊たちが十重二十重とえはたえと渦巻き、光の粒がキラキラとしていている中心にいたのは、ベンチでぐったりとしている青年だった。


「——あの、大丈夫ですか?」


「……んん……」


 反応はあるけど、目を開けない。

 手遅れだった————……?


「お兄さん! 起きて!」


 声を大きくして強く揺すると、青年はやっと目を開けた。

 目元を覆う黒髪の間から、美しい黒曜石の瞳がきらめいた。


 ————綺麗…………。


 艶のある漆黒の髪が揺れ、その間から一瞬、刺すような強い視線と合った。

 涼しげな目元が見開かれた。

 形のいい唇が少し開かれすっきりとした鼻筋と相まって、爽やかな貴公子か王子といった雰囲気を醸し出している。

 今は驚いた表情を貼りつけているけど、そんな顔でも舞台の主役役者のように決まっていた。


 そして冒険者なのか、なんてことない風の革装備一式を身にまとっている。

 ううん、これ、すこぶる丈夫で高価なフォレストリザードの革だ。上位ランク冒険者に違いない。


 それに——手元や足元に巻いている毛皮は山岳猛クマ……?

 え、東の国にいる狩猟集団マタギのゴンゾーと同じだよ……。いくら獣避けにしても、街で着るのはどうなの……。

 しかも首元から背中にかけられているのはクマの頭。加護ががっちりついてるヤツ。まさか、それ、かぶるの……⁉︎ ゴンゾーだってそこまでやらないのに!

 マタギ以上のマタギがレルムの町にいるとは思わなかったよ……!


 まぁでもそれはいいよ。よくないかもしれないけど、個人の趣味だもの。ゴンゾー好きのニンゲンだっているよ。

 だけど————めちゃくちゃうるさいな! 精霊たち‼


『シルヴィ みとれてるー』

『そーだよねー みとれちゃうよねー』

『アデルハード すき すきー』

『アデルハード びっくりしてるー』

『シルヴィに びっくり』

『せいれいじゃないのにー』

『せいれいかもー?』

『アデルハード だいすきー』


 みとれてない! やかましい!

 どうやら死にかけたニンゲンがいて精霊が集まっていたわけではなく、ただのマタギ好き精霊の集まりらしい。

 たしかにゴンゾーもすごく好かれていたものね。


「————精霊…………? いや、精霊が見えるわけないか。ああ、すまない。寝かけていたよ。起こしてくれてありがとう」


 青年は凛とした眉を下げた。優しげになった顔から花が舞うようだ。

 感謝とかうれしいとかそんな気持ちが咲かせる花。

 これは、たしかに惚れる。精霊は美しいもの大好きだからね。


「もしかして、あまりねむれていないんですか?」


「昔から、寝つきがよくなくて……」


 整った美しい顔に並ぶ目の下には、くまがうっすらと見える。


 ……まぁ、そうだろうね……?


 ちらりと彼のまわりにいる精霊たちに目をやった。

 渦巻いている。

 精霊たちにこんなに好かれていると、ちょっと願えばすぐに魔法が発動されてしまうということだ。

 気を緩められないだろうし、身のまわりに魔力がひしめいていて落ち着かないことだろう。

 寝不足だって続けば病になる。

 精霊に好かれたものがあまり長生きできないというのは、それが原因なんだと思うんだよね。

 わたしはトランクから小物をひとつ取り出した。


「これ、よかったらどうぞ。悪夢を食べるバクという動物なんですよ」


 差し出したのは木彫りのバクのお守りだった。

 なんの魔法も付いていない、ただの木彫りの人形。

 マタギが手に取ると、精霊たちが一斉に悲鳴をあげた。


『きらいなやつ わたした!』

『ひどいー‼』

『シルヴィ あくま‼』

『せいれい あくま‼』


 本当に魔道具でも魔導道具でもない木彫りのバクだけど、背中にみっつある銀色の模様が重要。

 これは釘の頭である。ようするに金属の釘が三本刺してあるのだ。

 精霊の嫌いなプルブム金属を仕込んだお手製のこれを、わたしは沈黙のバクと呼んでいる。

 精霊がうるさい時はこれを近くに置いておくに限るよ。

 もっと大きいのを作ってありとあらゆる金属を仕込めばもっと効くかもしれないけど、ひとつ作るのにも結構な労力がかかるからすぐには無理なんだよね。

 すでに大半の精霊が遠くに離れていった。

 でも力がある少し大きな光の玉たちは残っているなぁ。


『どきどきするー』

『すりる! さいこう!』

『シルヴィひどくてさいこう!』


 さすがに残っている精霊たちは一筋縄ではいかないようだ。

 けど、少し大きくなった精霊はちゃんとわかっているから、生まれたばかりの精霊みたいになんでもかんでも願いを叶えたりはしない。

 ちゃんと魔法として願われたものだけ発現させるから、いても大丈夫だと思う。

 もっと上位の生き物の形をしている精霊がいれば、小さい子たちにも言い聞かせてそばにいさせてあげるんだけどね。


「――寝やすくはなると思いますが、魔法はちょっと使いづらくなるかもしれません。必要がない時は魔法遮断袋に入れておいてくださいね」


「……頭が軽くなった……。これ、もしかして魔道具? 君、こんなによく効く素晴らしいものを、見ず知らずの者に渡してはだめだよ」


 マタギはそう言って返そうとするので、首を振った。


「本当にただの木彫りの人形なんです。鑑定に出しても木彫りの人形としか出ないですよ。大したものではないので、どうぞ」


「——それなら、ありがたくいただくね。今晩はゆっくり眠れそうだ」


 マタギは沈黙のバクを大事そうに胸の前で握りしめた。

 そして、わたしに向かって綺麗な所作で感謝の印を結んだ。

 精霊教の信者が使う印。あなたの幸せを精霊に祈りますという意味がある。

 まっすぐに精霊へ届く、澄んだ感謝の心と魔力がわたしを包み込む。

 優しく柔かく、甘い魔力だ。


 ————ああ、これはいけない…………。


「君の名前を――――」


「シルヴィ! なんでちゃんと待っていないんだ! 行くぞ!」


「は、はいぃ……うぐっ」


「あ……」


 わたしはガルシア卿に猫のように首根っこをつかまれ、辻馬車まで歩かされた。

 マタギが何か言いかけていたような気がして馬車の窓から見たけど、もうその清廉な姿は見つけることができなかった。






### ### ###


※バレルバッグ

バレル=樽 で、樽型のバッグ。(現在だとボストンバッグとかドラムバッグとか)

いわゆるボストンバッグを思い浮かべていただければ〜!


フォロー、レビュー★ありがとうございます!!(歓喜)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る