第299話 こぼれ話「メイドの心構え」

【まえがき】

 時系列

 第280話「先輩にお肉を焼きました」の後あたりです。


▽▲▽


 1月22日。月曜日。放課後。

 翌朝に行われる三権会議えんたくかいぎへ向けて、騎士団長こと郡さんと、その補佐役となる莉子は黙々と資料作成作業に没頭しています。


 他の騎士の手も借りたいところですが、四姫花の方々が生徒会と一緒に会議しているため、姫付きの騎士はそちらに掛かりきりなのです。

 まあ、莉子としては?

 郡さんと静かに作業することは嫌いではありませんから良いのですが。

 滅多に見られない、真面目で凛々しい横顔も見られますからね。

 負担は大きいですが、役得かもしれません――。


 それで、風騎士委員団が議題に上げるものは、

『空き教室の取り扱いについて』と『バレンタインデーの騒動対策』についてです。

 空き教室については、2月から3年生の自宅学習が始まります。

 それによって9階が寂しいことになります。

 それだけなら別によいのですが、中には授業をサボり隠れたりする生徒もおります。

 そうさせないために!

 しっかり施錠確認を行おうという単純なものです。


 バレンタインデーの騒動対策については、過去の事例を元にしっかり吟味しました。


 イチに、差し上げる方も受け取る方も強制しない。


 ニに、手作り菓子の持ち込みは禁止。市販の物にすること。


 サンに、窃盗は即退学。


 と、案内を出す予定です。

 イチに関しては、過去に『あいつはもらった』『なのに俺はもらってない』などが原因でケンカに発展したこともあります。


 二に関しては、単純に食中毒防止です。チョコレートで食中毒? とも思いましたが、調べたところによると、海外で発生した事例もあります。その他にも、生チョコなんかでは可能性としては考えられます。

 ……というのは、純真ピュアピュアな郡さんを騙す建前です。

 本当は、材料として入れてはならない物を混ぜ入れる、危ない方向に重たい人もいるからです。


 そして最後、サンについてです。

 ま、当然ですよね。乙女の想いを込めたチョコを盗むなど言語道断です。

 郡さんは『厳しくない?』と言いましたが、あり得ません。

 譲ったりしません。厳しい処罰を求めますよ。

 郡さん、あなたは例えば美海ちゃんが郡さんを想い一生懸命に作ったチョコレートを盗まれたら許せますか?


 ――はい、これで陥落ですっと。


 ――とまあ、そんなこんなで白熱した場面もありましたが。


「よし――」

「ええ、完成ですね。お疲れ様です、郡さん」


「莉子さんもお疲れ様。手伝ってくれてありがとね」

「いえ――莉子は騎士団長補佐ですから、お手伝いするのは当然のことですよ」


「それでも礼くらいは言わせてよ。莉子さんのおかげで思ったより早く終わったんだしさ」

「それでしたら、そうですね……凛々しい声で『ご苦労だ、莉子』。そう言って下さるだけで結構ですよ」


「莉子さんは相変わらず感性がバグっているね。まあ、いいや。取りあえずさ、下のコンビニで何かデザートでも買ってくるよ。それでいいでしょ?」

「ええ、ええ――莉子はホイップたっぷりの何かがいいです」


「りょーかい。頭使うと甘い物食べたくなるよね」

「ですです」


「部下をねぎらうのも上司の努め……ご馳走して――」

「ありがとうございます、郡さん!! 大好きです!!!!」


「はいはい――じゃ、行ってくる……って、どうしたの莉子さん? ニマニマしたりして」


 今では郡さんだけでなく、莉子や美海ちゃんの口癖にもなっている『はいはい』返事。

 目上の人に対して『はいはい』返事をすることは失礼な印象を与えかねない。

 しっかりした郡さんがする返事としては『らしくない』部類のものに感じますが、莉子も美海ちゃんも知っています。

 郡さんが『はいはい』と返事する時は『仕方ないな』という意味が込められていることを知っています。

 そして、郡さんが『はいはい』返事する相手は、郡さんが気を許してくれている証拠とも言えます。

 ですから、莉子と美海ちゃんはしっかり口癖が移ってしまったのでしょう。


「なんでもありませんよ? ただ、郡さんはやっぱり郡さんだなぁ……って思っただけです」

「よく分からないけど、莉子さんがよく分からないのはいつものことか」


「それ、しのしのにも言っておりましたよね?」

「え? どうだろう……でも、まあ莉子さんと国井さんってさ、何か通ずるものがあるからね」


「二番煎じみたいな扱いは不満です。莉子は不満です」

「はいはい、ごめんって。とりあえず行ってくるから、お留守番よろしくね。莉子さん」


 郡さんはいつもの口癖を吐き出してから、呆れている、でもどこか優しい色を含めた目を莉子へ向けてから、手の平をひらひらとさせて、風騎士委員団室を出て行かれました。


 美海ちゃんや美波ちゃんともよく話しますが……あの目は狡い。

 凛々しい目を一瞬だけくしゃっと柔らかくさせる、あの目は狡い。

 それこそ有無を言わさずに『仕方ない』と思わせる目なのですから――。


 それはそうと、気持ちを切り替えましょう。

 どうやって追い出そうかと悩みましたが、丁度よく出て行ってくれました。

 とは言え、時間は限られております。

 せめて15分は欲しいところですが、郡さんがお戻りになられるまでは、早くて10分というところでしょうか。

 それまでに、着替えなければなりません。

 莉子専用ロッカーに隠し入れていた、この――――。


「クラシカルロングメイド服へと」


 志乃師匠に教わり、冬休み中に完成させたものの、何だかんだとお見せする機会を逃しておりましたからね。

 ただ、郡さんのことですから、メイド服の存在など頭から抜けていることでしょう。

 そう考えたら、驚かせるには丁度良かったのかもしれません。


「ひと先ず鍵を……」


 ラッキースケベが起こったりして?

 いいえ、だめです。風騎士委員団室で破廉恥はいけません。

 それに、万が一にも郡さん以外の男子が入って来たら詰みです。

 ギルティです。罪なき男子に罪を着せる訳にはいけません。

 莉子もギルティです。

 そんなことになれば、やきもち妬きの美海ちゃんに詰められてしまいます

 あの方、あの夏姫様は、怒ると本当におっかないのです。

 敵にまわしてはいけないお人が美海ちゃんです。

 ですから、大人しく鍵を掛けて着替えるとしましょう――。


 はてさて、莉子はメイド服を作りながら考えました。

 メイドとは何だろうかと調べてみました。

 調べ癖は莉子と郡さんに共通する性格かもしれませんね。


 むっふっふ~。


 本来のメイドとは、乙女や未婚女性を表す立場の者を差します。

 遠い過去に若い女性が、結婚前には奉公に出されていたことが由来だそうで、そこから女性奉公人や使用人の意味へと派生したことが始まりみたいです。

 その仕事は清掃や洗濯、炊事などの家庭内労働と多岐にわたり、個人宅に住み込みで働く使用人を指し示します。

 現代風に言うならば『お手伝いさん』『女中さん』『家政婦さん』辺りが適当でしょうか。


 それが、2000年代前後からメイド萌え文化が広まり、ご主人様または旦那様などと呼ぶ接客が売りの、いわゆる『メイド喫茶』の人気に火が付き、各地で続々とオープンされるようになりました。


 日本式メイド文化の始まりですね。


『主人に対して絶対の忠誠を誓う』の精神は、日本特有文化でもあり、

『持ちつ持たれつ。雇用主と奉公人』の本来のメイドからは、かけ離れた精神らしいです。

(諸説ありです)


 そして、ここまで調べたところで莉子は気が付きました。

 掃除も洗濯も炊事も郡さんは莉子よりもそつなく丁寧にこなします。

 あれ、あれれ……莉子は本当に、郡さん曰く『駄メイド』なのでは? と。


 否です。認めません。いえ、認めたくありません。断固拒否です。


 駄メイドなんて言わせてなるものですか。

 そもそも、学校限定での専属メイドなのです。

 炊事洗濯の出番など、ほとんどありません。

 精々がお茶を淹れるくらいです。

(まぁ、それも郡さんの方がお上手なのですが……)

 と、とにかく!!

 それなら、事務仕事を全力で手伝おうと決めたのです。

 痒い所に手が届く、そんなプロフェッショナル秘書的な役割を目指そうと決めたのです。

 それはもう、メイドというよりは秘書なのでは?

 という心の突っ込みは無視です。


 メイド服を身に纏えば、例えどんな役割であろうとそれはもう『メイド』なのですから。

 メイド服は最強ということです。

 そんな最強衣装を身に纏った莉子は――――。


「ちょっと……恥ずかしい気持ちもしますね」


 鏡に映る自分の姿。正直に言えば、めちゃくちゃ、くぁわいい~!! です。

 ですが、見慣れない姿な上に場所が学校、そしてハロウィンでも何でもない日にメイド服を着ている非日常ということもあり、恥ずかしい気持ちが込み上がってきてしまいます。


 まぁ、でも? くるっと回ってみたりして――。


 な、なんですコレ? スカートがめちゃめちゃ可愛くありません?

 ロングスカートの方が似合うと言ってくれた郡さんはコレが分かっていたのでしょうか。

 それはそれで若干引いてしまいますが、今ならその可愛いさも分かってしまいます。


 こんなにくぁいい~莉子の姿を見たら、さすがの郡さんも駄メイドとは呼ばないでしょう。もしも呼んだりしたら、くすぐりの刑です。

 あ、郡さんには効かないんでしたね。

 それなら……思い浮かばない。

 ようやく、美海ちゃんとの交際が始まったことは嬉しいですが、下手に郡さんへ触れられなくなったことは困りものです。

 美海ちゃんが許してくれても、周囲の目があります。

 変な誤解を生みたくもありませんから、気を付けないとなりません。

 ですから罰を考えるのにも悩むようになりました。

 まあ、でも今はいいでしょう。その時になったら考えたらよい事です。


「ふっふっふ~ん♪ くぁいい~ですね~」


 可愛い衣服を着るとテンションが上がりますね――あ、郡さんが帰って来たようです。

 扉が開くと同時に挨拶してみましょう。

 ドキドキです。郡さんは可愛いと言ってくれるでしょうか。

 言ってくれなくてもいいですから、何かしらどぎまぎする態度を見せてくれたら莉子としては大大大満足です。さて――いよいよですね――――。


「戻ったよ、莉子さ、ん……?」


 美空姉さんに教わったカーテシー、片足を半歩ほど後ろに引いて、両手でエプロンの一部を抓み軽く持ち上げ会釈する。それから――。


「――お帰りなさいませ、ご主人様」


 き――決まったぁ~~~~。我ながら上手にできたのではないでしょうか。

 流れる様な所作、噛まずに言えた。練習した甲斐がありました。

 どうです、郡さん? 美しいでしょ?

 驚きで固まっておりますね。ですが、莉子も案外恥ずかしいので、何かしらのリアクションが欲しいです。


「い……如何でしょう、郡さん? 似合っておりますか? これでも莉子は駄メイドですか?」


 あーもう、耐えられず、自分から聞いてしまいましたよ。


「と……とりあえずさ、莉子さん」


「はい、なんでしょうか。ご主人様」


「ちょっと、くるっと回ってみてよ」


 あ……もう、満足。

 鬼むっつりな郡さんから、素直にこの言葉を引き出させただけで、莉子は満足です。

 でも、ご主人様の頼みですからね、少しだけ回って差し上げることにしましょう。


「承知しました。では――」


 先ほどと同じように、くるっと回って見せます。


「凄いね、莉子さん。これ、自分で作ったんだよね?」


「ええ、その通りです。まあ、既製品を志乃師匠に教わりながらアレンジしたものですが」


「それでも凄いよ。スカートにボリューム感があって、僕がイメージするメイドさんに近いし、それにやっぱり長い方が莉子さんにはよく似合っている」


 郡さんは分かっておりますね。そのボリューム感を出すのが大変だったのです。

 生地をふんだんに使用しましたし、ウェスト部分をキュッとしたことでメリハリを付け、裾側をゆったり見せているのです。

 パニエまで履いて、回った時に美しく広がるよう工夫も凝らしているのです。

 そこをピンポイントで褒めるとは、さすがです。


「ありがとうございます。それで、可愛いですか?」


「え? うん、凄く可愛いよ。僕があげたチョーカーも着けてくれているんだね。髪を結ぶ大きな白いリボンとも合っていて、やっぱりすごく似合っているよ」


「ふっふっふ~。このエプロンなんかはどうです?」


「そこもまた魅力を一段上にあげているよね。フリルが付いて可愛らしいのに、全体的に見るとクラシカルな雰囲気でいて清楚さを感じさせる。ああ、そうか。肌の露出が無いから上品さを彷彿させるのかな」


 感想を求めたのは莉子ですが、怖い――郡さん、志乃師匠が言ったポイントを的確に見抜いております。

 莉子よりも、この服の可愛さを理解しているみたいです。


「……郡さんも男の子ですね」


「え、なに急に?」


「いえ――メイド服にお詳しいようでしたから、郡さんもやはりメイド服がお好きなのかと思いまして」


「詳しいことは否定しないけど、僕はただ、莉子さんが随意製作中とか言ったから、この時の為にメイドについて調べただけだよ」


「なるほど――えっとつまり、凄く楽しみにしてくれていたということですね?」


「なんかポジティブに捉えているけど……まあ、別にそれでいいよ」


「投げやりな態度はおこですよ、郡さん」


「あ、いつものちょっと面倒くさい莉子さんになってきたね。とりあえずさ、可愛い莉子さんの姿を美海にも見せたいから呼んでいい? みんなのデザートも買ってきたしさ」


 それから――ぷんすか怒る莉子をいつもの『はいはい』で軽くあしらい、秋姫様を除かれた四姫花と他の騎士を呼んで、お疲れさま会が催されました。

 最後の『面倒な』発言や雑な扱いに思うところもありますが、郡さんがあのような態度をする相手は、女子の中では莉子くらいしかおりませんからね、それで無理矢理納得するとしましょう。

 可愛いと褒めても下さったわけですし――――。




「本当にいいの、莉子さん? 片付けをお願いしても」


「ええ、迎えが来るまでまだ少し時間がありますから。莉子はそれまでに着替えを済ませつつ片づけをしてしまいます。むしろ、残られるといつまでも着替えられませんので却って邪魔です。郡さんが莉子の着替えを覗かれたいのでしたら、構いませんが?」


「あ、うん。分かった。じゃあ、莉子さんに甘えて今日はお願いしようかな」


「ええ、メイドにお任せ下さい」


「じゃ、またね。莉子さん」


「はい、いってらっしゃいませ。ご主人様――」


 恭しくお辞儀をしたのですが、郡さんは立ち去ろうとしない。

 どうしたのでしょうか。まだ何か用でもあるのでしょうか。

 莉子がそう思った時。


「えっと……そうだな、うん。僕は本気で莉子さんを駄メイドとか思っていないから。まあ、兎にも角にも――今日はご苦労だったね、莉子。――じゃ、また明日」


 莉子が適当に言った冗談。

 それを、莉子自身が忘れた頃に叶えてくれる。

 まるで体育祭を思い出すような懐かしいやり取り。

 最後は恥ずかしそうに逃げ出す可愛さ。

 まったく――あの人は本当に人たらしの才能の塊ですね。


「あーあ……」


 明日で交際1カ月。そのデートはどこに行こうか――など。

 終始、仲睦まじい様子を見せていた郡さんと美海ちゃん。


 どこか距離が縮まった様子を見せる幡様と美波ちゃん。

 そんな方々を見たからでしょう。なんだか無性に――。


「――莉子も新しい恋がしたくなりました」


 郡さん、あなたが人たらしな態度を見せてくれたおかげで――。

 莉子はやっと、もう一歩前へと進めそうです。


 郡さんに対して、忠誠心は持ち合わせておりません。

 でも絶対の信頼はあります。

 ですから暫らくは、

 将来出会う運命の相手の為に、莉子は郡さん専属メイドとして奉公に出るとしましょう。


 女の意地……いえ。

 これが莉子なりのメイドの心構えですからね。

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