新たなる脅威

 この世界に召喚された人間は何人もいる。過去を遡れば、強力な魔物を討伐したという偉業を成し遂げた英雄、スキルによって魔法を極めて賢者と呼ばれる者、前の世界の知識を活かして科学をこの世界にもたらした発明王などなど。

 それらの先人がいるからこそ召喚された人間は勇者と呼ばれている。だが、善人ばかりではなく悪人も中にいた。世界を危機に陥れた勇者は善の心を持つ勇者とこの世界の英雄によって打ち滅ぼされて平和を取り戻してきた。

 この世界はその歴史を繰り返している。


「え? Cランク? 何がどうなってるんです?」

「私にも分からないわ。10階層は少し冒険者として自信を付けてきた者が挑むのに適した階層なの。魔物の素材を得つつ力試しも出来る。だから、竜種と同等に戦えたり、勇者が4人で挑むレベルの魔物なんて存在してはいけないのよ」

「けど、現にラピスはそこに存在していました」

「そうなのよねー・・・えっとラピスさんと呼べばいいかしら?」

「ギルドマスターであるオーレリア様、妾のことはラピスとお呼びして下さい。敬称は不要です」


 ラピスのメイド服姿を上から下までじーっと観察していたオーレリアさんは恍惚な笑みを浮かべる。どうもオーレリアさんは美女がお好みのようだ。そして、その様子を見ていたスカーレットはサッと俺の後ろへと隠れる。まぁ、そうなるわな。ラピスは何事も無いようにしてるけど。


「へぇ、私の好みって感じでとても好きよ。ラピス、私の事もオーレリアと呼んでいいわ」

「では、オーレリア”さん”とお呼びします」

「・・・つれないわねぇ」

「えーっと、それでラピスが何か関係あるんですか?」

「そうだったわ。なぜラピスはダンジョンの10階層にいたのかしら?」

「分かりません。というよりも思い出せないといった方がいいでしょうか」

「思い出せない?」

「はい。妾が覚えているのは吸血種であることだけです。何故あの場所にいたのか。妾が誰なのか分からないのです」

「そう・・・。角折れでもあるし何か深い事情がありそうね」

「そういえば、ラピスがボスとして出てきた時に黒い霧みたいなのが体に纏っていたんですよね。そこからコウモリが大量に出てきたり、スカーレット魔法を防いだりで苦戦しました」

「黒い霧?」

「ラピスの体をそのまま覆う黒い霧でした。なので、最初はどういった姿なのかすら分からなかったんですよね。その状態のラピスは自我が無く、何というか暴走しているかのような感じで戦ってました。

ダメージを与えると黒い霧が無くなっていき、最終的にスカーレットの一撃で黒い霧が完全に消失して今のラピスになりました」

「あの時はスカーレットちゃんに感謝してもし切れません。今では流石は竜種だと感動すら覚える一撃でした」

「Sランク相当の吸血種の自我を失わせるほどの何か・・・。いや、まさかね」


 オーレリアさんは何か考え込むように下を向く。ギルドマスターにもなる人物だから知識が豊富なはず。だったら何か少しでも知ってることがあればと思うんだが。


「何か心当たりでも?」

「無いことも無いけど・・・確証が持てないから今は言及しないでおくわ。この件に関して、王様への報告は私からしておくわね」

「王様にですか?」

「ええ。ダンジョンの10階層にラピスのようなSランク相当のボスがいるなら、冒険者をダンジョンに入れる訳にもいかないでしょ。

 それに勇者4人が死にかけたのなら王様に報告しない訳にはいかないわ」

「なるほど。確かにですね」

「報告ありがとうね。それで、これからどうするの?」

「クエストでも受けようかなと思います。Aランクのクエストが貼ってあったので」

「高難易度クエストを受けてくれるのはありがたいわ。安全と幸運を祈ってるわ」


 そうして、オーレリアさんとの会話を切り上げてギルドの受付へと俺たちは向かった。


『オーレリアよ。お前が王であるワシに魔動機で通話をしてくるなんて珍しいな』

「緊急を要する案件だったもので」


 オーレリアはギルドの自室で水晶のを使って国王と会話をしている。水晶の中には国王の顔が映っており、この機械で通話が出来るようになっているのだ。


『たまには会いに来てくれてもいいのだぞ。親子なのだから』

「はぁ・・・父さん、私がギルドマスターになった時点で王と王女という関係ではなくなりました。いくらギルドマスターでも、そう簡単に会いに行けませんよ」

『悲しいものだな。それで、緊急を要する案件とは?』

「ダンジョンの10階層に吸血種のボスが出現しました」

『10階層にか!?』

「はい。現在はグレンの従者となっていますが、問題があります」

『マスターサーバントのスキルを持った勇者か。外れスキルと言われていたので、心配したが、吸血種を従者にするとは凄いな。

 それで、問題と言ったか』

「吸血種のボスはグレンによってラピスと名付けられたため、今後はラピスと呼びます。そのラピスなのですが、ボスとして対峙した時に黒い霧によって自我を失っていたようです」

『黒い霧・・・強い魔物が自我失う・・・まさか!?』

「そのまさかです。関係していないと言う方が無理だと思います」

『いや、しかし・・・』

「最悪を想定して動くべきだと思います。何故なら相手は・・・」

『分かっておる。隣国の不完全な召喚の儀によって召喚された勇者であるマサムネだったか』

「いえ、現在は勇者では無くなり、名も変えております」

『そういえば、そうであったな。現在は―――』


 グレン達はギルドの掲示板でクエストを見ながら次に受注するクエストを吟味していた。Aランククエストがいくつか貼られだしたのだ。


「Aランクのクエストが割とあるな」

「グレンお兄ちゃん、どれを受けるの?」

「主様、正直、ここにあるクエストの魔物はどれも雑魚ばかりです。Aランクといってもこの程度のクエストなんですね」

「なかなか辛辣だな」


 掲示板に貼られているAランククエストの貼り紙を歩きながら物色していたら注意が散漫になってしまい、誰かにぶつかってしまった。


「す、すいません」

「おっと失礼。いえいえ、こちらも不注意でした」


 眼鏡をかけ、高身長なイケメンといった感じの人が倒れかけた俺を支えて目の前にいた。俺が女性だったら一目惚れしちゃうぞ。


「いやーそれにしても凄いですね」

「何がですか?」

「まさかその年齢でAランククエストを受注出来ることですよ」

「たまたまですよ」

「謙遜しないで下さい。冒険者のランクにたまたまや運は関係ありません。実力こそが全てなのです」

「そう言ってもらえると嬉しいのですが、全ては従者である2人のお陰なんです」

「従者?」

「はい。俺の実力なんて全然なのですが、2人の従者が強いお陰で不相応なランクになってしまったんです」

「主様、妾達が従者として従っているのも主様の実力ですよ」

「そうだよー! グレンお兄ちゃんじゃなかったら付いて行かないもん」


 俺が実力不足だと言ったことに2人は怒ったのか反論してくれた。


「あははは! 従者に愛されてますね。僕も2人と同じです。従者がいくら強くても従う主でなければ付き従いません。もっと自信を持って下さい」

「あ、ありがとうございます」


 なるほどー。イケメンは心までイケメンなのか。笑いながら時々見える白い歯が眩しく見える。


「いやはや、クエスト受注のために吟味しているのに呼び止めてしまって申し訳ない」

「いえ、話しかけて貰って嬉しかったです。冒険者の方と話す機会があまり無いので」

「そうなのですか。・・・良かったら今後も繋がりを持ってもらえるとありがたいですね」

「もちろんです! そういえば、名前は何て言うんですか?」

「僕の名前は”アカツキ”。以後お見知りおきを」


『名は”アカツキ”。勇者から魔王へと変貌してしまった悲しき勇者だったか』

「その事態を招いたのは全て隣国であるオーティスのせいです。まぁ、そのオーティスもアカツキによって100年以上前に滅ぼされて亡国になりましたが」

『うむ。本に記された内容には暴走した勇者を止めるために他国からも英雄や勇者が招集されたのだが、大変な戦いになったとあったな』

「何よりも厄介だったのは魔物を使役するスキルのカオステイマー。どのような強力な魔物であっても黒い霧に掴まったが最後、アカツキの完全なる奴隷となってしまう。

 それに加えて不完全な召喚の儀によって獲得したスキルの大半が禁術ばかりで、並大抵の英雄や勇者であれば歯が立ちません」

『そうであったな。しかも、オーティスは不完全な召喚の儀ということもあって前の世界に不満が無い人間ばかりが召喚されてしまっておった。無理やり召喚された勇者達の心も扇動して味方にしたのも厳しい戦いになった要因ではあったな』

「・・・それに関してはどこの国も同じですよ。例え不満があったとしても身勝手に異世界へ召喚していい訳がありません。私は常々それを言ってきました」

『確かにな。その議論は4大国家で話し合わなければならぬな。まぁ、あいつらが話し合いに応じるとは思えぬが。

 それよりも今は目の前のことについて何とかしなければいけないな』

「はい。我が国のダンジョンで魔王アカツキのスキルであるカオステイマーが発見されたということは、少なくとも我が国へ侵入を許したことになります。そうなれ―――」

「そうなれば、この国の一大事だ」


 突然の声の出現に部屋の入り口をオーレリアは見る。そこには眼鏡をかけた高身長なイケメンの青年が立っていた。纏っている雰囲気が無ければ良い印象を持ったのにという感想を抱きつつ、オーレリアは臨戦態勢を取る。


「いやー、僕が20年以上前にテイムした吸血種がどうもダンジョンに紛れ込んだみたいでね。その処理をしようかなと思って立ち寄ったんだ」

「それで?」

「まさか僕のテイムを解いて自身の従者にする勇者が登場するとは思わなかったよ。長生きはしてみるものだね。

 それにしても、まだ勇者召喚なんてクソみたいな儀をやってるんだ。僕たちのことは忘れたのかな?」


 急に解き放たれる魔力で部屋中の物が吹き飛ぶ。このままでは殺されるとオーレリアは恐怖した。


『あ、アカツキよ。主の目的は何だ』

「この国の王か。目的は無いよ。僕の全てを奪った国は滅ぼしたしね。ただ、そうだなー・・・久々に世界に触れて変わらないクソってことが分かったから、世界ごと滅ぼしてもいいかもね」

『なっ!?』

「かつてのような英雄も勇者もいない。といっても、それはこちらも同じだ。僕がこれからどうするかは君たち次第―――」

「オーレリアお姉ちゃんから離れろーーー!!」


 部屋に飛び蹴りで入ってきたスカーレットの一撃がアカツキの側頭部に思い切り刺さる。いや、あのスカーレットさん・・・シリアスな場面ぽかったのにそれはダメですよ。

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