竜種の本気

 サイクロプスヘッド。サイクロプスの中で生まれた希少種である。過去にも発見されたことはあるが、その時は勇者数名のパーティで倒すほどの魔物である。魔物ランクはSランク。


「ステータス平均値は約9,000か。俺たちのステータス値より上回ってる」

「主様! スカーレットちゃんを単騎で行かせていいのですか!? 相手は魔王の軍勢でもトップクラスに位置付けられるほどの魔物です。今のスカーレットちゃんでは流石に荷が重すぎます」

「分かってる。スカーレットが厳しいとなれば俺たちで援護する。だけど、スカーレットの希望だ。1人で戦いたいと」


 スカーレットとサイクロプスヘッドが対峙する。身長差があり過ぎてサイクロプスヘッドが見下ろしている。スカーレットとサイクロプスヘッドの睨み合いが5秒ほど経過した後、サイクロプスヘッドは後ろへと思い切り飛び退いた。

 一体何が起きたんだ?


「恐らくスカーレットちゃんとサイクロプスヘッドは殺気や魔力といったもので何百通りも戦いをしました。その結果、スカーレットちゃんが退けたのです。ステータス値は確かに差がありますが、潜在能力を加味するとあるかもしれませんね」


 サイクロプスヘッドは飛び退いた姿勢のままスカーレットをじっと見つめる。そして、高らかに笑い出した。


「がはははははは!! 面白い。竜の小娘がどれほどの実力かと思ったが、我と戦うに相応しいと見た。小娘、名は?」


 喋った!? 上位種の魔物になると喋るのか。まぁ、スカーレットとかラピスが喋ってるから当然と言えば当然か。武人って感じのサイクロプスヘッドだな。


「スカーレット」

「ふむ。スカーレットか。その名を覚えておこう」


 その会話が戦いの合図となったのかスカーレットは何メートルも離れた先にいるサイクロプスヘッドへ飛んだ。スカーレットの脚力からの飛びは一瞬で移動したかのように見えるほどのスピードだ。そして、その勢いのまま蹴りを繰り出すが、サイクロプスヘッドはその足を掴み思い切り振り回して投げ飛ばす。

 スカーレットは、木に思い切り叩きつけられる前に体勢を整えて衝撃を受け流し、そのまま勢いに変えて再度飛び掛かりつつ殴る蹴ると攻撃を出していくが、全てサイクロプスヘッドに受け止められてしまう。


「あの巨体なのに動きが素早すぎるだろ」

「あれでもAGIは低い方ですよ。STR値が異常なので平均値が底上げされています」

「なるほどね。確かにSTR値12,000は伊達じゃないか。あの攻撃をまともに受けたらひとたまりも無いな」


 サイクロプスヘッドの攻撃は速さは無いが、空ぶった時に聞こえてくる空気を切り裂く音は恐怖を感じる。あんな攻撃を受けたら体が粉々になっちまうな。

 スカーレットはそれでも臆せず攻撃をし続ける。相手の攻撃を回避しながら攻撃をし続けるが、決定打にはならず、相手にダメージを与えられていない。


「VIT値も高過ぎるな。何だよ10,000オーバーって。スカーレットの攻撃でほとんどダメージを与えられてない」

「多少ダメージを与えられてもスキルの自動回復によってすぐに回復してしまいますね。このままではスカーレットちゃんが・・・いけない!」


 サイクロプスヘッドの攻撃がスカーレットに思い切り当たる。その拳によってスカーレットの体は木々を粉砕しながら何十メートルも吹き飛んでいく。


「ラピス! スカーレットの援護に行くぞ」

「はい! お願い・・・無事でいて」


 もっと早くに援護すべきだったか。だけど、魅入ってしまっていた。スカーレットの戦いぶりに。いつか俺もそうなりたいと思って見てしまっていた。STR値が12,000を超えてる魔物の一撃で無事でいるのかどうか・・・。

 向かった先には全身の骨が砕かれているスカーレットが横たわっていた。サイクロプスヘッドが止めの一撃を繰り出そうとしているのを俺とラピスの魔法で食い止める。


「ほぉ。スカーレット以外にも粒が揃っていたのか。人間と吸血鬼か。だが、まだまだだな。魔法は強力だが、スカーレットほどの脅威を感じぬ。

 さらばだ。我を楽しませてくれた竜の娘、スカーレットよ」


 俺たちの魔法でも今度は止まることなく振り上げられた拳がスカーレットに当たる。そのまま何度も何度もスカーレットを殴り続ける。そして、拳に魔力を込めた最後の一撃を放つ。


「ぬ! こ、この力は・・・!」


 サイクロプスヘッドが放った一撃必殺の拳をスカーレットが片手で止めていた。止めた拳を持ち上げながらスカーレットはゆっくりと立ち上がる。


「あの姿はなんなんだ? 今まで見たことが無い姿になってるが」

「妾も見たことがありません。炎に包まれた箇所の怪我が治っていく」


 蒼い炎がスカーレットの全身を包み込んでおり、普通の人間なら火傷するような状況なのにスカーレットはサイクロプスヘッドの拳を止めたまま立ち上がってゆっくりと押し返していく。ラピスが言った通り、先ほどまで骨が粉々になって手足が酷いことになっていたのに今では炎がある個所から怪我が治っている。あの炎には癒しの効果もあるのか?

 サイクロプスヘッドの拳は炎で焼かれているが、自動回復によって火傷の傷は瞬時に治る。


「竜種としての力が覚醒したのか? だが、我でもこの力は見たことが無い。しかし、やることは同じ。再び倒れるがいい!」


 サイクロプスヘッドの拳に魔力が込められて再び放たれるが、スカーレットはそれに自身の拳をぶつけて相殺する。拳と拳がぶつかった衝撃で地面が凹む。なんて戦いだよ。これがSランクの魔物同士の戦いか。


「妾とスカーレットちゃんの力の差はそこまで無いと思っていましたが、遠いですね。嫉妬する気持ちも起きずに今は憧れている自分がいます。

 そして、そんな自分が憎いです」

「ラピスだって強くなれる。ステータスに上限なんて無いんだ。どこまでもレベルが上がれば強くなれるさ。だから一緒に強くなっていこう」

「はい!」


 嫉妬すらも起きず憧れすらも遠い存在。


「我は魔王様からも認められた存在! それが・・・それが、こんな竜の小娘にやられるというのか!」


 スカーレットを包み込んでいた蒼い炎は真紅へと戻り、竜へと形が変貌する。その竜の姿をした炎を見てから身震いが止まらない。恐怖とかそんなものじゃない。ただただ竜という存在がカッコいいと思ってしまっている。


「いけ・・・スカーレット!」

『真なる竜の子の力の一端を知るがいい』


 スカーレットから聞いたことがない声が発せられる。そして、炎の竜の口に超巨大な火球が作られる。周囲の四元素である火属性を全て飲み込んで作られる火球。その火球は圧縮されてバスケットボールほどの大きさほどにまで小さくなった。

 あれだけの超高密度な魔法が圧縮されたらどれだけの威力になるんだ。その魔法をサイクロプスヘッドは受け止めるように身構える。

 いや、無理だ。あの魔法は受け切れ無い。


『カタストロフィフレア』


 炎の竜の口からゆっくりと放たれた魔法は空気や地面すらも焼き尽くしながらサイクロプスヘッドへと向かう。距離が離れている俺たちですら凄い熱気だ。


「主様、妾の後ろへ」

「熱気が弱まった?」

「妾の氷魔法で熱気を遮断しています。本来であれば対象者を氷漬けにするほどの魔法なのですが、熱を防ぐのがやっとのレベルです」


 ラピスが氷の結界を張ってくれたおかげで何とか熱気から守られている。しかし、この魔法を受け止めようとしていたサイクロプスヘッドは無事では済まない。魔法に対して拳を放ったが、その拳が一瞬で蒸発したかのように肉と骨が燃えて溶けてしまった。

 そして、全てが終わる。


「我は・・・魔王様から・・・この地を任され・・・必ず・・・知らせねば・・・脅威・・・」


 サイクロプスヘッドは灰すら残らずにこの世から消えた。魔法が通った場所には何も残っていない。土も木々も全てが燃え尽きてしまったのだ。


「これが竜の本気の力・・・スカーレット?」


 炎の竜を身に纏ったスカーレットはこちらへ少し近付いて見てくる。敵意や悪意は感じない。ラピスは臨戦態勢を取ったが、肩に手を置いてスカーレットにその意思は無いことを伝える。


「大丈夫。あれはいつものスカーレットだ」

『真なる竜の子の主である人の子よ』


 炎の竜が俺に話しかけてきた。威厳を感じさせる声に怖さを感じるが、スカーレットはスカーレットだ。どう変わろうが以前までと同じだ。


「何だ?」

『世界が敵となろうとも必ず真なる竜の子を護り抜くのだ』

「言われなくても当然だ。スカーレットは従者―――俺たちの家族だからな」

『良き主に出会ったようだ。これなら安心して任せられる。真なる竜は神からも世界からも敵意を持たれる存在。主である人の子、真祖の吸血鬼よ。どうかこの子を頼んだぞ』


 炎の竜はスカーレットのことを頼んだと言い残して消えていく。スカーレットは炎の竜が消えると意識が戻ったのか目をパチパチさせながら周りの状況を確認する。


「あれ? サイクロプスヘッドは?」

「スカーレットが倒したぞ」

「え!? 私まだ何もしてない!」

「戦ってる時の記憶が無いのか? あれは一体何だったんだろうか」


 自分が何もしていないのにサイクロプスヘッドが消えたことに怒っているスカーレットをラピスがなだめている。

 竜種であるスカーレットには謎が多い。それにラピスに対してあの炎の竜は真祖の吸血鬼って言ってたな。ラピスにもまだまだ隠された力があるってことなのかもしれない。

 この従者たちは頼もしい限りだね。


「魔王様、かの地を任せていたサイクロプスヘッドが何者かによって倒されました」

「へぇ~、面白いな。俺の最高傑作のうちの一つが倒されたのか。相手は、勇者? 英雄? 上位の魔物?」

「報告によると勇者によるようですが、直接倒したのは魔物です」

「ん~? あいつと同じテイマーなのかな?」


 玉座に肘を付けながら座って喋っている者とこうべれている者の2名が厳かな雰囲気の中で話している。

 豪華絢爛な城であり、魔王がいるに相応しい城となっている。


「テイマーのように洗脳して従えているという感じではないようで、自身の意思で従っているようです」

「マスターサーバントか。厄介なスキル保持者が現れたもんだね~。それで、倒した種族は?」

「はい。竜種です」

「竜種!? あはははははは! ま、まさか、竜が人間に従うなんて。いや~面白いこともあるもんだね」

「他には吸血種も確認されております」

「おや、同族もかい」

「ええ。それも真祖の力を有しているようです」

「おやおや、これは面白くなってきたね。僕と同じ真祖の力を受け継いだ吸血種か。まぁ、計画を進めていけばいつか相まみえそうだ」

「はい。計画は順調に進行しています。あと半年もすれば計画の大半を完了させれます」

「任せたよ。ふふふ・・・この世界には種族が多過ぎる。増えすぎたのなら選定しないとね」


 邪悪な笑みを浮かべた魔王の計画は確実に進行し、世界を闇が飲み込もうとしている。

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