勇者から魔王へと

「ごふっ!」


 スカーレットの一撃でアカツキさんは思い切り吹き飛ぶ。急にオーレリアさんが危ないというからオーレリアさんの部屋へと駆け付けたと思ったら、アカツキさんがいて、それを蹴りで吹き飛ばすとかどうなってるんだよ。


「ま、まさか、僕にこんな一撃を与える存在がいるとは思わなかったよ」

「あの~・・・アカツキさん大丈夫です? 頭から思い切り血が出てますけど」

「あーグレンさん大丈夫ですよ。大丈夫。ちょ~っと予定とは違うことになっただけなので」


 何か強がった感じになってるけど、頭から思い切り血が出てるんだよな。その様子を見たオーレリアさんは驚いて唖然としてるし。


「グレンお兄ちゃん、その人から離れて」

「主様、こちらへ。スカーレットちゃんの言う通り離れて下さい。この人から邪悪な気配を感じます」

「そうは言うけど、こんな大怪我を負わせたのに何もしない訳にはいかないだろ」

「ふふふあはははははは!! いやー、僕がテイムしたSランク相当の吸血種を従者にした勇者がどんな存在かと思ってさっき近付いたけど、面白いね。

 魔力をこれだけ解き放ってるのにあっけからんとしてる。大物なのかタダのバカなのか」


 魔力を解き放ってるって言われても分からないんだが。あと、笑った影響か血が余計に溢れ出てて、顔面蒼白になってますよ。


「はぁ~思い切り笑ったらどうでも良くなったよ。さて、改めてグレンさんにも自己紹介しようか。僕の名前はアカツキ。遥か昔は勇者をしていた。まぁ、今はいろいろあって魔王をやらせて貰ってるけどね」

「魔王? 全ての魔物の頂点ってことです?」

「うーん・・・ちょっと違うけど、ほぼ合ってるよ」

「なるほど。それで、魔王であるアカツキさんはこの状況で何をするつもりなんです?」

「特に何も」

「え? それじゃ、何でオーレリアさんのところへ?」

「挨拶だけだよ。最近になってやたら勇者召喚の儀が行われてるからね。警告の意味合いも含んでるけど」

「警告ですか」

「そう。僕のような不幸な勇者を生まないためにね。本当は勇者召喚の儀なんてクソなのは止めるようにしたいんだけど、この世界のシステム的にそれは無理みたいだから仕方なく許容してる」

「システム的に無理ってどういうことなんです?」

「恐らくこの話を聞いている王やそこのギルドマスターは知らないことだが、この世界はマナを定期的に消費しなければ汚染が進んで終わるんだよ」

「大気汚染みたいなものが起きるのか」

「そう。勇者召喚の儀は大気中のマナを大量に消費することで行われる。この世界が生き残るために必要な儀式という訳だ。

 正式な勇者召喚の儀は元の世界に不平不満を持った人のみを召喚する儀式。もしそういった人物がいなければ失敗となって召喚はされずにマナだけ消費されて終わる。誰にも不幸にならない儀式となってる」

「それなのになぜアカツキさんは忌み嫌ってるんです?」


 その瞬間、アカツキさんの顔つきが変わる。ニコニコとした表情をしていたのが怒りによって顔が歪んでいる。それほどまでに嫌う何かがあったのか。


「・・・僕の口からは言いたくないな。まぁ、何にせよ王には警告しておく。今後は勇者召喚の儀を控えるように。他の3国にも通達をしておくんだね。大気中のマナは安定している。これ以上は勇者を召喚する必要はない。

 だが、もしもそれを守らないのならば・・・分かっているよね?」


 アカツキさんの周りからどす黒いオーラのような魔力が溢れ出る。その様子にスカーレットとラピスが思わず後退った。2人がそうなるほどの強さってことか。


『・・・ならば、問おう』

「何をだい?」

『ワシら人間は魔物からの脅威をどうやって防ぐというのだ? 魔物が活性化してる中で国民を守るのにどうしろと。魔の王であるならば魔物の活性化を何とかして欲しいものだ』

「自分の世界なんだから自分たちで何とかしろ・・・と言いたいが、魔物が活性化した原因がこちら側に以上はそうも言ってられないか」

『活性化の原因がそちら側にあるじゃと?』

「そう。僕以外にも魔王はいるのは知ってるだろ? その魔王たちが何やらよからぬことをしようとしているみたいなんだよね。僕からしたらどうでもいいことだから気にはしてないけど」

『それが魔物の活性化に繋がっているのか』

「恐らくね。さて、お話ももう終わりだ。他の魔王の対処を行い、勇者召喚の儀を控えてね。あと、グレンさんも気を付けて」

「俺?」

「Sランク相当の魔物を従者にしたのはこっちでも話題になってる。それも2体。流石に魔王が出張ってくることはないと思うけど、注意しておいて損は無い」

「あ、ありがとうございます。アカツキさん」

「何だい?」

「他の魔王との対処を手伝ってもらうことは出来ないんです?」

「それは出来ない。不可侵条約を結んでるのもあるけど、他の魔王と戦ったら僕も無事では済まないから。それに僕には他の魔王に対抗するだけの戦力が無い」

「そうですか残念です」

「それに魔王をいつも倒すのは勇者の役目だろ? だったらグレンさんだったり他の勇者が頑張らないと」


 そう言ってアカツキさんは腕を横に振るう。そうすると、空間に黒い裂け目が出来た。漫画とかで見るような空間移動の時に出来るやつみたいな感じだ。


「それじゃあ失礼するよ。他にいる勇者たちももっと頑張るように言っておいてね。たかだか吸血種ごときに遅れを取ってるようだと、この先が危ないから」

「なっ!? 妾に対して何て無礼な!」


 ラピスが怒って魔法を放ったが、それをアカツキさんは片手で防いで笑顔で手を振りながら消えてしまった。

 ラピスは全力の魔法を受け止められたことにショックを受けて落ち込んでしまっている。


『グレンよ。急で申し訳ないのだが、明日にでも城へ来てくれぬか?』

「特に用事は無いので大丈夫ですが・・・」

『アカツキについて―――魔王の伝承を伝えねばならぬ。他の勇者にはワシの方から声を掛けておく』

「分かりました」

『オーレリアも同行するように。ギルドマスターとして今後の対策を考えねばならぬ。アカツキ以外の魔王が動き出したとなれば、他国との協力も必要となってくる』

「承知しました。ギルドマスターとして行かせて頂きます」


 こうして王様の通信が切れる。スカーレットは落ち込んでいるラピスを励ましていた。うんうん優しくていい娘に育ってくれよ。


「ラピスお姉ちゃん大丈夫? どこか痛いの?」

「いえ、スカーレットちゃん大丈夫です。主様の従者として恥ずかしい姿を見せてしまったことが不甲斐ないのです」

「そうは言っても相手は魔物の王である魔王だろ? だったらSランク相当のラピスでも仕方ないだろ」

「主様、それは言い訳に出来ません。アカツキが言っていたように今後は他の魔王が攻めてくる可能性があります。その時に魔王だから勝てなかったではダメなのです。

 妾は主様の従者。その身を盾にし、剣となって敵を屠るだけの強さが無ければいけません」

「私もラピスお姉ちゃんと一緒に強くなる!」


 俺の従者たちは頼もしくて嬉しいね。俺もレベルが上がって強くなったとは言え、今後も危機が訪れないとは限らない。もっともっと強くならないとな。


「盛り上がってるところ悪いけど、明日は早いから今日は宿に早めに帰った方がいいわよ」

「オーレリアさんは大丈夫でしたか?」

「大丈夫・・・とは言えないわね。あれほどの狂気の魔力は見たことが無いわ。今でも恐怖してる」

「そんなにだったんです? どうもアカツキさんが言っていたようにバカなのか魔力が分からなかったんですよね」

「慣れてきたら分かるようになるわよ。私は報告書をまとめないといけないから解散解散!」


 オーレリアさんに促されて部屋を後にする。どこか空元気だったみたいだけど、大丈夫だろうか。


「はぁ・・・スカーレットちゃんが来なければ私はどうなっていたのか分からなかった。あははは・・・まだ手が震えてる。ギルドマスターといっても冒険者とは違って無力よね。

 ダメね。そういった脅威から国を守るための存在でもあるのが冒険者。その冒険者が命を落とすことなくクエストに挑めて、冒険者を権力者達の汚い圧から守るのがギルドマスターである私の使命。

 私が出来ることをしないと」


 俺たちは料理屋 レストへと向かい、夜飯を食べて英気を養った。宿に戻るとスカーレットは早々に眠りについたが、ラピスは机に向かって何かをひたすら書いている。


「まだ起きてるのか?」


 ラピスは俺の声に気付いて顔を上げる。いつものメイド服はとは違った寝間着姿に眼鏡をしていてドキっと思わずしてしまう。印象がガラリと変わるもんだな。


「すいません起こしてしまいましたか?」

「いや、まだ眠くは無かったから大丈夫だよ。それよりも何か勉強してるのか?」

「はい。妾のスキルである四元素の英知はこの世界を構成している元素の魔法を使うことが出来る物です。ですが、妾はその全ての力を引き出せていません」


 そう言うラピスは浮かない表情をしている。相手がいくら魔王だったとしてもラピスは自分の力が通じなかったことが許せなかったんだろう。それこそラピスが言ったように従者として主の敵となる相手を倒せるだけの力が無かった、それはあってはならないことだとラピスは思ってるんだ。

 従者にそんな思いをさせるなんて。俺がもっと強ければラピスにこんな思いをさせずに済んだのに・・・。その時、何か自分の中で渦巻くどす黒い魔力を感じ取り慌てて冷静さを取り戻す。今のは何だったんだ?

 ラピスが不思議そうにこちらを見て来ていたので、話の続きをする。


「そ、そうなのか? 相手がアカツキさんとは言え、あれほど強力な魔法だったら凄いだろ」

「あれでは全然です。妾の魔力値で無理やり強力な魔法を撃っているだけなのです」

「魔法が使いこなせていないって感じなのか」

「そうです。それで今までは良かったのですが・・・妾はもっと強くならないといけないです」


 スキルによって魔法を使えてはいるが、それではダメな相手に遭遇したことでラピスは魔法を理解しようとしている。努力が凄いよな。強いのに更なる努力を惜しまないとか凄すぎるよ。


「そういえば、俺でも魔法って使えるのか?」

「魔力はあるので使えると思いますよ」

「おぉー! 俺も魔法を使ってみたいと思ってたんだよな」

「ふふふ、妾で良ければ教えますが、今日は夜も遅いです。明日の王との謁見が終わった後でよろしいですか?」

「ぜひ頼む! いやー、アカツキさんの魔力が感じ取れなかったりしたから魔法が使えないのかなって思って不安だったんだよな」

「・・・魔力が感じ取れない? あれほどの魔力を感じ取れないなんてあり得るのかしら。いや、可能性としては」


 何やらラピスがぶつぶつ言いながら机に向き戻ってしまったため、ベッドに戻ってそのまま就寝した。そして、王様に謁見する時間へとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る